星は遠くで輝いている(14)

 見送り会から出発までの数日間を幸善は最終準備に費やしていた。

 スタートが早かったこともあって、基本的に必要な部分の準備はほとんど終わっていたのだが、向かう先は慣れない海外だ。あれもこれもと思っていたら、そこから更に膨らみ、気づいたら時間が大きく過ぎていた。


 見送り会の数日後、幸善は本部に向かう当日を迎え、家を出ようとしていた。その日に出ることは千幸達も知っている。

 何か見送りがあるのかと思っていたが、千幸達の対応は想像の通りのものだった。


「お土産ね。絶対に買ってきてね」

「それだけを生きがいにお母さんは生きてるから、忘れたら、もう家事しないからね」

「ええ!?それは困るんだけど!?幸善、忘れるなよ」


 両親と妹からそう念を押され、幸善は東雲達との対応の違いに苦笑しか出なかった。らしいと言えばらしいのだが、こういう時にまで、こういう対応を持ってこられるとは思っていなかったため、幸善はうまく返すことができなかった。


 その足元にノワールが歩いてきて、幸善を軽く見てきた。ノワールからの言葉は昨晩の時点で聞いている。


「お前がもし妖怪だったら、仲介役を買ってやるから、ちゃんと賄賂を準備しておけ」


 賄賂、つまり、お土産だ。千幸達と変わらない要求に幸善はノワールもこの家に大分染まったことを実感した。


 それがいいことなのかと一瞬思ったが、家ができることに悪いことはないだろう。幸善はその場にいる全員に「行ってきます」と言い残し、家を後にした。


 これから、次に向かう場所はQ支部だ。そこで幸善は本部に行くに当たって、通訳も担当する同行者と逢うことになっている。


 その前に冲方うぶかたれんを始めとする冲方隊に出発前の最後の挨拶をするつもりだった。

 冲方隊の面々には相亀を除き、本部に行く理由の部分を直接伝えられていない。既に知っていることだとは思うが、その話も自分の口から一度したいと思っていた。


 幸善は仙人になってからしばらく、何度も通っていた演習場に立ち入っていく。その中には既に幸善以外の冲方隊の面々が揃っていた。


「あっ、やっと来たか」


 屈んだ体勢のまま、スマホを弄っていた相亀がそう呟き、冲方達が幸善を見た。その相亀を無視して、幸善は他の三人に向いて軽く頭を下げる。


「お待たせしました」

「いや、大丈夫だよ。これから行くんだよね?」


 冲方の質問に幸善は頷き、それから、相亀以外の三人の顔を見た。改めて言うとなると、緊張もしてくるもので、思っているよりも口がうまく回ってくれない。


「その…もう聞いているとは思うんですけど、俺の身体の中の気に妖気が混ざっていることが分かりました。それで本部に呼び出されて、本部に向かいます」

「うん、聞いたよ」

「その…変に思いませんでしたか?妖気が混ざっているって」

「変に思ったか思わなかったかで言うと、思ったね」


 冲方がそう答えると、それに同意するように牛梁うしばりあかねと水月も頷いていた。その反応に幸善が微妙な顔を見せると、すぐに牛梁が続けるように言ってくる。


「ただ正直、頼堂は最初から変だったから、今更という感じが強かった」

「そうそう。頼堂君は自分がそうだから忘れているかもしれないけど、普通は妖怪と話したり、分かり合おうとしたりしないんだよ」


 本来は幸善の否定する葉様はざま涼介りょうすけの生き方の方が仙人には多い。それを改めて言われて、幸善は頭を掻いた。

 やはり、相亀に言われた通り、幸善は何か難しく考えていたようだ。


「だから、特に気にする必要はないから、取り敢えず、無事に帰ってきてね」

「それとできればでいいんだが、本部にいる兄と逢ったら、弟は元気にしていることを伝えて欲しい」


 牛梁の兄の話は以前聞いたことがあったが、幸善は逢ったことがあるわけではない。どのような姿かと想像し、牛梁よりも数段人相の悪い人物を思い描き、少し苦い顔をしてしまう。


「ちなみに兄は俺と違って、蚊も殺せそうにないと言われるほどに優しい顔立ちをしている」

「あ…何かすみません…」


 失礼なことを考えていたと伝わり、幸善が謝罪の言葉を口にすると、水月が楽しそうに笑い始めた。


「じゃあ、私からも今度こそ一言。これだけは言っておきたいから」


 そう言ってから、水月が真剣な顔で幸善を見つめてきた。その表情に幸善が息を呑んだ瞬間、水月がたった一言だけ言ってくる。


「いなくならないでね」


 それは両親を失った水月からの唯一の願いであり、それに幸善は頷き返すことしかできなかった。やっぱり何となく、幸善の不安が伝わってしまっているようだ。


「いや、その次に俺からとか言いづらいんだけど…」


 水月の作り出した雰囲気に相亀が困ったように呟いた。相亀からの言葉は既にミミズクで聞いているが、真面なことを言うとは思っていないので、幸善は冷たい目を向けてしまう。


「お前から?」

「何だよ?簡単に一言くらいいいだろうが」

「分かったよ…何だよ?」

「お前が知ることは元からあったことだ。それが何であれ、今のお前が変わることはない。忘れるなよ」


 唐突に真面目なアドバイスが相亀の口から飛び出し、幸善は目を大きく見開いて驚いていた。「以上」と付け足し、再びスマホを弄り始める相亀は少し耳を赤くしているように見える。


「お前…」

「何だよ?何か文句があるのか?」

「一言って言ったのに、どれだけ喋るんだよ?」

「文句があるのかよ!?」


 最後にそのやり取りを交わし、幸善は冲方達のいる演習場を後にした。これで次は日本を発つことになる。


 その前に通訳として旅に同行する人物と逢う必要がある。その人物は誰なのだろうかと考えながら、幸善は別れる前に冲方から教えられた部屋を訪れていた。


「失礼します」


 そう声に出しながら、部屋の中に入った幸善がそこで待っていた人物の顔を見て立ち止まる。


「時間通り…とは言えないが、今回は遅れる可能性と理由を事前に聞いていた。罰則はなしだ」

「えーと…一緒に本部に行ってくれる通訳の人って…?」

「私だが?」


 そう答える人物を見て、幸善は言葉を失った。


 それは因縁の相手とも表現できる御柱みはしら新月しんげつだった。

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