鯱は毒と一緒に風を食う(19)

 仕事内容に不安は残るものの、引き受けたからには頑張ろうと思ったのも束の間、幸善は残された部屋の中でピンク達の顔を見て、また別種の不安を感じた。


 ピンク達と逢うのは、これで二度目だ。前回は病室でアイランドから説明を受けた後、病室の外にいる三人を発見し、C支部の案内をしてもらった。


 その時の付き合いがあるから、普通なら少しは仲良くなっていると思うところだが、幸善にはそう思えない理由があった。


 それがその時の三人の反応だ。ピンク達は何を聞いたのか、何を思ったのか、終始幸善に怯えている様子だった。怖い先輩に絡まれた男子高校生みたいな反応だ。


 その印象があるから、幸善は今回も怯えられるのではないかと思ったが、その不安と向き合う前に一つ解決しないといけない疑問があった。


「よろしくね、頼堂幸善君」


 そう幸善の名前を呼びながら、リングの壁になっていた黒人女性が手を伸ばしてきた。その手を握りながら、幸善は「よろしく」と口に出しているが、目の前の人物が誰なのか分からない。


 ちらりとリングに目を向けてみると、リングが目の前の女性の服を僅かに引っ張り、いつもの消え入りそうな声で「名前」と英語で呟いた。


「ああ、そうか。名乗ってなかったね。私はミーナ・フェザー。この子達の保護者ってところね」

「保護者?ああ、冲方うぶかたさんみたいなことか」


 幸善は身の回りにいる分かりやすい例を思い浮かべ、フェザーの立場を理解した。フェザーはフェザー隊の隊長で、ピンク達はそこに所属する仙人ということだろう。

 これで幸善の中に残った疑問は解消された。


 次は頼まれた仕事を進める上での障壁を乗り越える必要があると、幸善はフェザーからピンク達に目を向けた。


 幸善は理不尽な先輩くらいピンク達に恐れられている。一緒に仕事をこなすどころか、会話も成立するか怪しいところだ。

 当然、言語の壁も存在するのだが、それ以上に相手の言葉を聞こうとする気持ちが会話には必要だ。その気持ちがなければ、言語の壁が存在しなくても、相手との会話は成立しない。


 それが幸善とピンク達の間に壁となって存在しかねないと幸善は恐れていた。


「や、やあ」


 取り敢えず、無難に思える挨拶を口にし、幸善が片手を上げてみせると、その姿を眺めていたフェザーが思い出したようにピンク達の背後に立った。


「そういえば、この子達を紹介してないわよね。この子達は……」


 そう言って、フェザーはピンク達を紹介しようとしたが、幸善はピンク達のことを既に把握している。どうしようかと悩んでから、幸善は三人を示すように手を伸ばし、順番に名前を口にした。


「ミラー・ピンク。オータム・フェンス。ブルー・ドッグ。大丈夫、覚えてる」

「え?知ってたの?」


 フェザーが驚いた顔で聞いてくるので、幸善は首肯して説明しようかと思った。


 ただ幸善の病室を覗こうとしていたところを見つかり、案内役を頼まれたとフェザーが知ったら、ピンク達を怒り出す可能性もある。

 少し迷ってから、「少し」と幸善は誤魔化すように答える。


「ああ、そう。なら、年齢も同じはずだし、仲良くしてあげてよ」


 フェザーはあっけらかんとそう言っているが、幸善は困惑した顔でリングを見ることしかできなかった。当然、リングは詳細を知らないので、幸善の困惑した顔を確認すると、俯いたまま不思議そうに首を傾げている。


「えっと……よろしく?」


 また怯えられるとは思いながらも、幸善は意を決して、ピンク達に手を伸ばしてみた。握手を求める手だが、その手が握られるかは分からない。


 そう不安に思う幸善だったが、意外にもその手はすぐに握られた。ピンクが幸善の手をガッチリと掴み、驚く幸善の顔をまっすぐに見つめてくる。


「よろしく、幸善」


 前回とは全く違うピンクのまっすぐとした対応に、幸善はじんわりとした喜びを感じながら、笑顔で首肯した。


 それはピンクだけではなかった。フェンスもドッグも前回とは違って、幸善を怯える様子はなく、ちゃんとまっすぐに話してくれた。


 その変化の理由は分からないが、取り払われた壁に幸善は喜びを噛み締める。

 転校経験はないが、きっと転校先で仲間として受け入れられる時はこういう気持ちになるのだろうと幸善は思う。


 これで目下の問題もなくなり、頼まれた仕事をこなすことができる。


 そう思ったのも束の間、幸善は最後の最後に想定外の人物から問題を突きつけられることになった。


 それがリングだ。幸善とピンク達が会話する様子を眺めてから、幸善にそそくさと近づいてきたかと思うと、幸善の服を僅かに引っ張り、声をかけてきた。


「えっと……それでは…私はここで……頑張ってください……」

「え?ちょっと待って。通訳は?」

「あの……私は仕事には……同行できない…ので……頑張って…ください……」

「え?嘘?本当に?」


 幸善の問いにリングは首肯し、幸善を残したまま、部屋を出て行ってしまう。


 残された幸善は唖然とした顔で、フェザー隊の面々と改めて向き合い、ゆっくりと苦笑いを浮かべた。

 やはり英語の授業はちゃんと受けるべきだった。そう思ったところで、後悔先に立たずだった。

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