鯱は毒と一緒に風を食う(2)

「しばらく肉を食えないかもしれない……」


 腹の底から湧いてくる気持ち悪さを押さえながら、フェンスがそう呟いた。


「肉どころか、晩ご飯も食べられそうにないよ……」


 ドッグが口元を手で押さえながら、湧いてくる気持ち悪さを腹の底に戻そうとしている。ピンクはドッグの言葉に同意するように頷きながら、ほんの少し前に見た光景を思い出してしまった。


 公園の一角で大量に死んでいたハトの群れ。その掃除を任され、ピンク達はハトの死骸を片づけた帰りだった。

 集めた死骸は適切に処理されるらしく、フェザーがどこかに持っていってしまったが、その光景や臭いは今も目の前にあるように思い出せる。


 仕事を終えた公園から移動した先は図書館だった。この図書館の本棚には秘密があり、それを知る者だけが通れる先に、奇隠のC支部は存在している。

 気持ち悪さに抗いながら、三人が図書館の中に足を踏み入れると、そこで司書を担当するヒアラー・プレアデスが三人を見てきた。


「こんにちは……」


 いつもより遥かに元気のない声で、フェンスが挨拶し、それに続いてピンクとドッグが挨拶の言葉を口にしてから、プレアデスは僅かに眉を顰める。


「どうしたんだい?何か臭うよ?」

「ちょっと仕事で……」

「すみません……」

「まあ、仕事なら仕方ないけどね。行くなら少しだけ気をつけた方がいいよ。今は客人がいるようだから」


 図書館の奥を指差しながら、客人とプレアデスが口にしたことに、ピンク達は疑問を覚えた。


「客人って……確かになら前からいるけど」

「一瞬いなくなったけど、帰ってきたしね」

「いや、そうじゃなくて、がいるらしいよ。詳しくは聞いてないけどね」

「新しい客人?」


 プレアデスの言うところの新しい客人が誰なのかは気になったが、それ以上に三人は身体にまとわりついた臭いの方が気になった。腹の底から、いつ溢れ出すか分からない気持ち悪さもまだ残っている。


 取り敢えず、C支部に入ったらシャワールームに向かおう。それが三人の共通認識で、三人は図書館の奥に向かった。そこからC支部に移動して、すぐさまシャワールームの方に移動する。


 その途中から、C支部内に普段はない騒がしさがあった。シャワールームに向かう道中、廊下の奥に人混みを発見し、三人は軽く立ち止まる。


「どうしたんだろう?何かあったのかな?」

「あれか?人型が動いたから、それの作戦会議か?」

「もしくはさっき聞いた新しい客人かもね」

「その客人は珍しい動物なのか?」


 廊下の先に集まった人混みを一瞥し、フェンスは馬鹿にするように呟いた。確かに客人がいるとしても、人が集まり過ぎている。

 少なくとも、一つ前のお客様にはなかった反応だ。そう思ったのか、新しい客人の可能性を口に出したドッグも「流石に違うか」と呟いていた。


 その人混みの正体自体は気になったが、このまま行っても臭いで邪魔するだけだと三人は思った。

 自分の気持ち的にも、周りへの迷惑的にも、先に身体から臭いを消し去りたい。そう思った三人は再びシャワールームに歩き出す。


 その先で無事に身体から臭いを洗い流し、気持ち悪さとも一定の付き合いができるようになり、三人は少しだけ晴れやかになった気持ちで、再びC支部の廊下を歩き出した。


「これから、どうする?何か食べる?」


 一応、ピンクがそう言ってみるが、フェンスとドッグは間髪入れずにかぶりを振る。分かり切っていた反応だ。


 気持ち悪さが込み上げてくることはなくなったが、気持ち悪さ自体が消えたわけではない。そこに何かを放り込めば、すぐに吹き出すことは間違いないだろう。


「強いて言うなら、飲み物だな。軽く飲める何かを飲みたい」

「トマトジュース」

「冗談でもそういうこと言うなよ。生き血を飲んでいるみたいに感じるだろう」

「それを言わないで欲しかったよ。全く気にしてなかったのにそう思えてきた」


 三人が揃ってトマトジュースへの嫌悪感を覚えたところで、再びさっきの人混みの前を通過する。

 さっきと同じように人混みはそこにあり、三人は再びその人混みに足を止めた。


「そういえば、あれが何か聞いてなかった」

「聞いてみようか」


 ドッグが二人よりも先に歩き出し、人混みの後ろに立つ仙人に声をかける。

 ピンクとフェンスがその後ろに続いていくと、その仙人が人混みの向こう側を指差しながら、ドッグに何があるのか説明している最中だった。


「今朝、気を失っているところを発見されたんだよ。日本人の男の子」

「もしかして、それが新しい客人……?それでどうして、こんなに集まってるんですか?」

「その日本人が目を覚まして名乗ったんだよ。自分は頼堂らいどう幸善ゆきよしだって」

「頼堂幸善って……」


 ピンクとフェンスが顔を見合わせ、その名前を思い出していた。


 今の奇隠に所属する者なら、誰でも一度は聞いたことのある名前だ。日本にいる変わった仙人の話はどこでも噂になっている。


「あの妖怪の声を聞くっていう仙人?」


 ピンク達も人混みに交ざり、その向こう側を覗き込みながら、さっきのフェンスの言葉を思い出した。


「その客人は珍しい動物なのか?」


 あの発言はあながち間違いではなかったと今になって思った。

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