閑話.正徳寺の会見の裏話(1)<池田恒興とか、前田利家とか、連れて行く訳ない>く訳ない>

「弟殿(魯坊丸ろぼうまる)はまだよく判られていない」

「何故、俺を連れて行かない」

「信長様は私のことを勝三郎と本当の弟のように頼ってくれているのです」

「この槍の又左衞門を連れて行かずに、誰が信長様をお守りするのか?」


信長に同行する者の名を告げると、呼ばれていない多くの者から不平の声を上がった。

ひときわ声が大きかったのは勝三郎こと、池田 恒興いけだ つねおきであり、兄上(信長)の小姓もしていた乳兄弟だ。

父の恒利つねとしが早く亡くなって家督を継いでいる。

もう一人が又左衞門こと、前田 利家まえだ としいえであり、(前田)利春としはるの四男でにょきっとした長身の側近衆の一人だ。

すでに兄二人が馬上武者に選ばれている。


手紙で帰蝶様から誰をお側に付けるのが良いかと聞かれて、『粗暴な者』、『血の気が多い者』、『粗忽者そこつもの』でなければ誰でも結構ですと返答した。

池田 恒興いけだ つねおき前田 利家まえだ としいえを外したのは俺ではなく、帰蝶様だ。


「最早お判り頂けたと思いますが、会見のお側役は私が一番ふさわしいと思うのです」

「イザぁというとき、信長様を守れるのは俺しかいない。俺を連れて行かないとは、どういう了見だ」


俺が黙っていると言いたいことを好き放題に言ってくれた。

兄上(信長)の家臣って、馬鹿ばっか!?

自分が選ばれると思う理由を思い付く限り述べたのはいいが、自分が選ばれなかった理由を考えようしない。

馬鹿とハサミは使いようと言うから使い道はあるけど、兄上(信長)って家臣に恵まれていないな!


「はじめに申しましたが、会見の同行者は二人と決めております。一人は俺、もう一人は佐渡守(林 秀貞はやし ひでさだ)と決まっております。(池田)恒興つねおき様が家老でもなっておれば考えさせて頂きますが、まだ中家老にもなっていない。『たかが・・・』城主風情を美濃国主である斎藤 利政さいとう としまさ様に紹介しろと申すのですか」

「信長様のご意見をお聞きしたい。信長様なら私を連れて行きたいと申すに違いない」

「いいですか! 無名の(池田)恒興つねおき様を連れて行くということは、織田に名だたる人材はいない。兄上(信長)は家老にも信頼されていないと恥をかかせることになるのです。兄上(信長)に恥をかかせたいのですか」


もしも佐渡守がいなくとも、家老の内藤様、あるいは、熱田衆を率いる千秋様、または、津島衆の大橋様を連れてゆくことになり、池田家から選ばれる可能性はゼロだ。

どうして判らない。

悔しそうなお顔をして(池田)恒興つねおきが俺を睨んでいる。

いくさで活躍して、感謝状を何枚も持っているとか、牛屋(大垣)城のような重要拠点の城主だったとか、(池田)恒興つねおきの名が知れているならともかく、まったく無名の乳兄弟を会見の場に連れてゆけるか?

信頼できる者はこの乳兄弟しかいませんと、恥ずかしい告白するようなモノだ。


「もう一度言うぞ! 信長様を守れるのは俺だけだ」

「では、お聞きします」

「蝮殿が兄上(信長)を『たわけ』と罵ったらどうしますか?」

『たたっ斬る!』


はぁ、俺は溜息を吐いた。

まったく迷いもなく、即答だった。

まっすぐだ。

利家としいえはまっすぐ過ぎる。

忠犬と言っていいかもしれないが、この会見では『狂犬』だ。

連れてゆけるか!


「美濃といくさになりますね! どうするつもりですか?」

「美濃など、俺一人で叩き潰してやるわ」

「そうですか、素晴らしい武勇をお持ちのようですね」

「この槍の又左、信長様の一番槍だ」

「そうでございますか。では、信長様に逆らう鳴海城の山口親子の首でも取ってきて下さい」

「承知、兵を3,000人ほどお借りしたい」

「そんな兵はございません。一人で首を狩って来て頂きたい」

「無茶を申すな」

「無茶を言っているのは、又左衞門(前田 利家まえだ としいえ)、貴方だ。美濃と戦などしている暇はない。一人で美濃と戦えないと言うならば、兄上(信長)の邪魔をするな」

