鯱は毒と一緒に風を食う(15)

 思わぬ乱入者の意味不明な行動によって中断されたが、気を取り直して、幸善はリングにさっきの続きの話をしようとテーブルに戻った。

 自由人に構っている場合ではない。幸善には解消したい疑問がある。


「乱入者の話に戻ろうか」

「えっと……サイス・ハートさん……です……」

「ああ、いや、さっきの乱入者じゃなくて」


 その前の話題を持ち出したつもりだったが、リングの奇妙な勘違いによってすれ違いが生まれていた。リングもすぐに間違いに気づいたらしく、かあっと耳の先まで赤くして、バインダーの向こうに顔を隠している。


「教えてくれてありがとう……?」


 一応、お礼の言葉を口にしてみたら、バインダーの向こうから潤んだ目を覗かせて、リングは小さくかぶりを振った。追い打ちをかけてしまったようだ。


「ごめん…なさい……どうぞ……お願いします……」


 さっき以上に消え入りそうな声を出しながら、リングが幸善に手を伸ばしてくる。続きを話すように促しているらしい。

 その間もリングはバインダーの向こうで俯き、耳の先まで真っ赤にしていて、回復する見込みがない。


「じゃ…じゃあ、乱入者の話から始めていい?」


 幸善が聞いてみると、リングは俯いた体勢のまま、こくりと頷いた。この状態のリングに話して記録は大丈夫なのかと少し心配にはなるが、本人が大丈夫と言っているからには大丈夫なのだろう。

 そのように思い込むことにして、幸善はキッドの島でキッドの目的を聞き出したところまで記憶を戻した。


 乱入者の登場は吹き抜ける風で分かった。幸善に嫌な感覚を与えてくる風だ。

 その風の正体が妖気であることはそれまでの経験からすぐに分かった。


 先にキッドが飛び出し、それに続く形で幸善も入り込んでいた洞窟の外に出た。風の吹いてくる方向を探し、幸善はキッドと一緒に島の上空に立つ乱入者を発見した。


「それが人型だった」

「え……?人型ですか……?」

「うん。それも初めて逢った人型じゃなくて、前に日本に現れた人型だった。人型のNo.7、戦車ザ・チャリオットだ」


 タイミング的に言えば、島が海底に沈んでいると分かった直後のことだった。そこに戦車が現れた時点で、十分に驚くことではあった。

 だが、幸善の驚きの大半は戦車と一緒に現れた、もう一体の妖怪に向けられることになった。


「鷹みたいだったんだ」

「鷹……?」


 その姿を思い出し、噛み締めるように呟いた幸善の言葉を聞いて、リングは不思議そうに首を傾げていた。


「そう鳥の鷹。頭から胴体は間違いなく、鷹みたいだったんだ。でも、シルエットは人間のものだった」

「それって……擬似ぎじ人型……?」

「え?」


 リングが呟いた聞き慣れない言葉に顔を上げると、リングが幸善の視線から逃れるようにバインダーを顔の前に上げた。


「擬似人型って?」

「えっと……日本に現れた……新種の人型…です……動物の特徴を持った…人型で……確か……ハエとトラと…シャチと…サイが確認されて…いるはずです……」

「そんなものが?」


 初めて知った情報に驚いたのも束の間、幸善はリングの説明に含まれた聞き慣れた言葉に疑問を懐いた。


「日本に現れた?その人型は日本に現れたのか?」

「は…はい……確か…今のところは……日本以外で確認されて…いないはずです……それに…タカの姿をしたものも…確認されて……いません……」

「それなら、あいつは未確認の擬似人型ってことか?それが日本に現れて、どうなったんだ?日本は大丈夫なのか?」

「えっと……擬似人型が原因の被害は…多分確認されて…ません……大丈夫…です……」

「あ、ああ、そうなのか。そうか……」


 幸善は何もなかったと安堵する一方で、自分がいない間に日本でも当然変化が起きていることを実感し、少しざわつく気持ちが芽生え始めていた。

 できるだけ早く日本に帰りたい。改めて、その気持ちが膨らんでくる。


「あの……その後は…どうなったんですか……?」


 恐る恐るリングが質問を口にして、幸善は話が途中だったことを思い出した。


「ああ、そうだった。続きを話すよ」


 幸善は乱入者が現れた場面を思い出し、その続きを話し始める。

 やがて、幸善の話は鷹人間の作り出した妖術に飛び込んだ場面に突入し、今の幸善へと繋がっていった。

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