花の枯れる未来を断つ(8)
女性の話は突拍子もない要素を多大に含んでいた。時偶、翻訳に失敗しているのかと思う部分も多かったが、数回の足踏みを繰り返しても、話の内容に変化はなく、それが間違いでないことは流石に分かった。
女性の話では檜枝と同じく、特別な力を持った人物は他にも多くいた。少なくとも、数人という表現以上の人数がいるらしい。
そういう特別な力を持った人物を保護するために集めている人がいるそうだ。その人は自身の所有する島にその人々を集めて、そこで自由に生活させているらしい。
特別な力と言っても、檜枝のように全員が未来を見るわけではないらしく、その力はそれぞれ違うようだ。その力の違いや人種の違いなどから、檜枝のように普通の生活を送ることもできない人も多いらしく、その人達を保護するために始めたらしい。
目の前の女性はその保護を進める人物の部下のようで、特別な力を持つ人物を探し出しては、その島に招待しているそうだった。
そこまでの説明は確かに筋が通っているように思えた。信じられないと思う部分も多かったが、檜枝の力を前提に考えたら、否定することもできない話も多い。
ただ一つだけ、気になるところがあった。
それが特別な力を持った人々が集められている島の存在だ。その島について、檜枝は当然の疑問をいくつか懐き、それをぶつけた際の女性の反応が少し変だった。
「その島はどこにあるんですか?」
所有する島と言われたら、島の場所が気になるのは当然だ。国内なのか国外なのか、女性が檜枝もその島に招待しようと考えているなら、檜枝は当然、質問しなければならない。
だが、その返答は女性にとって少し予想外だったように、少しだけ目を泳がせた。それから、視線を檜枝から逸らせるように彷徨わせ、少し迷うように唇を動かす。
「今は大西洋の方」
その返答をスマホで翻訳し、そこに映し出された文字に檜枝は疑問を覚えた。
女性の言葉は確かに島の場所を言っているが、もしも、それが本当だとしたら、正確には「大西洋にある」と言えばいいだけのことだ。「方」と抽象的な言葉をつける必要はない。
それに「今は」とついている部分もおかしい。「今は」と言うには、それまでは違う場所にあったか、もしくはこれから違う場所に移動するかしなければならない。
普通に考えて、島が移動するはずはない。ゆっくりと場所が変わるとしても、人間が「今は」と表現できるほどの時間では何も起きないはずだ。
その女性の発言に檜枝は島の存在を少し疑い始めていた。
嘘をついている、と断定することはできないが、何かしらの隠し事はあるかもしれない。それくらいの気持ちで、檜枝は女性との会話を続けた。
一通りの説明を終えて、女性は檜枝に一つの質問をしてきた。
「ここまで説明したわけだけれど、貴女はどうする?私はその島に貴女を招待しに来た。だけど、それはあくまで貴女の希望次第。行きたくないのなら、無理には連れていかない」
「私が決めていいんですか?」
「もちろん。強制的に連れていくなら、こういう説明は一切しないで、貴女を攫った方が早いわよ」
女性の一言は檜枝の苦笑いを引き出したが、実際に間違ったことを言っているわけではなかった。
もしも、強制的に檜枝を島に連れていきたいのなら、声をかける前に檜枝を拉致し、その島に向かってしまえばいい。
それをしないで島の存在を含めて、一通りの説明をしたということは、檜枝の意思を尊重してくれる証明とも言える。
「一つ聞いてもいいですか?」
「何でも、どうぞ」
「その島に行った後は、ここに帰ってくることもできるんですか?」
檜枝の質問を意外なものだったのか、女性は一瞬、驚きを目元に見せてから、小さくかぶりを振った。
「基本的には無理ね。少し顔を出すくらいならできるかもしれないけど、それも年に……いや、数年に一度かもしれないわね」
「そう……ですか……」
もうこの場所には戻れないかもしれない。行った先のことを考え、そう想像したら、檜枝の答えは一つしか浮かばなかった。
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます」
ゆっくりと頭を下げて、日本語で口に出してしまった言葉を聞き、女性はその意味が分かったように小さく微笑んだ。
「ノーと言っているのよね?」
「ああ、はい。ごめんなさい。そう。行きません」
「そうだと思ったわ。貴女はこれまでに見た、どの体質を持った人とも違うから。きっと、そういう風に決めるだろうとね」
「ごめんなさい」
「別にいいの。その人の意思を尊重する。それが彼との約束だから。断るのなら、それでいいわ」
女性は檜枝の言葉を快く受け入れてくれ、檜枝の家から立ち去るようだった。檜枝はそれを見送ろうと玄関まで行くと、そこで女性は最後に一言言ってくれる。
「幸せにね。それが大事よ」
「はい。ありがとうございます」
その言葉に笑みを浮かべ、檜枝は女性を見送ろうとした。
その時のことだ。檜枝の家の前に誰かが立ち塞がり、帰ろうとしていた女性は立ち止まった。両親が帰ってきたのかと思い、檜枝も玄関から顔を出すが、そこにいたのは檜枝の両親ではなかった。
それどころか、人間とは思えない姿だった。
「アザラシ……?」
そこに立った人物の姿に最も適切な言葉を探し出し、檜枝はそのように呟いた。
「ウォッウォッ」
その言葉に返答するように、そこに立った人物が動物の鳴き声のような声を出し、その声を聞いた途端、檜枝の目の前で女性が少しずつ青褪めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます