第54話 飛騨平定。

飛騨の国は山々に囲まれた非常に美しい土地だ。

海の民であった縄文人は陸地を示す山の神を信仰しており、この神聖な場所が神々の住む地と信じ、聖地としていたかもしれないと思う。

時代が進むとこの狭い土地では受け入れられず、王朝の都は平地や盆地へと移っていったのは間違いない。

聖域としての権威が残っていても不思議ではない。

今でも帝の即位式(大嘗祭)で飛騨の位山くらいやま一位イチイの木で作られた御笏木おんしゃくぎが献上されている。


まったくの嘘ではない。


だが、現王朝を排除して、古代王朝を復活させるなんて夢のまた夢だ。


 ◇◇◇


(永禄3年10月26日(1560年11月22日))

あの『永禄の変』が起こる少し前、忌々しい事件が起こる。

姉小路古川家の姉小路あねがこうじ-済俊なるとしの孫娘が権大納言四辻-季遠よつつじ-すえとおの養女に迎えられ、京極-高吉きょうごく-たかよし土岐-頼芸とき-よりあきが公家を回り、入内じゅだいの話が持ち上がっていた。

季遠すえとおは駿河国の今川義元や太原雪斎と親交があり、共に漢詩会などを催した事もあった仲だった。

また甲斐国にも度々下向し、天文15年 (1546年)5月の武田-晴信たけだ-はるのぶの家督相続で三条西実澄と後奈良天皇の綸旨を伝達するなど、甲斐武田家との取次を務めていた人物だ。

義輝よしてるの時代でも幕府奉公衆はこれ以上、織田家の力が増す事を嫌っていた。

近衛家と対抗する公家を後押しする風潮が強かった。

入内じゅだいはそんな空気を読んで上がっていた話だ。


千代女が典侍ないしのすけを受ける以前から、俺は貧乏な公家に商人を通じて養女の話を持ち上げ、宮中に女官として間者を送っていた。

有能な忍びも居れば、河辺で飢えていた貧民から俺に助けられ、神学校で教養を身に付けた子らもいる。

全員が黒鍬衆や中小姓になれる訳ではない。

ある者は歩き巫女や娼婦などの諜報員になってくれたりする。

普通に卒業して、町の酒場の女将や女中になる者もいる。

少し見栄えがいい娘は商人の養女となって、方々ほうぼうに奉公や嫁いでゆく。

公家の養女となり、宮中に入った子もいた。

俺にとって貴重な情報元であり、忍びと合わせると強力な情報網になる。

その女中の二人が殺された。

織田家に殺された怨霊の仕業と噂が立つ。

その後、『永禄の変』が起き、心労から典侍ないしのすけ-万里小路までのこうじ-房子ふさこ様が流産した。

どうもこの時代の方々かたがたは神や仏、悪霊などを信じる力が強すぎる。

俺が知ったのはかなり後になってからだ。


公方が義昭よしあきに代わると、飛騨の忍びである水無みなし衆を雇った。

斎藤-義龍さいとう-よしたつが雇っていた赤鬼に比べると、数段落ちると加藤かとう-三郎左衛門さぶろうさえもんが評価していた。

集団で武衛屋敷に潜入した後、脱出まで気づかれる事もなく、脱出の障害にもならなかった。

ザルだと言い切った。

稲葉山城の赤鬼は気配が変わった事から間者を探そうと必死になり、忍び込んだ織田家の忍びも斎藤-利政さいとう-としまさに密かに手紙を渡すのに苦労していた。

義龍よしたつに代わり、稲葉山を探るのも命懸けだ。

美濃の赤鬼らの方が優秀なのだろう。

寝所近くに味方の気配が消えれば、それは逆に可怪しいと思うのが腕の良い忍びだ。

三郎左衛門さぶろうさえもん曰く、義昭よしあきを守っていた水無みなし衆の赤鬼の一人はその域に達していない。

赤鬼は6人もいるそうだが、完全なはずれだったと言う。


さて、義昭よしあきの周りの飛騨の忍びが堂々と動いた事で宮中の飛騨者を洗い出し、事件の全容を知る事もできた。

ちょっとあり得ない事を考えている。

成功すると思えない策だ。

そんな事を許すほど、宮中の忍びは無能ではない。

だが、ぶんぶんと飛んで五月蠅い。

こいつらは害虫だ。

害虫駆除の必要があると決断した。


関ヶ原が終わり、越後遠征を準備していると木曽の木曾-義康きそ-よしやすと飛騨の姉小路あねがこうじ-頼綱よりつなの恭順の意を伝える使者がやって来た。

遠征への助力の申し出だ。

木曾-義康きそ-よしやすには、後続の新吾(斎藤-利治さいとう-としはる)に同行する様に命じ、姉小路あねがこうじ-頼綱よりつなには飛騨の水無みなし衆を撲滅するように命じた。