「俺が邪魔だと」

「邪魔以外の何者でもない。美濃国主である斎藤 利政さいとう としまさ様は兄上(信長)の後見人だ。兄上(信長)を敵にする者は美濃も敵に回す。そう思われているから意味があるのだ。その利政としまさ様を『たたっ斬る!』とか、兄上(信長)を窮地に立たせたいのか」

「俺は信長様を窮地にするなど…………」

「短慮を改めよ。又左衞門」


どうして俺が叱っているのだよ。

俺だって、この二人が馬上武者にも選ばれていなかったのはびっくりだった。

どちらも兄上(信長)のお気に入りだ。

確かに、粗忽者そこつもの(そそっかしい人、おっちょこちょい)や血の気が多い者は外してくれと言ったが、あっさりとばっさりと切ってくれた。

流石だ。

帰蝶様は蝮(斎藤 利政さいとう としまさ)の血を色濃く受け継いでいる。

でも、俺が悪役ヒールだよ。


 ◇◇◇


さて、俺は日が上がる前から出発し、兄上(信長)が到着する前に正徳寺(聖徳寺)に入った。

すると、斎藤家の重臣である春日丹後と掘田道空の2人の出迎えを受けた。

えっ、負けた?

俺の方が先に着いたと思っていたが先手を取られた。

前日に入ったと言う報告は聞いていなかったから、月明かりを頼りにやって来たのだろうか?

無茶するな!

ふっと「女ならでは夜が明けぬ」の言葉が蘇る。

昨日、帰蝶様が「女ならでは夜が明けぬとお申します。お気を付けなさい」と言って送り出してくれた。

この会見に女性はいないのに不思議なアドバイスと思った。

どうやら、月が出ない内から尻を叩かれて追い出されてきたのだろう。

美濃は『かかあ天下』なのか、それはそれで嫌な国だ。

そして、段取りも抜け目がない。

場所取りに負けた。

こちらの予定をすべて却下し、向こうが用意してくれた予定を丸呑みするしかなかった。

褒め殺しか!

俺の度量が小さいと思われる訳にいかない。

老猾ろうかつ狡猾こうかつ、経験の差だ。

糞ぉ、完全に向こうの術中にはめられた。


「堀田様に言われておりましたが、魯坊丸ろぼうまる様は大胆なお方ですな!」

「何か拙かったですか?」

「いいえ、何も」

「ならば、それで構いません。斎藤家が織田家を軽んじるとは思っておりません」

「ご期待にそえるようにさせて頂きます」


狸親父め、見栄を切るだけ精一杯だ。

春日丹後か!

はじめて会社の扉の奥で新社長を待ち受ける社員が並んで出迎える。

歓迎の意志の現れとも取れる。

好意的?

何が帰蝶様をお慕いした者ばかりだ。

兄上(信長)を一目見ないと美濃に帰れないとか。

嘘付きめ!

承知しないと兄上(信長)が断らないだろう『相撲大会』を催すとか。

兄上(信長)の相撲好きを見越しての提案だ。

美濃の武将が奉納相撲を取りはじめたら兄上(信長)が参戦するとか、言い出し兼ねない。

あれを恫喝どうかつという。

交渉下手と兄上(信長)になじられるのは決定だな!


兄上(信長)は織田の控室から会見の間に至る長廊下で斎藤家の武将らが横に並んでいる前を歩かなければいけない。

その反対側の廊下の外側には斎藤家の兵が槍・弓矢を持って並んでいる。

殺す気なら一瞬で終わる。

兄上(信長)の度胸を試すつもりなのだ。

もちろん、斎藤 利政さいとう としまさも織田の兵の前を歩くことになる。

廊下に武将を並べるのは断った。


「よろしいので」


(掘田)道空は俺が不愉快になっていないか、気になって声を掛けてくれた。

こういうときは平然と涼しい顔をするに限る。

単なる負け惜しみだよ。

斎藤 利政さいとう としまさが到着すると、春日丹後と掘田道空が出迎えに行った。

俺は家臣ではないので同行しない。

二人が呼びに来るのを待ちながら、兄上(信長)を迎える準備を進めておく。

(池田)恒興つねおきや(前田)利家としいえが来なかったことにほっとするよ。

これを知ったら、絶対に暴れ出すに違いない。

俺を罵る程度で収まればいいが、斎藤家に乗り込んだら向こうの術中にはまる。

ナイス采配。

帰蝶様、こうなることを読んでいたな!

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