閑話.仮面の忍者『赤鬼』参上no最終回、六大妖怪包囲陣。

飛騨大野郡の山奥にある隠れ里が次々と襲われた。

襲っているのは六大妖怪であった。

敵を求めて暴れる大鬼おおおに〔呑めば、呑むほど強くなる酒呑童子しゅてんどうじ〕、

人を惑わす九尾狐きゅうびこ〔宮中の女官の服を着た玉藻前たまものまえを名乗る絶世の美女〕、

天変地異を起こして飛び去る大天狗だいてんぐ〔鼻長のお面を付けて、天を舞う祟徳天皇すとくてんのう〕、

人を異形に変えるぬえ〔猿の顔と狸の胴体、虎の手足を持ち、尾は蛇の化け物〕、

河に人々を引き込む河坊主かわぼうず〔河から上がって来た猿人のような姿した河童かっぱ〕、

手当たり次第に人を喰う鬼婆おにばば〔背が高く,長い髪をもち,肌の色は透き通るほどに白く,眼光鋭く,口は耳まで裂けている老婆〕

雪を降らせ人々を凍らせる雪女ユキオンバ〔白装束を身にまとい男に冷たい息を吹きかけて凍死させる雪の妖怪〕

霧のような樹液で人を殺す木霊こだま〔木々から赤い血が流れ出し、姿も見えずに声がする黄泉への案内人〕は、飛騨の隠れ里の民の命を奪って行った。

それに立ち向かったのが飛騨の赤鬼達であった。

だが、すでに6人の赤鬼の内、5人まで倒された。

最強の赤鬼も救援に向かったが間に合わず、一先ず拠点の大洞窟まで戻って来たが、そこに見たのは倒れていた御婆様達であった。


「御婆様」

「青鬼か」

「御婆様、どうなされました?」

「見た者によると風穴の入口に木々から赤い血が垂れると、赤い霧になって流れ込んで来たのじゃ。それを吸った者が次々と倒れて、ぐはぁ」


御婆様が血を吐き出した。

力無く、体を起こし、秘伝の赤玉を口に入れる。

これこそ飛騨の秘薬であった。

一時的に超人的な力を手に入れるが、続けて使用すれば廃人となってゆく。

赤鬼の寿命は短い。

引退した赤鬼は白鬼となって次代の赤鬼の体調を管理する。

青鬼は奥に進もうとしたが、御婆様が止めた。


「ここより先は進んではならん。すでに地獄じゃ」

「奥の間は毒が漂っているのですか」

「そうじゃ、儂らは何とか逃げ出したが、ここで力尽きた」

「なんという惨い事を」

「ねぇ、ねぇちゃん達は」

「すでに事切れておる」

「嘘だ」

「京にいる最後の姫を守れ。我が一族の血はあの子のみとなった」

「承知致しました」


赤鬼が頷く。

伝えた事で安心したのか、御婆様が息を引き取った。

しばらくすると洞窟に大量の煙が流れ込んで来た。

赤鬼と同行していた20人が咳き込んだ。

奥にいる姉達の方へ行こうとする青鬼を白鬼が止めていた。

青鬼がまだ必死に進もうとする。


「諦めろ。もうその先は死体しかない。見よ。今度は我らをいぶすつもりだ。もうここに留まるのも難しい。急いで逃げねば、我らも死体と化すぞ」

「嫌だ、ねぇちゃんが」

「馬鹿者、お前まで死んで姉が喜ぶか」

「だって、おいらのねぇちゃんが…………」


洞窟は幾重にも分かれており、流れが早い所と遅い所がある。

御婆様らは安全と思った通路でも毒が回って来て力尽きて倒れていた。

そして、身罷みまかった。

赤鬼達は入ってきた洞窟を戻って行くしかなった。

出た瞬間。


「頭を下げよ」


赤鬼が叫んだ。

白鬼に頭を押し潰されるように青鬼が倒された。

その直後、ズダダダダダァ~ン!

鉄砲の音が鳴り響き、前を歩いていた者がばたばたと倒れて行く。


「誰だ!」


こんな事をするのは織田軍しかいない。


「出て来るのをお待ちしておりました」


強面の武士に囲まれて、背丈の低い青年がそう答える。

きりっと背筋を正した美しい顔をした美青年だ。

瞳も美しく見るが、その冷たい目を見るだけで背筋が凍った。

青鬼はあの目を知っている。

あれが殺人鬼の目だ。


「どうして、俺達をこんな目に遭わすんだ」


青鬼が叫ぶ。

若者は首を捻って、「どうして?」と珍しいモノを見るような視線を向けた。


「あぁ、なるほど。何も知らされていないのですね」

「何の事だ?」

「自分達が何をやって来たかもしされていないとは思ってもいませんでした。俺の大切な者と計画を奪っておいて、被害者面は止めて欲しい。教えてあげましょう」


美青年は語る。

飛騨の忍びが女官として宮中に入り、帝の典侍ないしのすけ-万里小路までのこうじ-房子ふさこの腹の子が出た直後に入れ替えようとした。

それを知った女官を二人殺した。

そして、女官の死から呪い騒ぎが起き、腹の子が流れてしまった。


「帝にそちらの姫を送る程度は見逃してやってもよかったのですが、生まれた御子を入れ替える計画するなどはやり過ぎであり、王朝転覆の反逆者というのは公式な罪です」

「そんな話は知らない」

「青いのは知らないかも知れないが、そこの白い奴は知っているようですね」

「白鬼」

「知らん。聞いた事もない」

「では、入内じゅだいを取り止めるだけでなく、人知れず、お亡くなりになって貰いましょうか」

「待て、待て、それは困る」

「嘘です。そんな事は致しません。ですが、俺の恨みは殺された女官二人の方です」

「女官だと?」

「あるときは歩き巫女、またあるときは娼婦、またあるときは酒場の女中、貧しき公家の養女として入り、宮中の目になっていたのが我が家臣なのです」


彼女らには訓練もしていないし、特別な能力もなく、あるのは忠誠心のみだと言う。

生きる技能は授けたが身を守るのは簡単な護身術のみであり、凄腕の忍びに掛かれば、抵抗もできない。

だが、そういった数多な草から上がってくる情報は馬鹿にできない。

巧みな話術で誘導せずとも、自然体の彼女らには多くの情報が通り過ぎて行く。

それを集める。

美青年は織田家の秘密を語った。


「知った所で見分けはつきません。見た目は平凡であり、平凡ゆえに紛れてしまう。非常に優秀な忍びが集める情報より、数多の平凡な草が集める情報に及ばない。不思議なモノです。と言う訳で、我が家臣二人、個人的な怨みを晴らさせて貰います」

「それだけの為に俺達を皆殺しにするのか?」

「そうです。それだけです。ですが、飛騨の忍びの働きで俺は数万人を殺す事になった。そこに飛騨の千数百人の民が増えただけの事です」

「たった二人の為にねぇちゃんを殺したと言うのか?」

「いけませんか。俺はかなり怒っています。あと100年もすれば、飛騨の忍びなど自然消滅するでしょうが、俺が引導を渡したいと思うほどに」


話しながらも織田家の者が近づき、飛騨の者はじりじりと下がっていた。

そして、倒れた者の顔を改めて行く。

そこに青鬼が知る顔があった。


「いました」

「随分と手間が掛かりましたが、洞窟の中まで行かずに済んで助かったと言うべきですか」

ふじ

「こちらも知らないようですね」


青鬼が仮面を取ると真っ青になっていた顔を晒した。

白い覆面をはぎ取った中から出て来た顔は、稲葉山城で勤めていたふじであった。

伊賀の忍びのふじが何故?


