影が庇護する島に生きる(31)
アシモフの弾丸は的確にキッドを固定していた。キッドは足元から影を伸ばし、その弾丸の軌道を逸らすことで対応しているが、その動きばかりに気を取られて、その場所から動くことができなくなっている。
どうやら、アシモフもキッドが軌道を逸らせる前提で撃っている弾がいくつかあるようで、キッドに軌道を変える弾丸の選別を迫っているようだ。
そして、それは今の状況に際して、非常に適した対応であると冲方は思った。アシモフがキッドを止めていることで、キッドが冲方達を止めようとした最大の理由である洞窟に侵入する時間が与えられる。
この隙こそが洞窟の調査を進める狙い目だと御柱も思ったらしく、冲方と渦良に声をかけながら、洞窟の前まで駆け込んできた。
「今の内に突入する!ついてこい!」
「分かりました!」
冲方と渦良が武器を構えて、先行する御柱についていこうとした瞬間、まるで蜘蛛の巣のように四方八方から影が伸びてきて、洞窟の入口を塞いだ。
その状況を作り出したであろうキッドの確認をするよりも先に、御柱が「邪魔だ!」と叫びながら、右手を大きく振り上げた。
そのまま、右手を目の前の影に向かって振り下ろし、洞窟の入口を塞いでいた影を手刀で切り裂いた。どうやら、ただの手刀ではないようで、上げられた右手の側面には仙気が溜まっていることが分かる。
「これで…!」
そう言いながら、御柱は今度こそ洞窟の中に侵入しようとしたが、今度は先ほどまでと比べ物にならないほどの質量の影が洞窟の中から膨らみ、洞窟の入口を塞いでしまった。巨大な風船が膨らむような動きだったが、その表面は風船よりも遥かに硬いらしく、御柱の手刀でも、冲方や渦良の武器でも、少しの傷もつけることができない。
「11番目の男!」
御柱が目の前の光景に苛立ち、叫びながらキッドを睨みつけたが、キッドは御柱の声に反応することがなかった。遠方から弾丸を放つアシモフと、幾度となく接近を試みてくる有間を自分の足元の影で必死に対応しているようである。
その様子に一瞬、冲方は本当にこの影をキッドが生み出したのかと思ったが、その疑問は御柱の呟きで崩れた。
「11番目の男の動きが変わっている…」
「え?どういうことですか?」
そう冲方が思わず聞き返した直後、渦良が薙刀を構えて飛び出した。キッドとの距離を詰めて、反対側から攻撃を加えようとしていた有間とタイミングを合わせる形で、大きく薙刀を突き出す。
その直前、キッドの身体が足元の影に飲み込まれ、その場から姿を消した。
「消えた…!?」
薙刀を突き出した体勢のまま、渦良が驚きの声を漏らした。その前で拳を謝罪の言葉を口に出しながら、拳を振り抜いた有間も、手応えのなさに気づいたのか、きょとんとした顔で目の前にいた渦良を見つめている。
冲方は周囲に目を向け、消えたキッドがどこに行ったのか探そうとしたが、同じ行動を取っているアシモフと目が合うだけで、周囲にキッドの姿は見当たらなかった。
その時だった。冲方の隣で驚きの表情をしていた御柱が何かを思い出したのか、唐突に視線を下げて、口を開いた。
「足元だ!」
咄嗟に御柱が地面を指差し、その声に反応した第二部隊の全員が跳躍した。
その瞬間、足元から鋭利な影が飛び出し、さっきまで冲方達の立っていた空間を突き刺した。御柱の声掛けがあったことで、冲方達はその影を何とか避けることに成功する。
しかし、唯一、この中で戦闘員として招集されていなかった楓だけは完璧に避けることが難しかったようで、右足に伸びてきた影が突き刺さった。
「いっ…つぅ…!?」
表情を苦しそうに歪ませながら、押し殺すように声を出した楓に、全員の目が自然と向いた。
その瞬間だった。アシモフを襲ったアシモフ自身の影が膨らみ、そこからキッドが飛び出した。アシモフが着地する瞬間にキッドが接近し、嫌らしい笑みの浮かんだ顔をアシモフに近づけている。
「悪いな。ちょっとギアが上がるまで時間がかかるんだ」
そう呟くキッドを睨みながら、アシモフは咄嗟に銃を構えようとしたが、着地直後の不安定な体勢では最速で銃を構えることができなかった。
その隙にキッドの身体に黒いヘビのような形で巻きついていた影が動き出し、アシモフに向かって飛び出す。
その直後、静かな森の中に一発の銃声が鳴り響いた。
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