飛騨の赤鬼らは旧姉小路古川家に仕える家臣筋であり、姉小路古川家を簒奪した姉小路あねがこうじ-頼綱よりつなとは敵対していた。

そう難しい事もないだろうと思っていたが、そうではなかった。


問題は水無みなし衆ではない。

古川国府盆地ふるかわこくふぼんちに根付いている旧王族の方々だ。

水無みなし衆は彼らの親衛隊であり、一族でもあった。

本拠地の寿楽寺じゅらくじ(寿楽寺廃寺跡)に住んでいた。

その寺は朱鳥しゅちょう元年 (686年)、大津おおつ皇子が謀反を起こし、それに関与した罪だという。僧侶行心は死罪を免じられ、飛驒の国にあった寺院に流されたと伝わる寺だ。

そして、水無みなし衆の聖地である水無神社 (飛騨一宮水無神社)には、赤鬼らの祖先である両面宿儺りょうめんすくなが祀られている。

他にも日輪宮や千光寺にも分散している。


また、飛騨国司の姉小路あねがこうじ-済継なりつぐが没すると、台頭した三木-嗣頼みつき-つぐよりが姉小路古川家を乗っ取って姉小路あねこうじを名乗り、済継なりつぐの二男で田向たむけ家に養子に出されていた重継しげつぐが改名して、自称姉小路あねこうじ-高綱たかつなを名乗った。

その高綱たかつなを支援しているのも水無みなし衆である。


そして、厄介な事に飛騨の領主達は少なからず旧王族と血縁関係であり、旧王家の者である事に誇りを持っていた。


つまり、「水無みなし衆を撲滅しろ」と言う命令は、京で言う所の比叡山と伊勢神宮を両方襲えと言ったと同義だったのだ。


三木-嗣頼みつき-つぐよりの子、嗣頼つぐよりは和睦中だった江馬-時盛えま-ときもりらにも命令するが、国人衆をはじめ、多くの領主が離反して敵対したのだ。

嗣頼つぐよりは「織田家を敵に回すつもりか、朝敵になるぞ」と叫んだが、まだ見ぬ織田家の恐怖より、両面宿儺りょうめんすくなの怨霊の方が恐ろしいらしい。

荒れる飛騨の中で水無みなし衆が危機感もなく、暮らせていたのは旧王家の恩寵だったのだ。

飛騨の戦いでは劣勢が続き、嗣頼つぐよりは悲鳴を上げて俺に助けを求めた。


北信濃の戦いが終わると、安曇あずみ衆から選りすぐりの1,500人と戦いに参加しなかった北信濃衆2,000人を屋代-正国やしろ-まさくにらに預けて嗣頼つぐよりの救援に向かわせた。

指揮は北信濃守護代となった真田-幸隆さなだ-ゆきたかの名代として、嫡男の信綱のぶつなと次男の昌輝まさてるに任せた。

すると、急に信綱のぶつな昌輝まさてるが俺に好意を寄せたのは驚いた。


「お任せあれ、必ずや露払いをしてみせます」

「一軍を任されたのは初めてでございますが、必ずや成功させてみせます」

「無理はするな。越後が終われば、俺も向かう」


本隊3,500人に加え、後続の輜重隊しちょうたいを含めると、5,000人を超える兵数になる。

彼らはその数の兵を運用した事がない。


「新参者の我らを信用して頂いて、某は感動致しました」

信照のぶてる様に付いて行かせて頂きます」


単純、俺の脳裏にそんな文字が走った。

北信濃に居ても役に立たない二人に役目を与えただけだ。

勝っても負けても問題ない。

また、北信濃・越後にいる忍び衆も飛騨に派遣する。


真田家の二人は思っていた以上に活躍し、瞬く間に飛騨の地図を塗り替えた。

鉄砲と火薬を貸したのが大きかった。

織田マニュアルに従って、攻城戦で無類の強さを披露してくれたらしい。

こうなると両面宿儺りょうめんすくなの怨霊より、朝敵として一族の打ち首の方が恐ろしい。

降伏する領主・国人が続出して、飛騨の勢力がリバーシ(オセロ)のように、再び裏返って行った。


忍び衆は聖地で妖怪騒ぎを起こす。

大鬼おおおに九尾狐きゅうびこ大天狗だいてんぐぬえ河坊主かわぼうず鬼婆おにばば雪女ユキオンバの六大妖怪が聖地を襲ったのだ。

木霊こだまは隠れ村しか使っていない)

