影が庇護する島に生きる(36)
アドラーの言うところの歓迎はハートからすると手荒にも程があるものだったが、だからと言って、困るかと言われたら、困るようなものでもなかった。
岩山の中に掘られた空間の壁から、植物のように岩が生えてきても、それがハートの身体を押し潰そうとしてきても、ハートは仙気をまとって手を伸ばせば、その動きを止めることができたし、メリーが壁に生まれた鏡の中を移動してきても、その一連の動きはハートの確認できる中での出来事で、不意を突かれることはなかった。
戦闘に向いている人員は二人だけ。一人は第一部隊と戦い、もう一人は第二部隊と戦っている。その状況をアドラーが口に出していたように、ハートの相手になる人物はここにいないようだ。
そう思いながら、ハートは未だに余裕を崩さないアドラーを見つめていた。
11番目の男。パンク・ド・キッド。シェリー・アドラー。R支部を滅ぼし、それと同時に姿を消した二人だが、その目的は未だに謎に包まれている。
この島の存在も、そこにいる明らかに仙術としか思えない力を操る目の前の二人も、奇隠の知り得ない存在だ。
それをハートは暴きたかったが、それを暴くのに目の前のアドラーを殺してしまってもいいのか、それとも、アドラーを生かして話を聞き出すべきか、ハートはその手段に悩んでいた。
その間にも、岩山の中は形状を変えて、ハートを押し潰すように動いてきた。ハートはそれから逃れるように跳躍し、薄い岩壁と一緒に扉を蹴飛ばして外に出る。
恐らく、メリーの仙術は鏡を用いることであり、その力の本質は攻撃に向いていない。サポートに振り切った力と言うべきか、あくまで戦闘を行う誰かがいて、その補助に使うことが主目的だ。
そちらは問題ではなかったが、もう一人のモロという男の方が少し問題に思えた。戦闘向けではないと言っていたが、その言葉が示す通りに、モロの力は強大で粗雑だ。その粗雑さが純粋な攻撃力を減らしているので、その部分を戦闘向きではないと表現したのかもしれないが、厄介なことに変わりはなかった。
潰されることはないが、潰されそうになること自体が、この場合は問題だ。ハートの主目的であるアドラーへの接近がいつまで経っても叶わない。
そのことを流石に面倒に思い始めたが、問題のモロはメリーに守られており、ハートの攻撃は届きそうにない。
一応、それらを一掃する手段自体は思いついていたが、それを実行すると吹き飛ばす予定のないものまで吹き飛ばすことになる。
それは最終手段として置いておくことにして、まずはモロの仙術の特定からハートは始めようとした。それができれば、必然的に弱点も見えてくるはずだ。弱点が分かれば、他の対処法も見つかるはずで、不必要な破壊を行う必要もなくなる。
そのためにこれまでのモロの攻撃手段を思い返してみたが、それらは全て岩に帰結していた。壁や床から岩を生やしてきたが、要するに生えてきたものは岩であり、攻撃は正に岩であると言えるだろう。
しかし、そこにハートは疑問を懐いた。
仮にモロの攻撃が岩であるのなら、それほどまでに単純なものはない。純粋に硬い岩を作り出し、それを攻撃に転換すれば、いくらハートでも対処の難しい攻撃の一つや二つは可能のはずだ。
それが行われず、尚且つ、戦闘向きではないと断定されるということは、そこにそれ以外の秘密が含まれていることになる。
それを突き止めたかったが、簡単に突き止められるものでもなく、ハートはどうするべきかと悩んでいた。
岩山の中の空間から抜け出し、それらを考えていたハートを追いかけるように、岩壁が伸びてハートに迫ってきた。それらを拳や足で砕きながら、ハートはその攻撃の中途半端さを訝しむ。
何か他に狙いがあるのかと考えてみるが、その他の狙いがハートには思いつかない。もしくは単純にハートの相手が困難なのかと思ってみるが、その困難さの理由がハートには分からない。
この対応は一体何なのかとハートが思っている途中、不意に冷たさを感じて、ハートは頬に触れた。見上げてみると、岩山の上空に雲がかかり、そこから雨が降ってきている。
その唐突な雨を見上げていると、視界の中を移動してくる何かがあることに気づいた。その何かが何であるのか、既に見えていたハートは一度も目線を外すことなく、それが近づいてくるのを待った。
「すまない。待たせた」
そう呟いた男はハートも鏡の中に確認した第一部隊と戦っていた男だ。
「なるほどね。時間稼ぎしてたんだ」
そう呟きながら、ハートはさっきまで穴の開いていた岩壁に目を向けた。その穴はすっかり塞がっており、その変化にハートは再び首を傾げた。
やはり、あの男の仙術は謎だ。そう思っていると、上空から巨大な水滴が押し潰すように落ちてきた。
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