影が庇護する島に生きる(8)

 ログハウスがそうであったように、そこに備えつけられたキッチンも、絶海の孤島にあるとは到底思えない代物だった。


 特に冲方の目を引いたのが、しっかりと備えつけられたガスコンロだ。ガスコンロの存在自体が示唆しているように、ベネオラが点火スイッチを押すと確かに火がついたことから、このログハウスにガスが引かれていることは間違いないようだ。


 既にログハウスの中に明かりがついている時点で冲方は少し驚いていたが、発電機を用意することで何とかなるかもしれない電気と違い、ガスをガスのまま使用するには、それ相応の設備だけでなく、元となるガスが多く必要になる。

 それすらも、この絶海の孤島では十分に賄えているという事実に、冲方の謎は自然と深まることになった。


 朝食の調理を開始したベネオラに、楓は少しの心苦しさを覚えたのか、手伝いを買って出ていたのだが、その提案をベネオラが受ける前に調理のほとんどが終えるほどに、ベネオラの手際が良く、結果的に楓が手伝えることは朝食後の皿洗いくらいしかないようだった。


 自分の不甲斐なさから苦笑しか生み出せない楓に申し訳なさそうにしながら、ベネオラが調理を終えた朝食をテーブルの上に並べていく。


 新鮮なレタスやトマトで作られたサラダ。フワフワに仕上げられたスクランブルエッグ。綺麗な焼き目のついたトースト。玉ねぎやニンジンの入ったコンソメスープ。


 並べられた朝食の品々を見て、冲方は朝食という言葉のイメージ通りの朝食であることに驚いていた。ここが絶海の孤島であることを考えた時に、想像していた朝食と違っていたから驚いていたとも言える。


「意外と普通で驚きましたか?」


 冲方の表情から察したのか、テーブルの上に料理を並べ終えたベネオラが、微かに笑いながら聞いてきた。


「いえ…いや、そうですね」


 一瞬否定しかけたが、否定することでもないかと思い直し、冲方は認めて頷いた。ここが船で半日以上もかけて到着する絶海の孤島であることを考えると、これほどまでに豊かな食材が揃っているとは思ってもみなかった。


「これは全てこの島で?」


 冲方が疑問を解消するべく、ベネオラにそう聞いた時には、ウィームが冲方の服を軽く引っ張っていた。


 どうしたのかと思って、冲方がウィームに目を向けると、少し言いづらそうにもじもじとしながら、ウィームが簡潔に「冷めちゃう」と言ってくれる。


「ああ、確かに。そうだね」


 聞きたいことは何も今に聞く必要がないと、既に先ほども思ったはずなのに、と冲方は思いながら、朝食を食べ始めるべく、テーブルについた。


 冲方と楓、ベネオラとウィームがテーブルにつき、それぞれが自分達の聞いてきた食前の挨拶を口にして、並べられた食事に手をつける。


 食事に何かを混ぜられている可能性自体は楓が確認していた。もちろん、心苦しさも理由にはあったと思うが、最も大事なポイントはそこであり、その確認は手伝わなくても近くにいれば確認できたはずだ。

 特にあれだけの手際の良さの中で、何かを混ぜられた瞬間があったとは冲方も思えない。大丈夫だろうと確信を持って、食事を口に運んだ。


「これらの食材は島で作られているのですか?」


 食事を進めながら、先ほど聞き損ねたことを冲方は聞いていた。ベネオラは小さく頷いてから、「一部は」と言葉を付け足す。


「一部は?全てではないのですか?」

「育てられるものもありますが、気候の関係で厳しいものは外部から仕入れています」

「外部から?」

「はい。島外から、という意味です」


 島の外から食材を仕入れている。つまりは他の場所と交流があるということだが、この島の存在を確認している国や組織はどこにもなかった。

 その部分に冲方は矛盾を感じ、やはり何か裏があると考える。


「貴女達も野菜を育てているの?」


 島に住む人間は限られているはずだ。その島で野菜を育てるとなると、二人も関わっている可能性が高いと楓は思ったようだった。冲方も同じことを考えながら、ベネオラの返答はイエスかノーであると勝手に想像していた。


 そして、実際に最初はそうだった。


「いいえ」


 しかし、その後に続いた言葉が想定外のものだった。


「え?」


 思わず驚きの声を上げながら、冲方は到着した際に村の長らしき男の言っていた言葉を思い出した。


「もしかして、この島にはいくつかの村があるのですか?」

「はい。


 ここ以外にも人の住んでいる村がある。その事実に驚きながら、冲方と楓はこの島の秘密を本格的に探るために、ベネオラとウィームから話を聞き出そうと考えた。

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