第214話 お母さんは見た!
「兄様
――人間大のペンギン……
「エ、エンビー⁈」
「良かった。ようやく
長いクチバシから、深いため息吐くペンギンに似たなにか……それを見たリーシアは、顔を赤くしながら口をパクパクさせていた。
「一体いつから……! ま、ま、ま、待ってください。それじゃあ、さ、さっきまでのヒ、ヒロは⁈」
「ん〜? 私が入れ替わったのは途中からよ。シンシアって言葉を聞いて、お嬢の嫉妬心に火がついたあたりからね」
「そ……そうですか」
(危なかったです。ヒロとのキスシーンや抱き合っている姿は見られていないようです。他人にあんなシーンを見られたら、恥ずかしくて悶絶ものでした)
「ん? 私の嫉妬に火がついた?」
「そうよ。私は嫉妬を司る災厄だからね。自分より他人の方が優れているとか、自分よりも他人が愛されたとか、羨望や憎悪といった感情がそのまま私の力になるのよ」
「感情ですか?」
「そう、私はお嬢の中に封印されているから、現実世界には直接干渉できないの、話し掛けることもね。唯一できるとするならば、力を使って夢の中で出会うくらい」
「夢の中で? するとここは?」
辺りをキョロキョロするリーシア……空に浮かぶ月が闇の水辺を薄っすらと照らし出していた。
「ここはお嬢の見る夢の中よ。残り少ない力で無理やり夢の中にいたお嬢と私の意識をつなげたんだけど、それだけで力尽きちゃった。どうしようかと思っていたら、ちょうど良くお嬢の嫉妬パワーが膨れ上がってね。力を借りたの。お嬢を
「いえ、でも、私の嫉妬ですか……」
リーシアの顔は少し曇り、バツが悪そうに
「あら? 別に嫉妬すること自体は悪いことじゃないのよ。心を持つものなら、切っては切り離せない感情なんだもの。嫉妬を恥ずかしがる必要はないの。むしろそれを否定して心の中に溜め込む方が危ないわ。適度に吐き出さないとね」
「そうなんですか?」
「えぇ、嫉妬も立派な心の機能のひとつだし、その感情を否定することは自分自身を否定することだもの。自分の心を
「自分自身の否定……なるほどです」
「それにネガティブな感情は、うまく付き合えば強力な味方にもなるから、覚えておくといいわ。さて、お嬢と再会したとこで、大好きなティータイムと行きたいんだけど、時間がないから急がせてもらうわ」
するとエンビーがリーシアの背後にある茂みに顔を向け――
「姉御! いい加減、隠れてないで出てきて! 実の娘の恋愛模様を見たくらいで、ショックを受けないで!」
――と声を大にして叫んでいた。
「姉御? ……まさか?」
その言葉に、リーシアは『ガバッ!』と振り返ると、ガサゴソと茂みが揺れ動く。
「か、母様⁈」
「あんなに小さかったリーシアが、男性とあのような情熱的なキスと抱擁をするなんて、お母さん、どうすればいいの⁈」
茂みの中から、シスター服に身を包んだリーシア似の人物が、気まずい雰囲気を出しながらスッと立ち上がる……それはリーシアの母、聖女カトレアだった。
「なんで母様が⁈ キス? 抱擁? ま……まさか、最初からすべて見られて? でもエンビーがヒロと入れ替わったのは途中からだって⁈」
「あ〜、入れ替わったのは途中からだけど、ここにいたのは最初っからよ? 力を使い果たして夢に干渉できなかっただけで、見聞きはしていたわ。お嬢はロマンチックな恋愛がお好みなのね」
ニヤニヤするエンビー、そして母カトレアはどう接していいのか分からず、気まずい表情を浮かべていた。それを見たリーシアは――
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
――叫んでいた! 恥ずかしさ大爆発で大絶叫していた。
母親にヒロとの恋仲を見られたリーシアは、真っ赤になった顔を両手で覆い隠し、穴があったら入りたいとスゴい勢いで首を左右に振るまくる。夢の中とはいえ、人に決して見せられない甘々なヒロとのラブシーンを見られていようとは、夢にも思わなかった。しかも実の母に……。
「お母さんとして、どう接すればいいの? 娘の成長を喜ぶべき? いい人が見つかって良かったわねと言ってあげればいいの? でも相手の男性はどんな人かわからないわ。リーシアが好きになった人なら信じてあげたいけど、騙されていないかしら? リーシアを騙す悪い人だったらどうしよう⁈ お母さんとっても心配! ど、どうすれば⁈」
そして実の母の方というとは……娘の成長を生きて見られなかったカトレアは、いきなり娘のラブラブシーンを見てしまいパニックにおちいり、どう話しかけたらいいかわからず、オロオロしていた。