聖地では、守備の兵と水無みなし衆の赤鬼を倒すと消えて行く。

水無みなし衆が現王朝にわざわいを起こし、神々が怒ったと噂を流す。

主に熱田明神様と阿弥陀如来あみだにょらい様のお怒りらしい。

俺が指示を出した訳ではないが、一向宗の寺が織田家の飛騨侵攻を擁護してくれた。


11月中旬に飛騨に入った俺と新吾(斎藤-利治さいとう-としはる)は総仕上げだ。

俺は旧王族を自称する住職と僧侶を寺から追い出して、寿楽寺じゅらくじ(寿楽寺廃寺跡)に火を放った。

新吾は水無神社 (飛騨一宮水無神社)の本社を燃やした。

もちろん、神官を始め、中の大切なモノを持ち出す時間は与えた。

神社に関しては再建も約束する。

大切なのは水無みなし衆は不浄に染まったので浄火する事に意味がある。

日輪宮や千光寺などにも手切れを要求した。

嫌ならば、すべてを燃やすと脅せば、了承した。

手切れの為に皆が飛騨中に走り回っている間に本拠地の仕上げに向かって、すべてを終わらせた。

今は桜洞城さくらぼらじょうに近い屋敷を借りて、武将を集めて宴会中だ。

兵達も交代で酒を許している。


信照のぶてる様、まさか飛騨の忍びが父(斎藤-利政さいとう-としまさ)を殺したとは思いませんでした」

「俺も藤林ふじばやし-長門守ながとのかみの話を聞くまで確信できなった」

信照のぶてる様でもですか?」

「俺も全知全能ではない。こちらの陣営では現場を誰も見ていなかったので、飛騨の忍びも候補に上がっていたに過ぎない」


斎藤-利政さいとう-としまさを殺して得をする者。

斎藤-義龍さいとう-よしたつ今川-義元いまがわ-よしもと細川-晴元ほそかわ-はるもとが有力だったが、その内の二人は実行できる訳もなく、義龍よしたつも本気で怒っていたと帰蝶義姉上が言っていた。

