憧れよりも恋を重視する(12)
廊下を西側に直進し、先にある階段を上る。上り切った先にある廊下を左に曲がると、南側に扉が二つ並んでいる。その扉の内、階段に近い方の扉の前で椋居が立ち止まった。それに続いて相亀達も足を止める。
ここが羽計の部屋か。全員がそう思った目の前で、椋居がその扉をノックし、羽計の名前を呼びながら扉を開けた。
そこで部屋の大半を支配する大量の服を目撃することになった。天井に敷かれたレールから、ハンガーが下に伸びてきて、そこに服が規則正しくかけられている。服は季節を問わず、種類も多かったが、そのどれもが女性物であるように見えた。
その光景に相亀達が驚く前で、同じように椋居も扉を開いたまま、驚いて固まっている。
「あれ?」
間抜けにもそう声を漏らした直後、その扉の隣にある扉が開いて、そこから羽計が顔を覗かせた。
「あれ?みんなでドレスルームに何か用なの?」
ドレスルーム。確かにそう言われたら、大量の服が置かれている部屋はドレスルームにしか見えない。
そのような部屋があるのかという思いもあるが、それ以上にその部屋の扉を椋居が何故開けたのかと相亀は思ったが、その答えを羽計は既に知っているようだった。
「ああ、分かった。またチーくん、やったね」
「チーくん…?」
相亀の背後で水月が小さく呟く声が聞こえた。水月と穂村の二人が羽計とようやく顔を合わせた瞬間なのだが、ちょっと思っていた感じではない。
その予想外を生み出した張本人である椋居が羽計に指摘を受けて、小さく腹の底から湧き出すように笑い始めた。
「ごめんごめん。またやったよ」
「またって、お前、何度かここに来てるんだよな?」
「来てるけど、いつもここの二択を間違えるんだよ」
「チーくんのお茶目さん」
軽く笑っている椋居だが、相亀は友人として恥ずかしかった。特に背後から向けられた冷たい視線を相亀は背中で感じ取り、そちらを振り返ることができなくなる。
恐らく、久世か我妻がその視線を向けていると思うのだが、椋居の今の行動に対して相亀から説明できることは何もない。そういう奴だからと説明になっていない説明をするしか相亀には言葉がない。
「えーと…羽計さん?」
気を取り直して、と表現してもいいものなのか、水月が空気を変えるように、そう羽計に声をかけていた。羽計は少し驚いた表情で固まり、じっと水月の顔を見ている。
「あの…この度はお招き…」
「カワイイ!」
唐突に羽計が叫び、水月は妖怪と対面している時にも見せたことのないような驚きを見せていた。羽計は水月の肩を掴み、顔を水月の顔から数センチの距離まで近づけている。
「貴女のお名前は?」
「水月…悠花です…」
「ああ、貴女が水月さん」
そう言って、何度か水月の顔の前で瞬きをしてから、羽計が水月の背後にいた穂村を見やる。
「ということは貴女が穂村さん?」
「はい…」
羽計のパーソナルスペースという概念を無視した距離感の詰め方に、穂村はかなり引いた様子で返答していた。
それを気にする様子もなく、羽計は水月から離れて、今度は穂村の前に移動している。顔を数センチの距離にまで近づけ、じっくりと穴が開くほどに穂村の顔を見つめ始める。
「カワイイ!」
不意にそう叫び、全身が震えるほどに穂村を驚かせてから、羽計が唐突に相亀の顔を見てきた。何の視線だと相亀が思っていると、羽計は急に眉間に皺を寄せる。
「もったいない!」
唐突に意味の分からない叫びを聞かされ、相亀が困惑した顔をしていると、椋居が穂村から引き剥がすように羽計の身体を引っ張った。
「はい、落ちつけ。そんな急に近づいたら、二人も困ってるみたいだし、取り敢えず、一旦部屋に入ろうぜ」
このまま立ち話が始まるのかと思っていたが、椋居の空気を読んだ助けが入ったことで、相亀達は羽計の部屋にお邪魔する運びになった。
我に返ったような羽計に連れられて、相亀達は羽計の部屋に入っていく。そこは明らかに高校生に与えられる部屋ではない広さを除けば、それ以外は普通の女子高生と変わらない雰囲気で、さっきまで屋敷の広さに気圧されていた水月や穂村も、驚いた顔で部屋を見回している。
「意外と普通だね」
東雲が思わず口にすると、羽計が面白そうに笑い始めた。
「意外なことないよ。私、普通だもん」
当たり前のように羽計はそう言ったが、相亀は心の中でどこが普通だと突っ込んでいた。
寧ろ、金太郎飴のようにどこを切り取っても変わっている部分しか見つからないほどの変わり者だ。
「あ、そうだ」
水月が思い出したように手に持っていた土産物を見て、羽計の前に移動しようとした。その動きに東雲も思い出したのか、持ってきていた土産物を渡そうとする。
「あの羽計さん」
水月がそう切り出した瞬間のことだった。
「ひいちゃん?チーくんが来たの?」
不意に扉の向こうから、そのような声が聞こえ、相亀は猛烈な寒気に襲われた。その声は羽計の声に似ているが、羽計よりも少し艶っぽく、落ちついた声に聞こえる。
「あ、ママだ」
不意に羽計がそう呟き、相亀はさっきの椋居の言葉を思い出した。
羽計の母親は羽計に似ている。相亀は顔から血の気が引いていくようだった。
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