「母様、違うんです。アレは違うんです。信じて! あんな
「ひ、
必死に恥ずかしさを誤魔化すため、ヒロとの関係をリーシアは否定する。変態の魔の手から娘を救ってあげられない不甲斐ない母でゴメンと、カトレアはシクシクと泣き出す始末。
「違うんです! 違うんです!」
「ゴメンね、ゴメンね……」
なんとも言えない空気が流れ、収拾がつかなくなった場の雰囲気は、収まる気配を見せず時間だけが無駄に過ぎ去っていく。その状況にエンビーは苛立ち、大きく息を吸い込むと――
「キー! もう時間がないのよ! 二人とも私の話を聞きなさい! 娘の恋愛話なんて後にしなさいよ、後に!」
――親子の耳にエンビーの声が叩きつけられる。カラオケ屋でマイクをスピーカーに近づけ発生するハウリング音に似た不快な音を聞いて、リーシアは思わず耳を塞いてしまう。
肺に残る空気をすべて出し切り、深くお辞儀をする形のエンビーは、場が静まったことを感じ、ヨシヨシと頭を上げる。するとその顔は恐怖で染まってしまった。それは……。
「あ゛ぁ? テメェ、いまなんつった? 娘の恋話なんて後にしろだあ゛?」
そこには娘のために、
「母親が娘を心配して、なにが悪い! 娘の幸せを願えば、相手の男がまともかどうか気になるもんだろうが! ああ゛ 」
「ひぃぃ、ほ、本当にもう時間がないのよ。お嬢が死んだら私も消滅しちゃう。私は兄様に会いたいの! だからお嬢に警告するために貴重な力をつがっでまでぐるじい、だぢげで〜」
エンビーは涙を流しながら、必死に懇願する。
「私に警告ですか? あ、あの母様、そのへんで許してあげては? 母様の私を思ってくれる気持ちはうれしいかったです。それにエンビーも、私のために何かを伝えようとしているみたいですし……」
「ちっ! 仕方ねえな。リーシアの頼みだから、今回だけは許してやる。だが、次はねーぞ!」
娘のお願いする目にほだされた母は、手の力を緩めるとエンビーを地面に降ろした。
「ゲホッゲホッ! お嬢、あ、ありがとうございます」
「いえ、大丈夫ですか?」
「うっうっ、姉御の娘とは思えない優しさに……わたし感動!」
「テメェ! どういう意味だ!」
「ひぃぃ!」
再び胸元を掴もうとするカトレアから逃げたエンビーは、リーシアの背中に隠れ盾にしてガタガタと怯えていた。
「あの母様、時間がないっていっていますので、とりあえず話を聞いてみましょう」
「ん〜、そうね。リーシアがそういうなら」
娘の言葉に、つり上がった険しい目つきが優しくなり、ヤンキーモードを解いたカトレアは柔和な笑みを浮かべる。そしてうまく話を
「ゴホッ、お、お嬢、ありがとうございます」
(カトレア……こいつ歴代の聖女の中でも最低最悪よ! 死んでホッとしていたのに、魂だけの存在になってまで娘に悪さしないか、私を監視していたなんて……)
「エンビー、正直に話しなさい」
「え? あ、姉御、正直にって?」
(なにこの女、突然?)
「ふふ、私の時のようなことをリーシアにしたら……マナの流れの果てまでも追いかけて、魂が擦り切れるまで折檻よ?」
「ひぃぃ!」
(この女、ま、まさか気づいているの? あの時、私が見殺しにしたことを⁈)
「正直にいいなさい」
ニッコリと微笑むカトレア……リーシアにとっては優しい母の微笑み、だがそれはエンビーにとっては悪魔のような凄惨な笑みだった。
「嘘はいいません! いまお嬢が死ねば、私は兄様との思い出をすべて失った状態で復活してしまう。兄様への想いを失うくらいなら、いっそ消滅した方がマシなくらい! だから封印を解き、この想いを兄様に伝えるまで、あなた達は一族に滅んでもらうわけにはいかないのよ!」
「封印って解けるものなんですか?」
「私をその身に封じた初代聖女がいっていたの……『あなたが真の愛に目覚めた時、封印は解かれる』てね。まったく私の兄様への愛を見て、なにいっているのって話よ!」
「たしかに、私のお母様から教えてもらった話と一致するわね。あなたが兄妹愛をこじらせた話も……」
「私の兄様への愛は本物よ! だからわざわざ貴重な力を消費してまで夢の中に会いにきたのよ。お嬢が危ないかもしれないからね」
「私が危ない?」
「そうよ。気をつけなさい。あなたの近くで気配を感じたわ」
「なんの気配ですか?」
「災厄の嘘つき、『
〈忍び寄る影……新たなる災厄が聖女に襲い掛かる!〉
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