希望の星は大海に落ちる(18)

 鋭敏になった神経の代償として、溜まりに溜まった疲労を、ようやく解放した幸善は、泥のように眠り続けていた。今にもベッドに溶け込みそうなほど、全身をベッドに預けて、小さな寝息を立てていた。


 そして、幸善が気づいた時にはその状態だったのだから、そこに至るまでに何が起きたのか正確に知る術はない。独りでにベッドまで移動するはずもないので、誰かが運んだことは確かだろう。


 問題はその誰かが誰であるのかという点だが、その疑問は疑問として膨らみ、幸善の頭を悩ませまいと思ったのか、幸善が目覚めた時には目の前に答えを置いといてくれた。


「起きたか」


 起床した幸善はそう呟く御柱と目が合った。どれくらいの時間か分からないが、眠ったことで幸善の頭はすっかり回転が良くなっている。状況の理解から判断まで、然程の時間を要さなかった。


「えーと……おはようございます……?」

「第一声はそれでいいんだな?」

「お手数おかけしまして、大変申し訳ございません」


 感情と呼べる感情が見当たらない冷え切った御柱の声を聞き、幸善は再びベッドに返るように額を擦りつけた。


「運ぶ分には問題ないが、ポール様のお手を煩わせることはやめろ。あの方はああ見えて忙しい方だ」

「忙しくは見えないという共通認識が確認できて良かったです」


 御柱が自分を運んでくれたことを分かり、そこに対して感謝をしてもし切れないくらいだが、気になるのは御柱がそこにいたことだった。幸善が眠ってから、どれくらいの時間が経ったのか分からないが、数分やそこらではないだろう。


「御柱さんはそこで何を?待っていてくれたのですか?」

「いや、一度帰ったんだが、少し聞いたことがあってな。それを伝えようかと戻ってきたら、ちょうどお前が目を覚ましたタイミングだったようだ」

「聞いたこと?」


 言い方から察するに、何かしらの報告を受けたのだろうか、と幸善は思って聞き返したのだが、伝えるために戻ってきたと言った御柱は何故か話し始めず、一瞬幸善から目を逸らした。その反応に幸善は少しだけ、ざわつきを覚える。


「その様子を見るに、仙気の把握は完了したのか?」

「いえ、まだですけど、進展しました」

「そうか……」


 そう呟きながら、何かを考えている様子の御柱を見て、幸善の中で不安だけが膨らんでいく。


「それなら問題ないか。既に数日が経過した話だが、日本でも動きがあったそうだ」

「動き?人型に関するものですか?」

「ああ、そうだ。それで負傷者自体は出たが、に死者等の被害は出なかったらしい」

「人型はどうなったんですか?」

「逃亡したそうだ。以前、お前が逢ったことのある人型もいたと聞く」


 幸善がいない間に人型が動き出していた。それは奇隠に被害が出るほどの動きで、幸善は胸の内のざわつきを押さえることができなかった。


「ちなみに何があったんですか?」

「Q支部に人型が侵入したそうだ。数人の仙人と交戦。双方に死者が出る前に人型は逃亡したらしい。目的はQ支部で捕らえていた例の女の人型だったそうだ」


 Q支部で捕らえている女の人型と聞き、幸善の頭の中に重戸えと茉莉まりの顔が浮かんできた。わざわざQ支部に侵入するくらいなのだから、人型が重戸を始末しに来たわけではないのだろう。貴重な戦力を複数失う可能性をかけてまで、始末する理由がないはずだ。


 もしかしたら、また重戸と戦うことになるのかもしれない。そう思ったら、不安になる幸善の前で御柱は言葉を続けた。


「ただし、目的は果たせなかったようだ。人型は未だにQ支部に捕らえられている」

「失敗して逃げたということですか?」

「そういうことらしい」


 その情報に幸善はどこかで安堵する自分がいた。その気持ちの正体は分からないが、もしかしたら、幸善はどこかで期待している自分がいるのかもしれないと気づく。

 人に言ったら笑われそうなので口にはできないが、重戸はもしかしたら、とどこかで思う気持ちがあるようだ。


「それと……」

「それと?」

「……いや、これは不確定情報が多い。少し情報がまとまってから伝えよう。取り敢えず、Q支部に人型が侵入したが、大きな被害は出なかったという事実だけ先に伝えておく」


 御柱が何を言い出そうとしたのか気になったが、話さないと言った御柱と問い詰める能力は幸善にない。御柱が話すつもりはない以上、話してくれるその時を待つしかないかと幸善は思った。


「伝言はそれだけだ。ポール様にあまり迷惑をかけるな」

「はい。わざわざ、ありがとうございました」


 幸善がお礼の言葉を口にしながら頭を下げると、御柱は軽く一瞥してから部屋を出ていく。その姿を見送ってから、幸善は自分がいない間に起きたことを考えていた。


(どうして、人型は今になって動いたのだろうか?)


 偶然にも幸善が日本にいない時だが、それは本当に偶然なのだろうか。幸善は考えようとしたが、まだ残っていた疲れがそれを阻むように、幸善の意識を再び奪っていった。

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