花の枯れる未来を断つ(4)
場所は近くにあるファミレスに移っていた。入口奥の角にある席に向かい合って座り、水月は檜枝の身の上話を聞いていた。お互いに時間があることを確認し、水月からの頼みで生まれた状況だ。
少し先の未来が見える。そう言った檜枝に説明を求めた結果、檜枝がこれまでに歩んできた道のりを聞くことになったのだが、その話を信じるべきかどうか水月は少し悩んでいた。
特別な力の存在を否定するつもりはない。その一端に足を突っ込んでいる身としては、それを肯定する理由の方が多いくらいだ。
だが、檜枝の言う未来を見る力は水月の知っている、どの力にも当てはまっていないように思えた。
当然のことだが、仙技ではない。仙技に未来を見る力はない。
仙技ではないとしたら、仙術である可能性は低い。仙術は仙技の先にある技術だ。仙技も扱えない状態で、生まれつき仙術だけが扱えたとは中々に考えづらい。
妖術の可能性も考えるだけならあるのかもしれないが、既に檜枝と接している水月は考慮に入れなかった。
もしも妖術によって未来を見ているのなら、当然のことだが、未来を見た瞬間に妖気が発生する。その妖気を感じ取れないほどに自身の感覚が衰えていたら別だが、今の水月はそこまで鈍感にはなっていないだろう。
妖気を使った感覚はなかった。それは同時に妖術ではないことを示している。
そこまで考えたら、女性の力を正確に表す言葉はないように思えた。
仙技でもなければ仙術でもない。当然、妖術でもない。そういう不思議な力。
それを持っていると言われても、その一端に片足を突っ込んでいる身だからこそ、水月は信じてもいいのか悩んだ。認めてはならない可能性も考えなければいけなかった。
しかし、助けられたことも事実だ。そこに裏があるとしても、頭から否定を含んで接することは失礼に値するだろう。それは仙人や水月自身を超えて、人間としてあり得ない行為だ。
ここは一度、檜枝の言い分を信じる形で話を進めるべきだろう。そのように考え直した。
嫌な臭いを少しでも感じれば、その時に水月は逃げる方法をいくつでも持っている。逃げずに解決する方法も同じくらいある。
ここくらいは問題ない。そのように考え、檜枝の話を一度、咀嚼することに決めて、水月は言葉を発した。
「苦労されたのですね」
「いえ、苦労なんかでは……それに信じられませんよね?こんな話」
「確かに普通はあり得ないと思う話ですけど、助けてもらったことは事実ですし、疑うべき理由もないので、私は信じますよ」
頭の先から尾っぽまで、全てを飲み込んだわけではないが、全く手をつけないで捨て去るつもりもない。
それくらいの気持ちだったが、水月の言い分に檜枝は心底ほっとしたような顔をした。
もしかしたら、本当にそういう力があるのかもしれない。その表情を見ていたら、理屈などは抜きにして、水月は自然とそう思えてくる。
「気持ち悪がられると思っていたので、そう言ってもらえると、とても嬉しいです」
檜枝は柔らかに微笑みながら、純度百パーセントの安堵を乗せた声を漏らした。
その様子と言葉を聞いていたら、檜枝がこれまでに自分の力を打ち明けて、どのような対応をされてきたのか、初対面の水月でも分かるようだった。
もしくは水月だからこそ、それが分かったのかもしれない。
周囲が何かを決めつけて、その距離感に悩むという点では、水月も似た経験があるからだ。その経験が水月を奇隠に駆り立て、今の自分を作った一部になっている。
そう思い出したら、水月は少し胸が痛むのを感じた。
「檜枝さんはその力を嫌だと思いませんでしたか?」
不意に聞きたくなったことを柔らかい言い方で聞いたつもりだが、本当なら、もっと別の表現を用いたかった。
自分の運命を呪ったことはないか。恨んだことはないか。自分という存在が憎しみの対象に変わったことはないか。生きる意味を見失ったことはないか。
そういう質問の数々を頭の中に残しながら、何とか水月の口から出した一つの質問を聞いて、檜枝は柔らかく微笑んだまま、かぶりを振った。
「ないですね。それも含めて私ですから」
その返答に水月は驚きを隠せなかったように少し目を丸くしてから、ゆっくりと檜枝と同じように微笑もうとした。
檜枝はきっと自分と同じ道を辿っていても、自分とは違う歩き方ができる人だと思って、水月は純粋に羨ましいと感じた。
檜枝の見せる歩き方こそが本来の水月が望んでいた歩き方だ。それが今は敵わないと分かってしまうことに水月は惨めさを覚える。
それでも、少しでも近づきたいと、渇望する気持ちくらいは捨てたくないから、水月は寄せた微笑みを浮かべたまま、檜枝に聞こうと口を開いた。
『あの……!』
その声は二人の間で綺麗に交差した。
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