「では、私が説明しましょう」


そう言って現れたのは、今川-義元いまがわ-よしもとにも仕えていた元伊賀上忍の藤林ふじばやし-長門守ながとのかみであった。

義元よしもとは織田家と斎藤家の仲を引き裂きたかった。

しかし、斎藤-利政さいとう-としまさがいる限り、それが叶わない。

何とかして暗殺を試みたが、付け入る隙がない。

守っている忍びを何とかする方法を考えた。


斎藤-利政さいとう-としまさ殿は飛騨忍と敵対する姉小路あねがこうじ-頼綱よりつなに娘を送って同盟を結びました。ならば、利政としまさ殿を守っている飛騨の忍びをこちらの味方にできないかと考えた訳です」

「おいら達は一度引き受けた仕事を放棄しない」

「そのようですね。ですが、大頭領の御婆様は違ったようです」


飛騨の忍びは元々京極家の直臣であった。

足利-尊氏あしかが-たかうじ時代に佐々木-道誉ささき-どうよが暗躍できたのは、飛騨の忍びの働きが大きかったと自画自賛している。

だが、三木みつき-嗣頼つぐよりが飛騨国司だった姉小路家の内紛に乗じて姉小路古川家を乗っ取った。

飛騨の忍びは国人の江馬-時経えま ときつねを支援して、嗣頼つぐよりの排除に動いた。


武田家と長尾家は戦っており、武田家という大きな支援者を得た。

江馬-時経えま-ときつね優勢に傾いた。

嗣頼つぐよりは長尾家に助けを求めたが越後は遠い。

そこで劣勢の姉小路家は斎藤家に助けを求め、斎藤-利政さいとう-としまさは姉小路家を支援する事に方針を変えた。

否、伊那まで進入して来た武田家は東美濃と接する潜在的な敵であり、武田家を頼った江馬家を見限ったと言う方が正しい。

利政としまさは自らの娘を嗣頼つぐよりの嫡男頼綱よりつなに送って同盟を結んだのだ。


そんな裏事情など御婆様にはどうでも良い事だった。

斎藤-利政さいとう-としまさは裏切った。

それが重要だった。


「そなたらの御婆様は快く斎藤-利政さいとう-としまさ殿の暗殺を金袋10個で受けてくれた。そして、見事に成功させてくれた」

「俺も最初は伊賀忍と言うので藤林ふじばやし-長門守ながとのかみの手の者かと疑ったが、よく考えるとあり得ない。織田家の台頭を事前に知っていたならば、その前の戦で大敗を喫したのが不自然だ。信広兄ぃとの人質交換、父上である信秀の死、兄上信長のうつけ、山口親子の寝返りと順調に義元よしもとの計略は進んでいた。有能な忍びを美濃に送る余裕があるならば、尾張に送っていたハズだ」

「その通り、義元よしもと公は関東の画策も忙しく、美濃まで間者を送る余裕はございませんでした。しかも尾張の送った間者は捕えられるか、偽の情報を掴まされて散々でございました」

「伊賀の本家が駿河の棟梁を見限ってくれたのだ。やり易かったぞ」

「まったく、どうすればそんな無茶が通るのでしょう」


幼さを残す美青年と伊賀藤林家の棟梁が楽しそうに言い合いをする。

完全に青鬼らは無視している。


「だから、どうしてふじがここにいるのだ」

「まだ、判らんのか。佐々木-道誉ささき-どうよは南北朝の争いで荒れた北朝に一番近かった武将だ。だが、それでも飛騨の願いは叶わなかった。否、道誉どうよは裏切ったのだ」

「何を言っている」

「そこで裏切りを防ぐ為に黒鬼衆を作り、赤鬼らを見張る事にしたのだ。二度と道誉どうよに付いた裏切り者を出さない為だ」

「…………」

「赤鬼らは御婆様とか呼ばれる者が作った黒鬼衆に見張られていたのだ。少しでも裏切る素振りを見せると、他の赤鬼を差し向けて始末する。その為のお目付け役が白鬼だ。赤鬼が飛騨の忍びの為に安住の地を求めぬように見張るのだ」

「白鬼!?」


白鬼が顔をそむけた。

それが事実である事を語っている。


「伊賀を抜けて飛騨で匿って貰った伊賀の忍びに鍛えられた黒鬼衆の一人がふじだった訳だ。本来の仕事ではないが、裏切り者を始末するという意味では役目を果たしたか」

ふじは伊賀の術を使える飛騨の忍びだった?」

「捕えた者に自白剤を使って吐かせたのだ。中々の真実だろう。そう言えば、尼子氏も佐々木-道誉ささき-どうよの孫が立てた家だったな。尼子氏に仕えている鉢屋衆はちやしゅうにも、そなたらの元同胞の末裔が混じっていたのかもしれんな。お前の御婆様は裏切り者に容赦しない」

「嘘だ。あの優しい御婆様に限って」

「忍びがその程度の事実を知って、狼狽えてどうする」

「赤鬼」

「真実など、どうでも良い。この囲いを破って姫を助ける」


赤鬼が立ち上がると、赤い飴のようなモノを口に含んだ。

体が膨れ上がったような気がした。

そして、美青年の方へ走り出した。

ガキン!

