鯱は毒と一緒に風を食う(21)

 羊は設置された柵の中を自由に移動していた。ざっと数えて五十匹。四人で手分けすれば、一人十二、三匹で全部の羊が調べられる計算だ。


 それなら、順番に妖怪かどうかの確認をすることが一番だとピンクは言ったが、幸善とドッグはその意見に表情を曇らせた。


「ミラー。それは羊が全部分けられている場合の計算だよ。この状態だとどれが調べた羊か分からなくなるから、実際はもっとかかるかもしれない」

「え?本当に?」

「そもそも、妖怪は一匹?」


 幸善が指を一本立てて質問すると、ピンクやドッグは当然、かぶりを振った。

 条件は同じだ。幸善が把握していないことを把握しているはずもない。


「おいおい、無駄な議論は止そう。話し合っても仕方ないなら、取り敢えず、調べるしかない!」


 フェンスが謎に意気込んでいるが、幸善は別の考えを持っていた。自分達が歩いた方に目を向けて、そこから誰かやってこないかと確認する。


「フェザーさんを待つ。それがいいんじゃない?」

「いいや、ダメだ!」


 頭の中のフィルターを通すまでもなく、フェンスが断固として示した否定の言葉を聞き、幸善は面食らった。そこまではっきりと否定されるとは思いもしなかった。


「ミーナさんは十中八九サボった俺達に怒り出す」

「悪魔のようにね」


 ガクガクと震えて語るピンクとフェンスを見て、幸善はどこの国でも怖がられる上司は存在するのかと納得した。住む地域や言語が変わっても、根本的なところは変わらないらしい。


「それなら、探すか」


 そう口にしてから、幸善は羊の群れに改めて目を向け、一つピンク達に言っていないことを思い出した。


「あ、その前に」


 幸善がピンク達に向かって手を上げると、三人の視線が幸善に集まる。その前で宣言することとしては少々恥ずかしいが、言わないで仕事には移れない。


「俺、妖気を感じるのが苦手」

「はあ?マジで?」

「えっと……それは苦手なだけで、できないって意味ではなく?」

「うーんと……これは多分、無理」


 幸善は未だに能動的な妖気の感知が苦手だ。ある程度の強さなら、その雰囲気を読み取ることはできるが、妖気が小さな相手なら、その妖気に気づくことはまずない。


「役立たずかよ……」


 分かりやすく落胆するフェンスに、幸善は慌てて自分の耳を見せる。


「声が分かるから!」

「喋ってくれなかったら?」

「終わり……」


 青褪める幸善の姿にフェンスだけでなく、ピンクとドッグも落胆の表情を見せていた。幸善の株が一瞬で暴落した瞬間だ。歴史の教科書に載せてもいい。


「よし、一人十六、七匹だな」

「ちょっと待って!俺もカウントして!」

「何だ、役立たず?」


 フェンスは分かりやすく幸善を煽ってくるが、幸善はそう言われても仕方ないくらいに役に立たない可能性がある。現状は可能性でしかないが、その可能性がある時点で幸善は当てにできないと思われても仕方ない。

 少なくとも、幸善が逆の立場なら、そう思うはずだ。


「まあまあ、オータム。まだ喋ってくれないと決まったわけじゃないし、協力してもらおうよ。人手は多い方がいいよ。それが役立たずでも」

「あれ?途中まで擁護してくれている雰囲気だったけど、最後に悪口入った?」


 幸善は正確に会話を理解できているわけではないが、明らかにフェンスが言っていた言葉と同じ言葉を口にしたように聞こえた。

 当然、聞き間違えの可能性もあるので、何とも言い切れないところではあるが、ちょっと引っかかってしまう。


「えー?入れる?お前、頑張れるの?」

「頑張ります!」


 ギュッと握り拳を見せつけて、頑張る意思を示してみるが、フェンスの反応は少し鈍い。疑いの眼差しが逃げようのない幸善を容赦なく刺してくる。


「ていうか、相手に話す意思があるかどうか、ここから声をかけて聞けば、妖気を調べる必要なんてないんじゃない?」


 そこで不意にピンクが呟き、フェンスが唖然とした顔をした。幸善もゆっくりと言ったことを理解し、驚きを表情に見せる。


「あれ?気づいた?」


 その隣でドッグがあっけらかんと口にし、幸善は思わずドッグに詰め寄った。


「分かってて、役立たずと!?」

「いやいや、何のことか……」


 堪え切れない笑みを浮かべながら、ぶんぶんと両手を振るうドッグに幸善は言いたいことが山のように積もったが、それを口にすることはなく、代わりに羊の群れを見た。


 役立たずではないという証明を見せる時だ。幸善は羊の群れに向かって声をかける。


「あの妖怪の方はいませんか!?」


 咄嗟に出た言葉は日本語だったが、これでも妖怪相手なら大丈夫のはずだ。


 そう思ったのだが、一向に羊の群れから声は返ってこない。


「はーい、役立たず!」


 フェンスが嬉しそうに叫び、幸善は悔しそうに俯いた。残念なことにフェンスに言い返す言葉がない。


「クソォ……」


「あ、いた。こんなところにいた」


 不意に背後から声が聞こえ、幸善達が振り返ってみると、そこにはフェザーが立っていた。まだ妖怪の特定もできていない状況だ。四人は怒られると思い込み、咄嗟に背筋を伸ばす。


「こんなところで何をやってるの?」

「いや、今妖怪の調査を……」

「それなら、ここじゃなくて、向こうの畜舎。そこにいるから」


 そう言って、フェザーが指差した方向に目を向け、幸善達は小さな畜舎の存在を確認した。


 ゆっくりと四人は顔を見合わせてから、フェンスがギリギリ聞こえるくらいの声で、ボソッと呟く。


「ただの羊に叫んだ奴」


 その一言に幸善は殴りかかりたくなったが、フェザーの前でその度胸はなく、顔を真っ赤にすることしかできなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る