現場を見たはぐれ伊賀忍の女も行方不明であり、完全に迷宮化すると思えた。

しかし、その疑問は藤林ふじばやし-長門守ながとのかみがこちらに寝返った事であっさりと黒鬼衆の存在が知れた。

飛騨の忍びの自作自演だった。

だが、怨みを晴らすのは後にした。

どうせ美濃を統一する日が来るのだ。

その序で良いと後回しにした。


飛騨の忍びの評判は悪くなく、請け負った主に忠義を尽くす。

役儀ならば、身命を賭して主を守る。

甲賀の忠誠心と伊賀の律儀さを足して二で割ったような忍びと思えた。

今回は斎藤-利政さいとう-としまさが飛騨を裏切って、姉小路家と同盟を結んだ事が原因と判った。

あの時点でドス黒い陰謀を仕掛けてくるとは思っていなかったのだ。


重傷の赤鬼に治療を施し、薬を投与して意識を朦朧もうろうとさせて連れ帰り、新吾の家臣に首を切らせた。

主だった領主・国人らを集め、朝廷への陰謀を暴露し、主を亡き者にして二代目から信頼を勝ち取った謀略を明かした。

赤鬼らが知らなかった事は敢えて言わない。

飛騨の忍びを貶める為だ。


「父の仇を取らせて頂いて、本当にありがとうございます」


新吾がもう一度頭を下げた。

宴会の話題が慶次達に移って行く。


「慶次殿は本当に御強かった」

「力だけで大した奴ではなかった」

「我らでは手足も出ませんでした」


寿楽寺じゅらくじ(寿楽寺廃寺跡)を守っていた赤鬼はかなり強い部類らしい。

体が大きく、酒呑童子しゅてんどうじを演じる慶次とどちらが鬼なのか判らないそうだ。

酒呑童子しゅてんどうじの部下として、加勢した武将らが簡単に払い退けられた。

だが、慶次はふらふらと避けて首を取ってしまった。

赤鬼が討ち取られると、寿楽寺じゅらくじの兵は逃げていったらしい。


乙子おとこ殿は女にしておくのは惜しい」

「私なぞ、千代女様の足元にも及びません」

「そんな事を言われると我らの立つ瀬がありませんぞ」

「まったくです」


日輪宮や千光寺の近くの村を襲ったのは、乙子おとこ姉さんが率いる侍女軍団だ。

武田戦と上杉戦では活躍する場がなかった。

特に謙信けんしんが強襲した時も外を守っており、役立たずに終わった事を悔いていたので、守りを他の忍びに代わって貰って、飛騨で活躍の場を作って貰った。

絶世の美女である玉藻前たまものまえ、髪を荒げた鬼婆おにばば、白装束を身にまとった雪女ユキオンバを演じたのは乙子おとこ姉さんだ。


「やはり玉藻前たまものまえを演じるのは、千代女様でないと似合いませんでした」

「勇ましい玉藻前たまものまえも良かったと思います」

「あの幻術は素晴らしい」

「いいえ、実践では役に立たない技術です」


幻術を担当したのは果心-居士かしん-こじらだ。

乙子おとこ姉さんは振りをしただけであり、実際は果心-居士かしん-こじらがやって見せた。

包丁を持ったような鬼婆おにばばは、分身の術のように体を割って人数を増やす。

侍女軍団の全員が鬼婆おにばばになって女子供も容赦なく斬り裂いた。

裂いただけで殺していない。

後で織田方の真田達が焼けた家々を再建し、村人の怪我を治療すると言う自作自演だ。


信照のぶてる様の侍女は強かった」

「護衛の兵を皆殺しにした手際に鳥肌が立ちました」

「林の中だったのが幸いしたのです。平地ならば、もう少し手間が掛かったでしょう」

「いずれにしろ、敵ではなかったと」


乙子おとこ姉さんは笑みで答え、信綱のぶつな昌輝まさてるは生唾を呑んだ。

周りの武将も冷や汗を搔く。

「しかし、新しい公方様は色物公方で、戦場まで侍女を連れてくる変わり者だと言う噂は当てになりませんな。あっ、決して某が思っていた訳ではございません」

「その通り。これだけ強い侍女達であれば、護衛に連れて居ても納得です」

「もしかすると、我らより強いかもしれません」

「そんな事はない。互角だ。負けてはおらん」


日輪宮から来た援軍100人を鬼婆おにばばは分裂して、林の中であっと言う間に倒した。

木々を使った三角飛びで殺す手際は人の動きではない。

すれ違うだけで倒れてゆく。

実際は吹き矢などの援護もあったのだ。

少し離れた所で真田らは援軍の為にこっそり見ていた。

そこで味方の兵を「あれは童子どうじ(小鬼)じゃ」と怖がらせた。

後で阿呆な武将が手合せをして負けていた。

輝ノ介に鍛えて貰っている侍女達だ。

少々くらいの腕のある普通の武将では相手にならない。


土蜘蛛つちぐもも見たかったですな」

「雪が降っている中に蜘蛛は不自然でしょう」

「それもそうですな」


千光寺の近くに土蜘蛛つちぐもが出現する予定だったが、かなり強い雪が降ってきたので雪女ユキオンバに変更になった。

雪女ユキオンバが吹く吹雪ふぶき土蜘蛛つちぐもの糸で代用する。

鬼火で家々を焼けば、凍死する者も続出する。

襲ってきた兵はしびれ薬で動けなくなり、そのまま凍死していった。

傷ひとつもないので雪女ユキオンバの仕業と疑うモノもいない。


「可児殿の河童も見事でした」

「あれは恥だ。忘れてくれ」

月牙鏟げつがさんを振り回す勇姿は目に焼き付いて離れません」

「あれは俺ではない」


才蔵(可児-吉長かに-よしなが)は河坊主かわぼうずの特殊メイクで河から上がり、西遊記に出て来る沙悟浄さごじょうが持つ月牙鏟げつがさんを持って暴れた。