派手な傾奇衣装をまとった男が槍で赤鬼の刀を弾いた。


「ヤラせねえよ。酒呑童子しゅてんどうじを演じさせて貰った前田まえだ-慶次郎けいじろう-利益としますだ。冥土の土産に覚えておけ」

「知らんな」

「閻魔様には5度ほど嫌われておってな。殺せるモノなら殺してみろ」


奥州で殿しんがりを何度も続けて、死にかけたと織田の陣営で話している。

赤鬼は信じられない速さで動き回るが、酒呑童子しゅてんどうじはふらふらとした足つきで刃を避けた。

その動きは酔っているようにも、舞っているようにも見えた。

赤鬼の刃は皮を引き裂くだけに終わっていた。


「確かに強い。人の動きとは思えん」

「どういう神経をしている。恐ろしくないのか」

「死線を越えれば、恐ろしさなど消えてしまうわ」


赤鬼は振り回される槍を避けると、再び間合いに入って斬り付ける。

酒呑童子しゅてんどうじは避けながら槍を振り回し続けた。

どちらも人の動きではない。


「この化け物め」

「ははは、秘薬で本物の化け物になっている者に言われたくないな」

「死ね」


突っ込んでくる赤鬼に酒呑童子しゅてんどうじが片手で槍を振り回す。

それを掻い潜って赤鬼の刃が酒呑童子しゅてんどうじの腹を引き裂いた…………かのように見えた。

ギャンという音と共に血吹雪が飛ぶ。

傾奇の衣装が裂け、脇の鉄板と裂けた鎖帷子が見えた。

ばさぁと懐に入れていた鳥の死体が足元に落ちる。


「俺の昼飯を勝手に切らんで欲しいな」


酒呑童子しゅてんどうじが腹から血を流しながら笑みを浮かべる。

腹の皮、身を一枚は切られているように見える。

だが、ぽたぽたと血を流しているのは赤鬼の足元であった。

腹が完全に割けていた。

槍を持っていた逆の手に持たれていた刀に血がこびり付いていた。

あれで斬ったのか。

脇腹に鉄の板を着こんでいなければ、相打ちだったかもしれない。

互いに相手の鎖帷子を斬り裂いていたのだ。

赤鬼がずるずると下がる。

青鬼は周りを見てはっとする。

気が付くと周りにいたハズの味方が倒れていた。


「慶次、随分と危ない戦い方を覚えてきたのだな」

「これで輝ノ介にも相打ちくらいはやって見せるぞ」

「すっきりと勝てぬのか」

「それはまだ無理だ」


向こうで何か話しているが青鬼には聞こえていない。

その間にも次々と仲間が倒されてゆく。

そして、槍を刺されながら白鬼が青鬼を助けて欲しいと懇願していた。


「いいだろう。まだ、幼い者は助けてやろう」

「感謝致します」

「白鬼」

「生き延びよ。生き延びるのが飛騨の忍びだ」


青鬼は生かされた。

頭を剃り、熱田の寺で仲間の菩提を弔う事のみ許された。

歳月が流れ、青鬼も少し成長した。

何故、自分が生かされたのか。

飛騨以外に生き残った仲間が青鬼の存在を知って連絡を入れる。

その度に青鬼は青ざめる。

青鬼は飛騨の忍びの生き残りを撲滅する為の撒き餌だったのだ。

信照のぶてるという武将の恐ろしさを遅れながら知った。

だが、白鬼の遺言を守って、最後まで青鬼は生き続けた。

赤鬼らの菩提を弔いながら。

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