役立たずの兜に花を供える(13)
この世界に未知なる存在がいると知った時、鈴木を襲った高揚感は言葉にならないほどだった。自分の知らない世界を知ってみたいという気持ちは抑え切れず、鈴木の底から泉のように湧き出てきた。
幸いにも、鈴木の仕事は多くの人と接する仕事だ。未知なる存在を掴むために、いろいろと手回しや根回しをするのに都合が良かった。
妖怪の特定が素人に難しいと分かっても、妖怪に関わる仙人との繋がりは持てるかもしれないと考え、そちらとの接触を何度も試みた。
しかし、奇隠という組織を知らなかった当時の鈴木には、その仙人との繋がりを作ることが難しく、いつまで経っても、鈴木の望む未知なる世界への扉は開いてくれそうになかった。
その中で鈴木に接触してくる人物が現れた。
それがシェリー・アドラーだ。
仙人を探しているという話を聞いたらしく、日本に対するパイプの一つとして、鈴木を利用するために近づいてきたようだ。アドラーの思惑はアドラー自身が隠す様子もなかったので、すぐに鈴木も察することができたが、仙人と繋がられるという事実があるのなら、別に利用されても問題はないと鈴木は考え、アドラー達との繋がりが始まった。
最初はただの好奇心で、未知なる世界を覗きたいという気持ちからだったが、アドラーと接触し、その目的を知ってからは、その遂行のために協力するようになった。その目的は鈴木から見ても、魅力的に思えるものだったからだ。
そこから、日本にアドラーやパンク・ド・キッドを連れ込む手筈を整え、鈴木の動きは概ね予想通りの結果を齎した。
唯一、奇隠に身柄を拘束されたことは予定と違ったが、全く予想できなかった展開ではない。その時の対応法は事前に決めていたので、鈴木としても必要以上に狼狽えることはなかった。
しかし、流石に長期間の拘束は精神面に重い影響を与えてきた。
外に出られない事実はどうでもいい。ひたすらに恋人である一澄と逢えない時間が辛く感じた。
仙人という未知なる存在に憧れ、その対面を夢見る中で意識していなかったが、一澄の存在が自分の中で大きいことに、鈴木はようやく気づけた。
この仕事の目的も達成までの時間は長くないはずだ。一年もかからないと予想できる。
その先には一澄と結婚し、家庭を持つのも悪くない。生まれ変わった鈴木蕪人が生きていくのに、一澄という存在は必要だ。
そのように考え、Q支部を出てからの鈴木はアドラー達からの接触をひたすらに待っていた。まだ目的は達成されていない。自分にできることがあるのなら、何でも力を貸すと、鈴木は心に決めていた。
そして今日、鈴木はクリスと接触することになったのだが、鈴木からQ支部内の情報を聞き出すことしばらく、クリスは突然姿を消し、鈴木は待たされることになった。何があったのかは分からないが、姿の消し方は常人のそれではなかった。何かしらの力を使ったのだろう。
それを見る度に鈴木の心は躍る。夢はどんどんと近くなる。
それから待つことしばらく、やがてクリスは戻ってきたのだが、その様子はどこか、さっきまでと違うものだった。
「どうされましたか?」
鈴木が質問すると、クリスは敵意をそのままに込めた目で鈴木を睨みつけ、鈴木の言葉を無理矢理封じ込めてくる。何をそこまで怒っているのかと思うが、鈴木にはその理由が分からない。
「解放されてから何日経った?」
「え?」
「奇隠に解放されてから何日経ったのか聞いているの!?」
激昂するクリスに目を丸くしながら、鈴木は混乱する頭でQ支部を出た日付を思い出す。鈴木がそこから今日までの日数を答えると、クリスは苛立ちを隠せない様子で、小さく呟くように言葉を漏らした。
「それだけの間、何も気づけなかったのね……」
「何かあったのですか?」
未だ状況の飲み込めない鈴木が質問すると、クリスがきっと鈴木を睨みつけ、それから怒りを噛み潰すように歯を食い縛った。
「移動するわ。ついてきなさい」
鈴木にそう命令すると、鈴木が応じるかどうかは関係なく、クリスは人混みの中を歩き出した。鈴木は戸惑いながらも、クリスの命令を無下にする権利はなく、その後を追いかけて歩き出す。
クリスは駅前の人混みを抜け、その先にいる路地に入り込むと、そこで人目を気にするように、辺りを見回し始めた。
「ここで何か?」
「動かないで」
その一声に従うように、足を止めて身体を硬直させた直後のことだ。
振り返ったクリスが片手を振るい、鈴木は胸部に鋭い痛みを感じた。
「え?」
痛みに疑問を覚えながら、鈴木が視線を下げると、胸の部分に小さな穴を発見した。そこから滴るように血が流れ、鈴木は何が起きたのかと混乱する頭を働かせようとする。
「これは何を…?」
「もうね。あなた、いらないの。邪魔にしかならないの。だから、消えて」
クリスが手のひらをきゅっと握り締めた瞬間、鈴木の胸に開いた穴から、植物の茎が伸びてきた。鈴木の身体をじんわりとした痛みが襲い、その痛みに歯が浮くような不快感を覚えながら、鈴木はゆっくりと座り込む。じんわりとした痛みが広がると共に、鈴木の身体の内側から力が抜けていくようだった。
「な……え……?」
鈴木は何とか声を出そうとしたが、既に唇を動かすことも限界で、真面な声を発することもできないまま、鈴木は地面に身体を伏した。鈴木の胸から伸びる植物は更に成長し、鈴木の身体を支柱として、そこに巻きつき始める。
やがて、成長し切った植物が鈴木の身体の上で蕾を作り、ゆっくりと花を開いた。
それを確認したクリスが花を摘まみ、その下に伏したままの鈴木を見やる。鈴木はまだ辛うじて息があり、自分を見下ろすクリスを見上げていた。
自分もそちら側に立てるはずだったのに。
その思いを口にする力もなく、ゆっくりと暗くなっていく景色の向こう側に、一澄の笑顔を発見した直後、鈴木の意識は完全に途切れた。
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