月と太陽は二つも存在しない(18)
女の子の手から放たれた炎に包まれ、水月は直接的な熱さに苦しむものだと思った。咄嗟に射線上から逃げ出したが、炎から逃れることは難しく、水月は全身を覆った炎を消すために地面を転がるべきかと考えた。
それが思った、考えたの二つで終わったことに、水月は地面に倒れ込みかけてから気づいた。
全身を覆ったと思った炎は欠片も水月の身体になく、水月は熱さに苦しむこともなかった。
何故か、その疑問の根本的な部分は分からなかったが、炎を受けたはずの水月が無事である理由はすぐに分かった。
女の子が炎を外したからだ。
いや、これでは少し違う。もう少し正確に言うと、女の子は炎を水月に当てなかったわけではない。
水月自身は確かに一瞬、炎に包まれた。それは間違いない事実だが、その熱が仙気を貫き、水月を襲うよりも前に、水月はそこから抜け出すことができてしまった。
理由は簡単だ。女の子の炎が水月を追いかけてこなかったから。
まるでそこにまだ水月がいるように、誰もいない空間を燃やし続けていたからだ。
水月が炎から抜け出して、遅れることしばらく、誰もいないはずの空間に炎を放っていた女の子が脇に逸れた水月の存在に気づいて、目を丸くしていた。
純粋無垢な子供の驚いた表情は、その見た目に合っているものだが、さっきまでの振る舞いから懸け離れたもので、彼女にとって水月の移動が想定外だったことを教えてくる。
しかし、水月は明らかに女の子の前で移動したはずだ。その姿が見えていなかったとは思えない。
それなのに、どうして女の子は炎を外していたのか。その疑問を水月が解決する前に、女の子は慌てて周囲に目を向けていた。
そこにいる誰かを探すように見回して、そこに誰もいないことに驚いている。
それから、抱えるように頭に触れて、そこで何かを発見したようだ。目を大きく見開いたかと思えば、再び遠くに目を向けていた。
その視線の先では、先ほど自分が吹き飛ばした牛梁が立ち上がろうとしていた。
「何をしたの…?」
微かに震えた声は恐怖よりも怒りが籠っているように聞こえた。
ゆっくりと立ち上がりながら、その声を聞いた牛梁は表情を一切変えることなく、女の子を見据えている。
「何も」
「嘘…!嘘嘘嘘…!嘘!分かってる!これは貴方の仙気だ!」
そう叫んだことで水月も気づいた。女の子の身体に妖気以外の異物が水月にも分かるほど入り込んでいることに。
それは確かに牛梁の仙気と酷似している。
「仮に何かをしていたとして、素直に話す理由にはならない」
そう言いながら、牛梁は地面を転がっていく中で、額に負った傷にゆっくりと触れていた。
傷を治せる仙技は聞いたことがないと水月は思ったが、傷を治そうとしたわけではないらしく、触れただけで牛梁はすぐに手を離している。
「何をしたのか教えないなら…!」
静かな怒りを燃やしながら、女の子が呟いた直後、女の子の身体が水月の前から消えた。
次の瞬間には、牛梁の背後に現れて、牛梁を再び吹き飛ばすために、大きく足を振るおうとしていた。
それが全て水月の目にも映り、牛梁に水月は声をかけようとした。逃げるように叫ぼうと思って、口を開きかけた。
しかし、言葉はそこで止まり、唐突な疑問に襲われた。
どうして、女の子の姿が目で追えているのか。少なくとも、さっきまで一切見えていなかったはずだ。
そう思っていたら、女の子が牛梁の背中を大きく回転しながら蹴り飛ばそうとした。
それを牛梁は容易く躱して、反対に女の子の身体に手で触れて、仙気を放っていた。
先ほどとは反対に女の子の身体が吹き飛び、宙を舞う。着地と同時に数回転がり、そこから無理矢理に体勢を整えながら、女の子は立ち上がる。
そして、自分の攻撃を躱し、剰え反撃を咥えてきた牛梁に驚き切っているようだった。驚きを押し固めたような表情のまま、牛梁をじっと見ている。
「何をしてるの…?本当に…?」
その質問に牛梁は軽く微笑み、首を傾げる。
「さあ?何も」
その返答に女の子は更に苛立ったのか、怒りをそのままに眉を顰めていた。
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