希望の星は大海に落ちる(13)

 両手で顔を覆ったまま、くるくると横に回転しながら、幸善は通路を移動していた。空中を突き進む姿はドリルのようだが、その速度は電池切れ寸前くらいに遅い。


 唐突に始まった全身の仙気を正しく理解しようのコーナーだが、あまりの難易度に終わりが全く見えない。本部にどれくらいの期間いられるのか分からないが、もしも終わるまで帰ることができないとしたら、ここに骨を埋める覚悟を今から始めた方がいいかもしれない。


 理論的に考えることが必要な場面自体は多いが、根本的な部分は感覚に頼るしかないことが多い仙人だ。感覚的に物を捉えることは得意な人が多いはずで、幸善も決して苦手ではない。


 今でこそ、相亀の脳が筋肉に侵食され、口を開けばパワーと言い出す始末だが、その前は相亀よりも幸善の方がパワーと言っているタイプだった。ノワールがいたから、何とかとんとんになっていた瞬間も多い。


 その幸善ですら見分けられない、自分の身体は藪の中だ。どう探そうかと考え、探し方の探し方を考えている内に、探し方の探し方の探し方を考え、気づいたら、探し方の列の最後尾で二時間待ちになっている。探し方を見つけた時には閉園時間かもしれない。


 このまま本当に見つかるのだろうか。考えながら自転を繰り返す幸善の中心から、唐突に地鳴りのような音が聞こえてきた。


 腹の音だ。


「腹減った……」


 肉体的な疲労は特別に強いわけではなかったが、精神的な疲労は拷問を受けた後くらい溜まっていた。超速的に溜まったストレスは、幸善の身体からエネルギーと呼べるエネルギー全てを奪っていったようで、幸善には空腹しか残されていなかった。


 何かを腹の中に放り込みたい気分だが、生憎ここは日本ではない。宇宙という名の外国であり、日本語の通じる相手の方が少数のはずだ。

 昼飯をちゃんと注文できるのかどうか以前に、昼飯をどこで食べるのか聞き出すこともできそうにない。


 このまま餓死するか、自分の手足を切って食うか。究極の選択に頭を悩まされ、それを真面目に考えようかとも思ったが、流石に空腹が過ぎると思った幸善は早々に諦め、本部にいる仙人の顔を思い浮かべた。


 その中で日本語が話せる人物は三人いる。一人はポールで、このポールに案内を頼むことは不可能だ。いろいろな側面がそれを許さないし、流石に頼むほどに馬鹿ではない。


 となると、候補は二人。一人は幸善に同行し、この本部にやってきた御柱。もう一人はこの本部で逢った、牛梁茜の兄こと牛梁葵だ。


 その二人の顔を思い浮かべ、どちらに頼もうかと考えること一秒。幸善は早々に葵の顔を思い浮かべて身体を起こした。

 頼るとしたら、その相手は葵しかいない。日本で弟に頼っていたからこそ分かる牛梁家の安心感だ。


 葵がどこにいるのかは分からないが、皇帝のいる部屋は何となく覚えているので、その付近を探したら見つかるはずと思い、幸善が通路を移動しようとする。


 その直前、幸善は御柱と鉢合わせた。いつもの調子の険しい表情と目が合い、幸善は蛇に睨まれた蛙になる。


「頼堂か。ちょうどいいところにいた」

「え……?何か用ですか……?」

「少しは嫌がる気持ちを隠せ」


 オブラートには包んでいたつもりだったのだが、どうやらオブラートが透明だったようだ。幸善の気持ちは露呈し、御柱は眉を顰めていた。咄嗟に謝罪の言葉が口から出そうになるが、火に油を注ぐ事態だと思い直し、口を噤んだ。


「今は時間があるか?」

「い、今ですか……?ああ、まあ……」


 時間があるかないかと聞かれたらあるのだが、あると言うには気が引ける、という気持ちが無意識の裡に前面に出た反応をし、御柱は案の定、眉の皺を濃くした。


「あるんだな?なら、行くぞ」

「え……?どこに……?」

「本部内の施設を見学する。シャワー、トイレは部屋にあるが、それ以外のものは部屋の外だ。先に知っておかないと自由に行動できないだろう?」


 御柱の指摘は正にその通りであり、それが理由で人を探そうとしていたところだったので、その提案自体はありがたかったのだが、その提案をした人物が御柱である点を百パーセント処理できたわけではなかった。


 まだ心のどこかで人を変えられないかという淡い希望が膨らんでしまうが、ここでチェンジと口に出す勇気はない。それを口に出した二秒後には身体が両断されている気がする。


「お、お願いします……」


 そう口にし、幸善は御柱と一緒に移動を開始する。最初は移動を開始した直後に鳴いた、幸善の腹の虫の希望により、食堂に決まった。

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