影は潮に紛れて風に伝う(17)

 疑問はベネオラに頼まれ、荷物を運んでいる最中に降ってきた。幸善はウィームと並んで歩き出す直前に、その疑問に引っ張られて振り返る。

 それを不思議そうに見るウィームを見返し、幸善は降ってきた疑問を口に移動させた。


「これって、今日来ることが分かっていたの?」


 幸善からすれば唐突な訪問だったが、唐突な訪問で許される時と許されない時があるのは世の常だ。ここにも予定がある以上、変わらないことだろう。


 昨日、幸善がいない時間は結構あった。壁付近にいた間に連絡があったか、村人が直接伝えに来るイベントが発生していたか、そのどちらかだろう。


 そう予想を立てて、幸善はウィームに質問を投げかけたが、ウィームはそれを容易く躱すようにかぶりを振った。


「わかってない……」

「え?じゃあ、急に来たの?」

「いくほうにれんらくがある……で、ほかのむらにいく…はず……」

「行く方に連絡?どこから?」

「しまの……かんしゃ……?」

「島の感謝?島のサンキュー?」


 意味の分からない日本語を作り出し、自分で何を言っているのだと思っていたら、何を言っているのだという言葉の代わりに、ウィームにかぶりを振られた。その反応に幸善はボディーブローを打たれた気分になる。もう少しだけでも反応がある方がダメージは少なかった。


「管理者」


 唐突にウィームが英語を口にした。恐らく、日本語に適切に変換できなかったのだろう。単語として聞いたはずだが、ちゃんと思い出すことができなくて、『感謝』という意味の通じない言葉が出たというところだろうか。


 ウィームの口にした言葉自体はどこかで聞いた覚えのあるものだったが、授業中に聞いた言葉というよりも、アニメかゲームか何かのエンタメに触れているタイミングに聞いた言葉で、幸善はその意味を正確に把握していなかった。


(聞き覚えはあるんだが、どういう意味だ?感謝っぽい言葉だろう……)


 幸善は立ち止まっていた足を動かし、渡された荷物をログハウスに運び込みながら、『感謝』という言葉からの連想ゲームを開始する。

 それも意味ではなく、音で繋げるタイプのゲームだ。ラップで韻を踏むイメージに近いのかもしれない。


「感謝……患者?」


 最初に思いついた単語はそれだったが、島の患者という言葉の意味が良く分からなかった。その患者から村に連絡があるという状況も理解しがたい。


 それに島の患者という名称をつけるのなら、記憶の一部が欠損した状態で目覚めた幸善も、それに当てはまりそうだ。島の客人というもっと適切なネーミングはあるにしても、遠からずというところに感じる。


 もちろん、幸善は連絡をしていないので、幸善ではない。自分ではないとしたら、どういう人物がそう呼ばれるのか分からないので、当たっている可能性はかなり低い。


 というか、そもそも聞いた単語を患者と訳すと、幸善の知識の中にある単語と微妙に合っていないことに気づいた。

 流石に別だろう。幸善は他の単語を思い浮かべるために頭を働かせ始める。


 その直後のことだ。知識の中にある単語と意味が違うのではないかと考え、その言葉ではないと断定するなら、ウィームに言った言葉の意味を聞けば、近しい言葉が見つかることに幸善は気づいた。


 最初からそうするべきだったと、自分の馬鹿さ加減に恥ずかしさを覚えながら、幸善はウィームにさっき呟いた言葉の意味を聞く。


「えっと……みるひと……?まもるひと……?」

「見る人?守る人?もしかして、見守る人とか、そういう意味か?」


 その言葉の意味は分からなかったのか、ウィームは首を傾げるだけだったが、幸善はそれに近しいところにある言葉だろうと想像し、『感謝』というワードに近しい言葉がないか考え始めた。


 そこで不意に後半の部分に『者』という言葉が当てはまるのではないかと思い至った。人という意味に繋がり、『しゃ』という読みをする言葉なら、それしかない。


 そう思って、『かん』という読みから始まり、『者』で終わる言葉を思い浮かべていた幸善の中に一つの答えが降ってくる。


「管理者……?」


 その単語が頭の中に落ちてきた瞬間、幸善の中にキッドの顔が思い浮かび、幸善は咄嗟に村を訪れた他の村の人々を見ていた。


 その人達がキッドから連絡を受けたのなら、その際に何かしらの連絡手段を使ったはずだ。それを確認しなければいけない。

 そう思い、村人の一人に声をかけようとしたところで、幸善はさっき目が合った少年が消えていることに気づく。


「ウィーム」


 幸善はウィームを近くに呼び、そこにいる一人の村人に連絡のことを聞くついでに、その少年のことを聞こうと思った。

 ウィームに話したいことを伝え、通訳してもらうが、その村人からの返答を聞いたウィームが怪訝げに顔を顰める。


「どうしたの?」

「えっと……このむらのこが…てつだいしたって……」

「え?」


 村人曰く、自分達の村の少年ではなく、この村から手伝うために派遣されたと言っていたそうなのだが、前日に村人から一通りの聞き込みをした幸善は、この村の人間を大体把握している。


 その中にその少年がいないことくらいは分かっていた。


「どういうことだ……?」


 呟いた言葉にウィームが首を傾げる姿を見ながら、幸善はその少年の正体について、一つの可能性に気づき、苦々しい顔をした。


(まさか……様子を見に来たのか……?)


 もしそうだとしたら、チャンスを逃したのかもしれない。すぐそこにあったかもしれないキッドの影に、消えたはずの焦りが幸善の中で再び膨らむ音がした。

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