第91話 清洲騒動(2) 初戦の完勝。
信長一行は小田井城を出発し、土井川 (庄内川)に沿って美濃路の迂回路を進んだ。
五条川の手前で (林)秀貞と別れた信長は
甚目寺の周囲は他よりホンの少し高くなっており、新しい宿場町が生まれようとしていた。
信長一行はその手前で北に上がり、
増田砦攻めを指揮していた
「三位様、織田の本隊が見えてきました」
「攻撃止め! 予定通りに移動する」
「攻撃止め、移動だ」
清洲勢の本隊は散漫な矢を撃つ攻撃を繰り返しただけで本格的な攻城戦を行っておらず、まるで信長を待っていたと言わんばかりに北を迂回して清洲城に戻る素振りを見せたのだ。
信長も慌てた。
このまま帰られたのでは予定が大無しになってしまう。
「殿、如何なさいますか?」
「小癪なことをする」
「増田砦との挟撃を避けたようですな!」
「距離を詰めながら、こちらも北上する」
「こちら方が少々、足場が悪うございます」
「清洲に返さねばよい」
増田砦は清洲のほぼ西にあり、迂回して清洲に戻ろうとすれば、横腹を信長の本隊に晒すことになる。
先行して逃げる清洲勢を追い駆けるように信長本隊も上がってゆくと、日下部(JR清洲駅)辺りで横腹を晒す清洲勢と接触した。
結局、大きく迂回しただけで清州城との距離が縮んだ訳ではない。
ダダン、信長の鉄砲隊が火を噴いた。
「ここまでだ! 信長を迎え撃つ!」
「盾隊前だ! 隊列を乱すな! 信長の長槍隊が来るぞ!」
清洲勢も信長には何度も攻められているので守るのは慣れて来たようだ。
盾を二重にて鉄砲の威力を削ぎ、長槍も盾を頭上に上げて防げば、持ち堪えられる。
亀のように守りに徹されると突き崩すのも大変であった。
「時間稼ぎか?」
「信安の到着を待っているのでしょう」
「もちろん、対処してあるがな!」
「それだけではございません」
長門守が少し険しい顔を見せた。
そんなことは信長も承知している。
増田砦前で挟撃された場合、信長は最悪でも南下して、甚目寺方面に逃げる道があった。
しかし、日下部では東に五条川、西に福田川に挟まれている。
左右に逃げ道がない。
南北どちらかの敵を突破しなければならない。
「向こうに策を弄する者がございます。要注意でございます」
「であるな!」
清洲勢が信安を待っているように、信長も信光の到着を待っている。
どちらも積極的に戦わないので戦いが膠着する。
信光の到着までに時間があると思っていた信長は忍びの連絡を聞いて驚いた。
「鉄砲隊は後ろに備えろ! 遊撃隊、左右に散って敵の気を散らせ、横一列から
「中央突破を掛けるのですか?」
「訳が判らんが、岩倉の旗が迫ってくる」
(林)秀貞が安々と負けるとは思えなかった。
だが、現実に後方から岩倉勢500人、さらにその後方から同じく岩倉勢2,000人が近づいてくる。
好機と見たのか?
清洲城からも2,400人が増援で出された。
これで清洲城は丸裸だ!
「殿、どう致します。突破した後に撤退されますか?」
「馬鹿なことを言うな!」
「これで敵は6,900人に膨れ上がりました。予想外の強気な攻めでございます」
「まだ、勝っておる。想定内だ!」
長門守も判っていますと頷いた。
後ろから敵が迫る中で信長は陣形を変えてゆく。
戦闘を継続しながら部隊を再編するのが大変なのだ!
命じる信長より、状況を見て武将の位置を変えてゆく長門守の方が忙しい。
「三番隊を下げろ! 一六番隊は三番隊の穴を埋めさせよ。前衛の後ろに一番隊から六番隊を配置する。早く場所を開けさせろ! 三二番隊の戻りが遅い。遊撃隊6番隊を援護に向かわせろ!」
長門守が間違えば信長も口を挟むが、結局、信長が口を開くことはなかった。
反対側から見れば、忙しく配置替えが行わされている。
それが慌てているように見えて三位が笑った。
「信長が慌てておるわ!」
「岩倉の織田様が巧くやってくれたようでございます」
「流石、今川様だ! 信長を翻弄してくれておる」
「しかし、誠に不思議でございます。どうやって織田の目を晦まして兵を移動させたのか?」
「我らがそれを知る必要もない。今が攻め時だ! 引いた左右の兵を押し上げて、敵を鶴翼のように囲い込め!」
「畏まりした」
七郎左衛門はそう答えた。
この一年間、一方的にヤラれ続けた信長がここまで脆いものだろうか?
どうも腑に落ちない。
信長に合わせて、清洲勢の陣形を変えるのが拙いような気がしたのだ。
そして、信長の陣形が完成する。
「殿、お待たせしました」
「流石、長門だ。間に合ったな!」
「お下知を!」
「すわ掛かれ!」
確かに遠くに見えた旗が間近に迫っていた。
右斜め後方に清洲、後背に岩倉の先発隊だ。
その後ろが岩倉勢の本隊か?
ダンダカダンダカダンダカ!
信長本隊から陣太鼓の音が鳴り響く。
長槍隊の中央が割れて、普通の槍を持った精鋭らが突進を始めた。
うおぉぉぉ!
