風は止まる所を知らない(5)

 キッドの動きが表面化したことで奇隠の方針が定まり、それに伴って、鬼山が先送りにしていた一つの問題と早々に向き合う必要が出ていた。


 それが頼堂らいどう幸善ゆきよしに関する本部からの報告であり、それを幸善に伝えるかどうかという問題だ。


 その内容から、鬼山は未だに幸善に伝えるべきかどうか結論が出ていなかったのだが、ここからの動きを考えた時に、幸善の力は序列持ちに匹敵する戦力と本部も考えているらしく、何の報告もない鬼山を急かす連絡が送られてくるようになっていた。


 もちろん、いつまでも先送りにできる問題ではないことは分かっている。いずれ話す必要があることも鬼山は十分に理解している。


 それでも、これは幸善の人生にだ。そう簡単に判断できるはずもない。


 その思いが未だに消えなかったが、鬼山は時間のなさを実感していた。

 もしも、話にあった通りに幸善が本部に向かうことになるのなら、それはQ支部としても人員に余裕があるタイミングでないといけない。


 それに本部からの急かし方から、それ以外にも何か急ぐ理由があることは薄らと分かっていた。

 それが何かは分からないが、概要しか聞かされていない幸善の話と合わせると、何か大事なことなのだろうとは想像がつく。


 鬼山はようやく覚悟を決めて、幸善に本部から届いた報告結果を伝えるために、Q支部の一室に呼び出していた。


 その連絡を幸善も待っていた。


 七実ななみ春馬はるまから既に本部に呼び出されていることを聞いていた幸善は、その話の概要がずっと気になっていた。


 鬼山が伝えてこない以上、時機を見る必要があることなのかもしれないと思い、必要以上の追及はしてこなかったが、本部に呼び出される覚えなど幸善にはない。


 その話が何かは分からないが、鬼山がいつまで経っても話してこないことを考えると、余程の問題に気づかない内に巻き込まれているのかもしれない、と幸善は僅かに不安を覚えることもあった。


 そのため、鬼山から直接的な呼び出しを受けた時に、ようやくその話が聞けるという安心感と共に、どのような話だろうかという不安も膨らんでいた。


 内容次第で御柱みはしら新月しんげつと逢った時のような問題が起きるかもしれない。

 幸善は指定された部屋で待ちながら、その考えで頭を一杯にしていた。


 その中で、幸善が既に待っている部屋に鬼山が到着し、二人はそこで対面することになる。


 何度も逢っている二人だが、この時の二人は互いの様子を気にする余裕がなく、何を話すのか、何を話されるのか、そのことでお互いに頭が一杯になっていた。


 鬼山の到着と同時に幸善は立ち上がり、入ってきた鬼山を迎え入れる。普段の鬼山なら座るように声をかけるところだが、今の鬼山にその余裕はなく、二人はテーブルを挟んで、お互いに立った状態で向かい合うことになる。

 緊張に襲われた二人はその光景の異様さに気づくことなく、鬼山は持ってきていたタブレット端末をテーブルの上に置いた。


「呼び出してすまない」

「いえ、用件は何でしょうか?」

「今日は大事な報告があって、呼び出したんだ」


 そう言ってから、テーブルの上に置いたタブレット端末を鬼山は操作し始めるが、その手の動きは少し遅く、いつもの要領の良さはそこになかった。


 そのことを普段の幸善なら不思議に思っていただろうが、この時の幸善は緊張から余裕がなく、自分達が立ったまま話を始めたことにも気づいていなかった。


「本部からの報告があったんだ」

「報告ですか?」


 鬼山の一言に幸善が身を乗り出して、目の前に置かれたタブレット端末を見ようとする。

 そのタイミングで鬼山が顔を上げて、二人は数センチのところで見合う形になった。


 そこでようやく二人は気がついた。


「……というか、座ろうか」

「……ですね」


 気恥ずかしさからか、二人は小さく咳払いをしながら、ようやくテーブルにつく。


 この出来事がきっかけで、お互いの緊張は程よく解れ、幸善も鬼山も小さく笑みを零していた。


「すまないな。少し緊張していた」

「俺もです」


 そう言いながら、幸善は鬼山が緊張していたと言った意味に、遅れて気がついた。


 つまり、のか、と思った瞬間、鬼山がタブレット端末を差し出してくる。


「では、話を始めようか」


 その声を聞きながら、幸善は差し出されたタブレット端末を覗き込んだ。


「君の気の検査結果が届いた」


 それは幸善も既に忘れていた話の始まりだった。

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