村を襲って兵が現れた所で逃げ出す。

川の少し小高くなった岩場に上がった所で上流に造った柵を潰して、鉄砲水で赤鬼ごと兵を流した。

ぬえは土蜘蛛と有り合わせで作った同じく人形だ。

どちらも闇夜を使った仕掛けであり、始めに見た人を逃がし、駆け付けて来た兵を皆殺しにして噂を広げた。

小賢しい策であったが、効果は絶大だった。


その中で堂々と赤鬼を倒して飛び去ったのが大天狗だいてんぐだ。

武を重んじる所で服部-半蔵はっとり-はんぞうが天狗のお面を付けて戦った。

見事に勝つと林に向かって走り去る。

そして、最後に大天狗だいてんぐが天空を駆けて飛び去る。

飛び去るのは、さくらの出番だ。

林で半蔵はんぞうと入れ替わったさくらが大きな竹で作った弓で天空に飛ぶ。

そのまま滝の向こうに消えるという算段だ。


「飛び魚 (改)<パラシュート>は素晴らしいですな。滝から飛び降りても怪我ひとつもないとは奇跡のようだ」

信照のぶてる様は空を飛べる術を持っておられるのだ。その侍女長が空を飛べて当たり前だろう」

「しかし、滝から落ちて無傷というのは信じられん」


さくらは林から飛び出し、そのまま滝の方へ落ちていった。

パラシュートを開いて見事な着水して無傷だ。

さくらは「もう二度とやりません。絶対にやりません。この寒空で川に落ちるのが、どんなに大変か判らないでしょう。凍え死ぬ所ですよ」と文句を言っている。

大したモノだ。

原理だけでパラグライダーを巧く操って着水できるのはさくら以外に無理だろう。

他の者ならば、高度が足りず、地面に落ちて大怪我だ。


二度とさくらには作戦に参加させないと約束した。

さくらには最初の夢であるグライダーのパイロットになって貰い、果ては南海と京を結ぶ飛行艇を動かして貰わないといけない。

さくらは「それこそ、絶対に嫌です」と言ったが、俺は昔の約束を守るつもりだ。


真田が率いた北信濃、安曇あずみの武将は城や聖域とされる神社や寺を一緒に襲って貰った。

忍び衆は隠れ里を焼き払う。

抵抗する者はすべてなぎ倒させた。

すると、既存の屋敷を目指す者とこっそりと洞窟に避難している者がいる事が判った。

その洞窟には幾つも入口があり、何層も重なった空洞になっている。

巨大な鍾乳洞を利用していた。

どうやらすべてが御婆様と呼ばれる方がいる洞窟に繋がっているらしい。

突入すれば、被害は大きい。

入口で火を焚いても空気の流れが早く、窒息死もできそうもない。

ならば、取れる策は1つだ。


見えざる霧ですべてを死に至らせるしかない。

妖怪名は『木霊こだま』とした。

果心-居士かしん-こじがこの低温でもどこまで拡散できるかを検証したいと言ったので、50人ほどの隠れ村が1つ犠牲になった。

まったく良心の欠片もない奴だ。

許可した俺も同罪だ。

風が流れ込む穴から同時に木霊こだまを流し込む。

空気の流れが少ない入口を見張っていると、最後に現れた赤鬼が入って行き、再び出て来た。

そこでお目当ての伊賀の術が使える飛騨の忍びを見つけた。

もう見つからないと思っていたが、最後に当たりを引いたらしい。

序に、赤鬼らは何も知らされていなかった事も知った。


宴会は妖怪を演じた者を中心に湧いていた。

今日ばかりは俺の侍女たちも無礼講で呑む事を許した。

酌をするのではなく、される事に戸惑っている。

慶次と目が合った。


「ところで信照のぶてる様、あちこちの屋敷に匿われている水無みなし衆をどうするおつもりですか?」


慶次がかなりデカい声で皆に聞こえるように聞いてきた。

頃合いを見て、質問するように言っていた案件だ。

水無みなし衆を絶滅させようと思えば、飛騨の領主・国人の縁者まで類が及ぶ。

一緒に戦った安曇あずみの武将もこちらを真剣に見ているのがよく判った。

飛騨だけではなく、周辺の領主でも他人事ではない。

それに神社の神主や寺の住職も無関係ではない。

公家に嫁いで行った者もいる。

皆殺しなど、始めからできる訳もない。


「俺が知る水無みなし衆とは、御婆様とやらに唆された者の事だ。その手を離れたとなるのならば、すでに水無みなし衆ではない。匿った者が責任を持って面倒を見るならば黙認する」


安曇あずみの武将の目に安堵が見えた。


「但し、再び悪事を企むのならば、その限りではない。見せしめも兼ねて、匿った者も含めて一族郎党を根切りと処す。知り合いにいるならば知らせてやれ。しっかりと管理しろと。俺はわざわざ誰とは聞かん」


そう言うと、ちらりと千代女を見る。

千代女が頷いた。

どうやら障子の向こうの者もそれを聞いて去って行ったらしい。


まぁ、悪巧みをするならば、最後の姫らしい公家の四辻-季遠よつつじ-すえとおの養女を助けるだろう。

あるいは、使い捨ての生まれたばかりの稚児である皇子を盛り立てるか、両面宿儺りょうめんすくなの直系の子孫である青鬼に連絡を入れるだろう。

旧王家の皇子は保護しており、吉野の寺に入れる。

青鬼は熱田の寺で一生供養させる。

公家には入内じゅだいを取り下げさせる。

いずれにしろ、監視の目をくぐり抜け、暗躍するのは至難の技だ。

やっと終わった。

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