梟は無駄に鳴かない(12)

 フクロウに発情するタイプの変態という新たな属性を与えられそうになり、幸善は言葉を発する上での壁となっていた顔の痛みを乗り越えることに成功していた。もちろん、直後に激痛で苦しむことにはなったが、フクロウに発情するタイプの変態という特殊属性に比べたら、その痛みは軽いものだと耐えることにする。


 その結果、痛みに発情するドMという属性が新たに水月や葉様の中で生まれてしまったようだが、それも致し方ないことだと思うことにした。


「それで私に何か用なのか?」


 いつかに聞いた覚えのある、艶のある低音ボイスで福郎は聞いてきた。フクロウに発情するタイプの変態という誤解は流石に冗談も交じっていたようで、幸善が何か福郎に用事があると察してくれていたようだ。


「話をしに来たんだ」


 最初の一声を勢いのあるツッコミで済ませたお陰と言うべきなのか、代償というべきなのか、幸善の顔は既に痛みを感じないほどに痛みを感じていた。あまりに痛すぎて麻痺している感覚まで到達しており、「話をしに来たんだ」と幸善は口に出したつもりだが、ちゃんと言葉になっていなかったのか、福郎だけでなく、水月や葉様も不思議そうな顔をしている。


「何と言った?」

「ちょっと待ってくれ」


 このままだといろいろな会話が覚束ないと判断し、幸善は顔の筋肉を整える方法を取ることにした。とはいえ、牛梁のように何か医療に精通しているわけでもない幸善に、顔の状態を回復させることはできない。

 そこで仙気を表情筋に与えて、無理矢理に働いてもらうことにした。これで多少の麻痺は乗り越えて、馬車馬のように動いてくれるはずだ。


「話をしに来たんだ」


 二度目の台詞はちゃんと二人と一羽にも届いたようで、全員が納得したように頷いていた。もしかしたら、「ちょっと待ってくれ」も伝わっていなかったのかもしれない。


「一体、何の話をしに来たんだ?」

「福郎が以前話そうとしていたことについて」と最初は答えようと思ったのだが、それで福郎が話してくれる保証はないことに幸善は気づいた。


 そもそも、前回の時点で福郎は話そうとしていたのに、結果的に話すことをやめてしまった話題だ。概ね福郎が怖気づいたのだろうと幸善は思っているが、その気持ちを軽い返答で買えられるとは思えない。

 ここは既に貴方の全てを把握しているとストーカーが言わんばかりの台詞を吐いて、福郎に自発的に話させる方法を取るしかない。


 そう判断している最中に邪魔が入った。


「さっきから、お前は何を話しているんだ?」


 苛立ちから顔の痛みを乗り越えた葉様が聞いてきた。すぐに痛みで悶絶する姿に、幸善は葉様がドMである可能性を考えていた。振る舞いはSっぽかったが、意外にそういう人ほど責められたいと思っているのかもしれないと、この世の真理に到達する。


「ちょっと福郎と話している最中なんだよ。邪魔するなよ」

「頼堂君、それって私達も聞けることなの?」

「大丈夫。ちゃんと通訳するから」


 水月を安心させるように幸善はこれからの方針を説明し、再び福郎と向き合った。福郎の口を割るために、幸善が指摘しなければいけないことは既に判明している。幸善は熟考の末に辿りついた結論を確認するために福郎に質問する。


「お前の話って、仲後さんの奥さんが関係しているんだよな?」


 幸善の質問に事情を知らない水月と葉様は不思議そうな顔をしていた。葉様に至っては不快さも窺えるほどに眉を顰めている。


 それらと対照的に福郎は心底驚いた顔をしていた。フクロウの表情とは思えないほどに、雄弁に答えを語る珍妙な表情に、幸善は軽く笑いを漏らしながら納得したように頷いた。


「やっぱり、そうなのか。秋奈さんの刀が仲後さんの作った物だって聞いて、考えていた時にそう思ったんだ。多分、『秋刀魚』って名前をつけたのは奥さんなんだよな?」


 幸善の指摘に水月と葉様の首がフクロウのように動き、福郎の顔を見ていた。福郎は頷くことができなかったのか、微動だにすることなく、「ああ」と口に出しているが、きっと二人には鳴き声にしか聞こえていないのだろうと思ったら、その状況に幸善は笑い出しそうになる。


「それで俺に何かを話そうとしていたんだろう?」


 幸善の質問に福郎はしばらく置物のように黙っていた。まさか、この流れで話さないことがあるのかと幸善は次第に不安になりながら、福郎が再び口を開く瞬間を待っていた。


 そこから少し長めの沈黙が続いたのだが、意外なことに普段は真っ先に怒り出しそうな葉様が、その時は静かにしていた。隣で水月も同じように待っている様子を見るに、二人は前回の時点で何かを察していたのかもしれないと幸善は思った。

 思えば、昨日の時点で、二人は仲後の表情から何かを察し、秋奈の条件を途中で諦めたように見えていた。あの時点で気づいたことを確認したいのかもしれない。


 そのように考えている間に、福郎の中で気持ちの整理がついたのか、何の前触れもなく、福郎が口を開いて語り始めた。


 それは仲後筱義がまだ刀を作っていた時の話だった。

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