風は止まる所を知らない(6)

 全ての始まりは幸善が妖怪の存在を知ってしまったことだった。


 その説明のために水月達が幸善をQ支部に連れてきたことで、幸善は奇隠の存在を知り、最終的に仙人として働くようになるのだが、その過程で幸善に関して、いくつかの謎が確認されていた。


 まず、最初にQ支部に連れてこられた時点で、幸善は奇隠を含む仙人や妖怪の存在に関して、記憶の全てを消去されたはずだった。


 しかし、実際は幸善から記憶は消えることがなく、それが奇隠との関わりのきっかけとなってしまった。


 それだけではなく、幸善は本来、会話ができないはずの妖怪との会話が可能だった。


 妖怪の声は本来、それぞれの姿通りの動物の鳴き声に聞こえるものだ。犬だったら、犬の鳴き声でしかなく、そこに言語的な意味は存在しない。

 少なくとも、仙人を含めて人間からするとそうだが、幸善はそれを人間の言葉として聞くことができた。


 その理由は本人である幸善にも、鬼山を始めとするQ支部の仙人にも分からなかったが、そこに何か理由があるだろうと判断され、その身体の調査が行われることになった。


 それは幸善が仙人になることを決める前で、その時にも結局何も分かることはなく、幸善の気を本部で調べてもらうことになって、そこから何の進捗もなかった。


 そのこともあってか、幸善は今日に至るまで、ほとんど忘れていたのだが、たまに思い出しても、特に深く考えることはなかった。Q支部でそうだったように何も分かっていないのだろうと思うくらいだった。


 それが鬼山の口から話題として飛び出し、幸善は七実に本部に行くのかどうか聞かれたことを思い出していた。


「あの結果が届いたんですか?俺はてっきり何も分からなかったのかと思ってました」


 そう考えながら、幸善はもしかしたら、何も分からなかったから、更なる精密な検査を求められているのだろうかと思っていた。


 それなら、七実から聞いた本部に呼び出されているという情報とも一致する。


 しかし、そういう話ではなかったようだ。


「いや、結果自体はしっかりと出ている。ただ先に言っておくとは分からない。もしかしたら、その詳細を調べるために本部に呼び出しているのかもしれない」

「詳細?」


 結果は出ているのだが詳細は分からない。癌の可能性があることは分かっているのだが、その可能性がどれだけあるのか分からないというような意味合いだろうかと幸善は考えながら、その言葉に首を傾げた。


「俺も端的に結果が送られてきただけで、それがということだ。だから、どうやって伝えるべきか、しばらく悩んでいた」


 鬼山の不穏な一言に、幸善は本当に自分が病気であると宣告されるような気がしていた。

 もちろん、それは気がしただけの話であり、幸善の気を調べたことで、その病気が分かるとは思っていない。


 だが、鬼山の雰囲気は正しく、そういう宣告に立ち会う医者と同じものであり、幸善の中で不安が膨らむのも仕方がないと言えた。


「悪い話ですか?」

「それは…何とも言えない。少なくとも、前例のない話だ。これを悪い話と判断するべきかどうか分からないが、


 どんどんと不穏さが増していく鬼山の言葉に、幸善が表情を強張らせていると、鬼山が幸善の前に置かれていたタブレット端末を指差した。


「まず、気を分析した結果だが、体内から採取された仙気は正常なものであり、そこに大きな異常は見当たらなかった。この仙気の成分から、妖怪の声が聞こえる理由を見つけ出すことは難しい」


 そこまでは普通だった。それは鬼山がその普通な部分を選んでいるからだと幸善にも分かった。


 タブレット端末の画面を目で追っていると、鬼山が先ほどから言葉を選んでいる理由が端的な一文として見つかった。


「ただ一点。その気に関して、他と明らかに違う部分が見つかった」


 そう言いながら、鬼山の指がその一文まで進んできた。


 その一文を黙読していた幸善が顔を上げると、鬼山が真面目な表情のまま、その一文を読み上げるように言ってくる。


「君の気には


「どういうことですか?」

「先に言った通り、その理由は俺にも分からない。ただ全体の気に対して、70%が仙気で残りの30%が妖気だった。それが送られてきた結果だ」


 幸善は判明した事実に絶句していた。


 それが悪いことなのかどうかは鬼山が言っていた通りに判断できない。


 だが、想像もしていなかった結果に、どう反応したらいいのか、どう受け取ったらいいのか分からなかった。


「その理由を本部が突き止めているのかどうかは分からないが、突き止めているとしたら、それを伝えるために呼び出そうとしているのかもしれない。突き止めていないのなら、その理由を突き止めるために呼び出そうとしているのかもしれない。どちらにしても、その理由を知りたいのなら、本部に向かうべきかもしれない」


 その判断は幸善に委ねると鬼山は言ってくれたが、幸善はまだ気持ちの整理がついていなかった。


 どう受け止めたらいいのか分からないまま、幸善は目の前の画面を覗き込んでみる。

 そこに書かれた一文は消えることなく、確かにそこに残っている。


 幸善の体内の気には仙気の他、妖気が混じっている。その事実に幸善はしばらく言葉を失っていた。

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