星は遠くで輝いている(13)

「四織ちゃん」


 談笑していた幸善達の間に割って入るように鈴木が声をかけてきた。相亀が意識を取り戻し、幸善の見送り会が進んで、しばらく経った頃のことだ。


 愛香が少し驚いた顔を見せながら顔を上げると、鈴木は愛香に笑顔を向けながら、簡単な挨拶をしていた。どうやら、既に会計を済ませて、もう帰るところらしい。


「久しぶりに顔を見れて良かったよ」

「はい。蕪人さんも、お姉ちゃんのことが嫌いになったとかじゃないんですよね?」

「もちろん、これから逢う予定だよ」

「それなら良かったです」


 それだけの挨拶を済ませて、鈴木が店から立ち去っていく。その後ろ姿を見送りながら、幸善と相亀は顔を見合わせ、結局、何もなかったことに安堵していた。


 やはり、考え過ぎだったと幸善が思っていると、同じように鈴木を目で追っていた東雲がスマホを確認し、驚いたように声を出す。


「もう結構な時間が経っているね」


 そう言われて、幸善は既に外が暗くなり始めていることに気がついた。具体的な時間は分かっていないが、ミミズクの閉店時間も近いはずだ。

 そう思っていたら、同じことを考えたのか、久世が時間を確認しながら呟いた。


「そろそろ帰る時間だね」


 その一言にさっきまでの明るい雰囲気が吹き飛び、再びしんみりとした静かな雰囲気が広がっていた。


「じゃあ、最後にせっかくだから、幸善君に一言ずつ送ろうか。アレだよ、アレ…遺言!」

「全員死ぬの?」


 東雲の思わぬ言い間違えに、愛香と穂村が耐え切れなかったように吹き出し、顔を背けて、くつくつと笑い始めた。


 東雲としては意図せぬ言い間違えだったようで、二人の笑い声や他の面々のきょとんとした表情に、茹で上がったように顔を真っ赤にしている。


「アレだよ!?態とだよ!?ちょっとでも空気を明るくしようと思って、ねっ!?」


 東雲は何とか取り繕おうと力説していたが、その顔色を見たら、それが故意ではないことくらい誰にでも分かっていた。


 ただそれを指摘したら、東雲が爆発しそうだったので、幸善達は分かったと言わんばかりに頷いておくことにした。


「ほら、誰から言う?」

「なら、俺から言おう」


 何とか空気を変えたかったのだろう。手を叩きながら、急かすように言い出した東雲の前で、相亀がゆっくりと手を上げた。


 それに東雲は助かったと言わんばかりに、相亀を指名していたが、幸善は嫌な予感がして仕方がなかった。こういう場面で相亀が素直に何かを言ってくるとは思えない。


「では、コホン。本…留学を決める前に、お前からいろいろと聞いていたが、こうして行くことに決まって、俺から言えることは一つしかない」


 相亀が幸善の肩に手を置き、もう片方の手でグッとサムズアップを見せつけてくる。


「日本には俺がいるから、安心して逝け」

「お前、字が違うことくらい雰囲気で分かるからな!?」

「痛い!?」


 幸善の叫びと同時にツッコミという名の拳が伸びて、相亀がそれを華麗に躱した。その拳はぶつかる先を見失い、そのまま相亀の隣に座っていた久世にクリーンヒットする。


「あっ、ごめん」

「素直に謝るということは態とじゃないみたいだね。それを怒るほどに僕は怒りっぽくないよ」


 そう笑顔で言いながら、久世は相亀の太腿を思いっ切り叩いていた。流石の相亀なので、久世の一発では言うほどに痛くはなかったようだが、何を叩くのだと言いたげに久世を睨む姿を見て、流石の幸善も久世の味方をしたくなった。


「じゃあ、次はその殴られた僕でいいかな?」

「じゃあ、お願い」

「君に僕から言うことは一つ。君が何を目的として行くのか、僕は知らないけれど、君にはちゃんと帰ってきて欲しい。それが僕の本心からのお願いだよ」


 久世の意外とも言える真面目な言葉に、幸善は少し言葉に詰まってしまった。

 いつもはいろいろと言っている久世だが、こういうところでしっかりとしてくるから、嫌いになり切れないと改めて思う。


「じゃあ、そのまま次は水月さんにする?」

「私?私は…多分、まだバイト先で逢う機会があるから、その時に言うよ」

「おい、何だよ?それなら、言った俺が損じゃねぇーかよ」

「いや、お前の奴はカウントしてないから」


 ただの煽りでしかなかったと文句を垂らす幸善に対して、相亀は意味の分からない文句を垂らしながら、抗議していた。もちろん、それを真面に受け取るはずもなく、次は穂村の番になった。


「悠花から聞いた時は驚いたけど、頼堂君は頼堂君だから、応援してるからね。頑張って」


 事情を知らない東雲達はどこに行っても幸善は幸善であるという風に聞こえたかもしれないその言葉だが、幸善は本当に穂村が伝えたいことを理解できて、その言葉がとても嬉しく思った。


 それは今も幸善が僅かに抱えている不安に寄り添う言葉であり、その言葉はとても温かく幸善の胸の内に広がった。


「じゃあ、次は我妻君」

「あの。その前に私じゃダメかな?二人の方がいろいろとあると思うから、先に言いたいかもって思って」


 愛香が東雲の前で手を上げ、東雲が確認を取るように我妻を見ると、我妻は小さく頷いていた。それを見た東雲が促すように愛香の前で手を振った。


「じゃあ、えっと…体調に気をつけて、無事に帰ってきてください。その…皆、ここで待ってますから」


 愛香なりの優しい言葉に幸善は頷いて、小さく礼を言った。それは幸善とあまり関係の深くない愛香の精一杯の言葉で、心からの本心のはずだ。

 そうだと分かったから、幸善はありがとうと言いたかった。


「じゃあ、次は俺か」


 我妻が確認してから、幸善の顔をまっすぐに見てきた。

 我妻は普段、言葉が多くない。こういう時に何を言い出すのか、意外と幸善にも分からない。


「慣れない環境で大変なことも多いとは思うが、身体を壊さないように気をつけてくれ。お土産話を期待しておく」

「分かった。何か面白いことがあったら覚えておくよ」


 そう言いながら、幸善はどれくらいの話が我妻にできるだろうかと考えていた。本部のことは話せない。そこで分かることも多くは話せないはずだ。

 その中で話せることが少しでもあればいいと思いながら、最後の東雲を見た。


「最後は私か…じゃあ、長くなってもあれだから、これだけ約束して」


 そう言ってから、東雲が少し悲しげな顔をした。


「絶対に帰ってきてよね。私、もっと幸善君と一緒にいたいからね?」

「そんな…別にただ留学に行くだけだから、ちゃんと帰ってくるよ」


 幸善が笑ってそう言ったら、東雲は悲しげな表情のまま笑顔を作り、納得した様子で頷いていた。


 ただ幸善は分かっていた。どうして、これほどまでに帰ってくるように言われているのか。


 それはきっと幸善がどこかで、無事に帰ってこられるか不安に思っているからだ。


 それは幸善が妖気を持っていたから。人型がいるから。キッドがいるから。そういう予測不可能な出来事の多くがあるから。


 またここに戻ってきたい。その思いは強くあるが、その思いだけで帰ってこられるかは分からない。


 ちゃんと帰ってこられたらいいな。幸善が改めてそう思って、見送り会は終わりを迎えた。

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