月と太陽は二つも存在しない(8)

 男の子の姿を確認した直後、幸善達は思考を巡らせるよりも先に、男の子との間に距離を取っていた。その俊敏な行動に男の子は楽しそうに無邪気な笑顔を浮かべている。


「いつの間に後ろに回った?」


 バット袋を握りながら、葉様は男の子の位置を確認するように、先ほどまで男の子が立っていた場所に視線を向けていたが、男の子がその質問に答えるつもりはないようだった。


「いつだと思う?」


 無邪気な笑顔を浮かべたまま、その質問を葉様に返すだけで、それ以上は何も言ってくる様子がない。その態度に葉様は苛立っているようだが、感情のままに飛び出すことはなく、冷静に周囲を窺っているように見えた。

 それは幸善や相亀も同じことで、男の子との間に開いた距離と共に、周囲に男の子以外の存在がいないか確認していた。


 それは戦闘に発展した際に巻き込む可能性を考慮したこともそうだが、それ以上に男の子と一緒に消えたもう一人がその場にいないか探していたからだ。


 その姿が周囲にないことを確認すると、幸善は男の子を睨みつけながら聞く。


「東雲はどこに行った?」

「お姉ちゃん?どこだろうね?」


 男の子は不思議そうに呟いているが、直前まで逢っていたのが目の前の男の子であり、その男の子と一緒に姿を消した時点で、何も知らないはずがない。

 その白々しい態度に幸善は苛立ったが、そこで感情的に飛び出すほどに愚かではなかった。男の子の行動はさっきから挑発に徹している。


 それはつまり、幸善達からの攻撃に対して、何らかの反撃の手段を用意しているということだ。それを見越しての挑発となると、下手に攻撃するべきではない。


「俺達が目を逸らしたのは一瞬だ。その一瞬であいつがその場所に移動するだけなら未だしも、東雲を一緒に連れてこられるとは思えない。いくら人型でも、それだけの行動ができるか怪しいところだ。東雲は見失った場所の付近にいる可能性が高い」


 幸善や葉様よりも長く、東雲がさっきまで立っていた場所を探していた相亀が呟いた。確かに東雲を連れて、そこに移動してくる可能性よりも、東雲を残して自分だけが裏に回った可能性の方が高い。


 そう考えると、幸善は少し冷静さを取り戻すことができていた。目の前の男の子が厄介そうに舌打ちする姿も、相亀の仮説を裏づける根拠に思える。


「真面に話せる自信はないが、喧嘩中のお前や論外の葉様より、俺が確認しに行った方がいいだろう?」

「論外?」

「刀を持っている奴は論外だよ」

「癪だが、相亀。頼むぞ」

「癪とか言うな」


 相亀が飛び出し、さっきまで東雲がいた場所に走り出そうとした。幸善と葉様はそれを援護するために、目の前の男の子との距離を詰めようと考える。

 既に距離の把握はできている。その間を何歩で詰められるかも予想がついていた。


 しかし、それよりも早く、男の子は相亀が動き出すことも計算に入れていたように、幸善達の背後に巨大な氷塊を落としてきた。それは予備動作の一切ない攻撃で、相亀はその氷に巻き込まれないように咄嗟に動きを止め、幸善と葉様もその氷塊の突然の出現に、一瞬、そちらに意識を取られてしまった。


 その隙を突くように、男の子が地面を這うように氷を伸ばしてきて、幸善と葉様の足元から槍のように突き出してきた。それを咄嗟に避けながら、二人はさっきまで自分達のいた場所に戻されることになる。


「おいおい!死ぬところだったぞ!?」

「予備動作が一切なかった。そんなことも可能なのか?」

「いや、多分、最初から準備してた一発だと思う」


 それが可能であるのなら、前回の戦闘時に行っているはずだと考えながら、幸善はそう断定した。


 恐らく、氷塊自体は用意してあり、さっきの挑発に幸善か葉様が飛び出したのなら、その上空から落とす予定だったのだろう。


 それが二人は挑発に乗ることなく、相亀が東雲を探しに行こうとしたので、そちらを止めるために利用した。

 そう考えると、東雲の居場所は十中八九、公園の中であることになる。


「Q支部を探られる可能性はまだある。そちらを早々に止めるべきだな」

「だが、その前に人型の相手があるけど、勝てると思う?」

「勝つ必要はない。この距離だ。時間稼ぎで十分のはずだ」


 Q支部の場所はすぐそこであり、人型との戦闘に気づかないはずがない。その指摘に幸善は頷きながら、ふと疑問に思った。


 そのような危険を冒してまで、どうして目の前の男の子は幸善達に攻撃してきたのだろうか。その疑問を深く考える前に、男の子は両手を動かし、幸善達に氷塊を飛ばしてきた。

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