獣のような声を上げ、敵の木盾など蹴り飛ばし、敵を突き刺して進んでゆく。
今までの停滞が何であったのか?
そう言いたくなるほどの突進力である。
引き裂かれるように前衛が崩れてゆく。
拙い、清洲勢の前衛が崩れる。
三位が慌てて、中堅と予備兵を中央に投じようとした瞬間!
左右から織田の旗が上がった。
七郎左衛門が叫ぶ!
「後背にも織田の旗が上がっております」
何故だ!
三位が心の中で叫ぶ。
信長に勝ったと思った?
ここに来てその確信が揺らぐ。
だが、左右に上がった旗は少ない。
ここを持ち堪えれば、まだ勝機がある。
淡い期待が判断を鈍らせる。
そもそも、ここまで接近されるまで気が付かなかったのは三位の失態であった。
油断大敵とはこのことだ!
「信長は包囲が完成するまでの時間を稼いでいたようでございます」
「見れば判る。だが、敵は少数だ! 迎え討て!」
前衛が崩れる中、中堅、後方、予備兵力の投入ができなくなった。
それを四方から襲ってくる敵に回さないと、好きなように食い千切られる。
三位は気づいていない。
少数であっても、この兵がこの一年間の清洲勢を苦しめてきた精鋭で構成された兵達であることを!
増田砦を任されていた
信長の到着と同時に出陣して、清洲勢の側面を奇襲するのが役目である。
しかし、肝心の清洲勢が逃げてしまったので、気づかれないように追尾してきた。
信長本隊と清州勢が戦い始めるとゆっくりと近づいてゆく。
陣形を替え、陣太鼓が鳴った時が突撃の合図だ!
「殿、陣太鼓でございます」
「よう耐えた。織田と伊丹の旗を上げよ。この一戦を我が一族の復帰戦と致す。続け!」
強弓で武将らしき者を矢で射ると、弓をその場に投げ捨てて、槍に持ち変えて敵に突っ込んだ。
ぐさぐさぐさ、槍の一突きで一人が沈んでゆく。
「禄に槍も振れぬ者の首など放っておけ!」
「殿、前に出過ぎですぞ!」
「儂が早いのではない。お主らが遅いのだ。前に出よ!」
250人が1つの生き物のように進んでゆく。
馬上の武者の懐に入って腹を一突きだ!
落ちた武将の首を従者がすかさず、跨いで首を取る。
康直は止まらない。
伊丹勢が敵の右翼から突撃したように、敵右翼後背から森親子が突撃を掛ける。
敵中を我が物顔で移動してゆく!
殺されたくない者は道を開けるしかない。
付いて行く部下150人は堪ったモノではない。
敵右翼後方の予備兵は早々と大将を失って狼狽した。
「森に後れを取るな!」
そう叫ぶのは敵左翼後背を担当した
武勇を貴ぶ前田家は新参者の森家が気に入らない。
森家に負けてなるものかと張り切った。
後背に配置された予備兵を分断して、狙うは本隊の三位の首だ!
「我に続け!」
荒々しい前田家の家臣ら50人が突撃を敢行する。
それを付いてゆく軍奉行は「またか!」と呟いて常備兵150人を引き連れて追い駆けてゆく。
敵左翼後背は壊滅こそしなかったが、二つに分断されて機能を失った。
「信長様の危機をお助けしろ!」
そう叫んで敵左翼に突貫したのは
とにかく『信長様LOVE (らぶ)』だ!
信長様の為に戦うのが真骨頂であり、信長様が見ておられる。
そんな感じて張り切っている。
だが、池田勢の武将に猛将はいない。
特に滝川勢が独立して離れてからは武将の質が心許無かった。
しかし、軍奉行が率いる常備兵は百戦練磨の強者達だ。
無難に敵左翼を切り崩していった。
「殿、抜けました」
「押し出せ!」
前衛を引き裂くと信長本隊が一斉に前に進んで進軍する。
清洲勢が真っ二つだ!
三位は最早これまでと逃げ出したが、後方を突き破って来た (前田)利春らにご対面した。
「総大将だ! 掛かれ!」
前田家家臣が脇目を触れず取り囲む。
「織田三位、討ち取ったり!」
憐れ三位、後背に逃げたのが失敗だった。
信長本隊をそのまま中央突破で敵の後背まで進んで陣形を再び横一列に戻して反転した。
初戦の完全勝利である。
信長の元に
「そなたらの働き、あっぱれである。見事なり!」
伊丹の働きは申し分ない。
武将の首で森は追随を許さない。
総大将を討った前田家も見事だ。
敵を崩した池田家に文句を付ける必要もなかった。
予定の戦場の地ではなかったが、敵の援軍が来る前に清洲本隊を瞬殺するという予定は達した。
数で劣勢であることは変わりないが、目の前で味方が壊滅した様を見せ付けられた敵の士気はガタ落ちだ。
このまま睨み合い、信光が勝利の蜜を持ってやって来るのを待つだけで終わる。
勝ったな!
ははは、信長は万遍の笑みを浮かべた。
「殿、間近申し上げたき儀がございます」
大里砦の砦代である可行が口を開いた。
「何であるか?」
「物見の報告によりますと、犬山城の
「何だと!」
「事前に察知できず、申し訳ございません」
「そなたに罪はない」
だが、こうも次々と出し抜かれるのはどういうことだ?
挟撃を防いだと思うと、もう1つの挟撃が待っていた。
一難去って、また一難の信長であった。
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