虎の目が光を失う(6)

 足にまとわりついた氷の強度を調べるために、試しに足を動かしてみたが、試しに動かしてみる程度の動きでは、どうにもならないほどに氷は硬かった。

 端的に言って、絶望的である。敵を前にして、足を動かすことができないなど、もう死ぬしかない状況だ。


 しかし、加原はまだ冷静だった。元々、相手の妖術が何を用いるものか思い出した段階で、氷による拘束を受ける可能性は考えていた。


 意識的に氷を受けないように気をつけてはいたのだが、投げ飛ばされては仕方ない。着地する以外に方法はなく、その着地した場所に氷が仕掛けられていたら、食らう以外の選択肢はなかった。


 要は氷を食らったとしても、その氷から抜け出す手段が確立されていれば、最悪食らっても問題はない。そう割り切っていたので、氷を足にまとっても、加原は取り乱すことなく、足に仙気を動かした。


「さて、お前は利用させてもらう」


 加原が足に仙気を動かしたタイミングで、恋路が加原に接近しながら呟いた。左手の調子を確認するように振りながら、恋路は小さく笑みを浮かべている。


「利用?」

「仙人が同行すれば、Q支部に入れることは証明済みだ。お前は俺達が入るための鍵になってもらう」

「素直に従うと?」

「従う必要はない。必要なのはドアを開けるだけの腕だ。残りはいらない。拒否するなら壊して利用する。それだけだ」


 その先に本来なら存在する右腕を撫でるように左手を動かしながら、恋路は加原の手足を見ていた。Q支部に入るためにドアを開ける片手があれば、残りの手足は切除しても問題はない。逃げられなくなった加原を利用して、Q支部に入ってしまえば加原を処分する。そういうつもりらしい。


 狂気的ではあるが合理的である。そもそも、人型に倫理観を問う方が間違っているので、そういう手段を取ってもおかしくはない。


 何とも人型らしい、と加原は尊敬の念すら懐きながら、足元の氷を確認した。仙気を移動させてからしばらく、氷は加原の狙い通りの変化を見せてくれている。


「取り敢えず、使う腕だけ保存するか」


 恋路が加原の背後に目を向け、加原の視線が吸い込まれるように移動した。気づけば、加原の背後にザ・タイガーが立ち、加原の腕を掴んでくる。


 擬似人型は全ての個体で仙人でも反応できないほどの速度を誇る。報告にあったものかと思いながら、加原は拳を握って、背後のザ・タイガーに向かって振るった。


 ザ・タイガーは上体の動きだけでそれを躱し、自身の胸元でいくつかの氷の塊を生成した。空中に浮かんだ氷はザ・タイガーの動きに合わせて飛び出し、拳を大きく振るって無防備になった加原に向かっていく。


 それを防ぐために加原は身体から仙気を吐き出し、飛来した氷の塊を全て叩き落とした。そのやり取りが数秒の間に行われ、加原はその時間を利用し、足元の氷が自身の想定通りの状態になったことを認識する。


「おいおい、暴れるなよ」


 その瞬間、耳元で恋路の声がした。振り返るよりも先に、視界の端を恋路の足が通り過ぎていく。


 蹴り飛ばされる。衝撃よりも先に脳が理解し、加原が腕を構えた直後、恋路の足が構えた腕にぶつかった。


 そして、加原の身体は固定されていたその場所から離れるように吹き飛んだ。その動きに面食らった顔をしたのは恋路の方だ。その表情を確認して、加原はにやりと笑みを浮かべる。


 当然だ。恋路の蹴りは加原を痛めつけるもので、加原の命を奪うものでは到底ない。利用しようとしているのだから、それだけの攻撃は繰り出さない。


 だから、本来なら加原は恋路の蹴りを食らって、身体をくの字に曲げる程度で済むはずなのだが、加原は足元を拘束していた氷からも解放され、宙を舞うことになった。


 その理由は加原が足に移動させた仙気だった。加原はそこで仙気の性質に熱を加えた。まとわりついているのは金属などではなく氷だ。どれだけ硬くても、氷は維持できる温度に限りがあって、それは金属よりも遥かに低い。


 足に溜まった熱が少しずつ氷を解かし、氷は次第に加原の足を拘束するのに不十分な硬さに変化していった。その状態で恋路の蹴りが繰り出され、加原はそのタイミングを狙って、足元に溜めていた仙気を破裂させた。


 外に飛び出した仙気の衝撃に恋路の蹴りが加わり、加原は厄介な氷から抜け出すことができたのだ。


 しかも、加原の取った行動はそれだけではない。


「また逃げる気かよ」


 恋路が踏み出そうとした直前、加原の足にまとわりついていた氷の欠片の一つが地面に触れた。


 その瞬間、その氷を中心に爆発が起きた。足に仙気を移動させ、熱で氷を解かしている間に、加原は仙気の一部を氷の中に仕込んでいた。氷が何かに触れて、一定の強さの衝撃が加わったら、中の仙気が一気に膨らみ、爆発を起こす爆弾がこれで作れる。


「流石にこっちも、いつまでも逃げられるとは考えてないんだよ」


 加原は手の中に仙気を移動させ、広がっていく土煙に目を向ける。今程度の攻撃で倒せる相手ではない。恋路もザ・タイガーも無事であることは確かなはずだ。

 次の動きに備えなくてはいけない。


 加原がそう思った直後、僅かに風で揺れた土煙の奥で、何かが光ったように見えた。

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