梟は無駄に鳴かない(2)

 望んでいた通りに水月が姿を見せたことで、幸善は神に感謝していた。以前の仕打ちを思い出し、悪い想像ばかりが膨らんでいたが、全ては杞憂だったと心の中で盛大に喜んでいた。


 ただし、それを表に出すとあまりに格好悪いので、できるだけ平静を装いながら、幸善は水月の質問に応対する。


「ちょっと他に用事もあって、そのために早く出たんだよ」

「他の用事?大丈夫?」

「ああ、もう大丈夫。済んだ話だから」


 内心は上がり切った心を必死に隠しながら、幸善はいつも通りをうまく作っていた。水月も幸善の内心には気づいていないようで、疑問に思った様子もなく、幸善の説明に納得したように頷いている。


 しかし、幸善には一つだけ気がかりなことがあった。前回と同じように相亀が乱入してくるのなら未だしも、今回は水月がちゃんと待ち合わせ場所に現れた。そのこと自体は神の靴を舐める勢いで感謝したいくらいなのだが、これを理由に幸善の運がなくなることはないだろうかと不安だった。


 もしも、ここで幸善の溜めていた運を使い果たしたのならば、幸善の未来には結局のところ、死以外なくなることになる。それは本末転倒だ。


 このまま、水月とデートに向かっても大丈夫なのだろうか。その不安は消えなかったが、ここまで来て断るのも水月に対して失礼というものだ。

 ここは死すらも受け入れることにして、この一瞬を楽しむべきだと思い直し、幸善は水月に声をかけた。


「それじゃあ、行こうか」


 どこに行くのか正直分かっていないが、エスコートするという意思を示すように、幸善はそう言っていた。


 しかし、水月は幸善の言葉に頷くよりも先に、待ち合わせ場所を見回し始めて、幸善を制止するように手を突き出してきた。


「ちょっと待って」

「ど、どうしたの?」


 この段階から既に幸善は嫌な予感に襲われていた。水月が言葉足らずであることは十分に承知している。そこから導き出される展開にも想像がつく。


「もう一人来るから」

「もう一人…?」


 その発言に幸善は衝撃を受け、それ以上に反応することができなかった。端的に言ってしまえば、水月と二人っきりではないという事実に、幸善は落胆していた。


 やはり、相亀も呼んでいたのか。これはデートではなかったのか。分かり切っていた事実を再確認しながら、幸善は今にも涙を流しそうなほどに落ち込むことになる。


「あ、来た!こっちだよ!」


 そう言って、水月が近くに手を振り始め、幸善は落胆した表情のまま、その方向を見た。相亀も来てしまったのか、きっと同じ悲劇に遭うのだろうと同情しながら、幸善はこちらに近づいてくる人物を見る。


 そこで幸善は再び言葉を失った。こちらに近づいてくる人物は幸善の姿に気づき、眉間に皺を寄せながら、真正面から睨みつけていた。


「お前か…」


 そう小さく呟いた姿を見てから、幸善は水月の顔を見ていた。信じられないものを見る目を向けながら、近づいてきた人物の顔を思いっ切り指差す。


「何で、葉様!?」

「あれ?言ってなかったっけ?」

「何も聞いてないけど!?」


 相亀なら一億歩くらい譲って仕方ないと許容していたところだが、もう一人が葉様となると話が変わってくる。幸善は葉様とプライベートを共にするつもりは全くなく、一緒に行動するくらいなら、死を覚悟して千幸に全てを話す方がマシなくらいだった。


「実はね。私と葉様君は秋奈あきなさんから刀の扱い方を教えてもらおうと思ってるんだよ」

「刀の?」


 幸善は葉様の腕に目を向けていた。水月や相亀が復帰したからには葉様も復帰したはずだが、その手には僅かばかりでも障害が残っているはずだ。以前と同じように刀を扱うことはできないのだろう。それを補うために秋奈莉絵りえに教えを乞うことは理解できたが、それで幸善が引っ張り出される理由が分からない。


「それなら、二人で秋奈さんのところに行けばいいのでは?」

「いや、それがまだ秋奈さんが教えてくれると決まったわけじゃなくて、条件が出されたんだよ」

「条件?」

「そう。秋奈さんの持っている『秋刀魚さんま』を作った刀鍛冶に、私達に合った刀を作ってもらうことが条件なの」

「『秋刀魚』を作った人?そんな人がこの近くにいるの?」

「うん。というか、頼堂君が既に逢っているはずの人だから、頼堂君に案内をお願いしたいの」

「え?俺が逢ってる?」


 そう言われても、幸善には刀鍛冶の知り合いは一人もいないはずだ。金物を扱っている知り合いも記憶にはなく、心当たりは一つもなかった。


「いたっけ?」

「その人が働いている店の名前を聞いたから、間違いないはずだよ」

「店の名前?」

「『』。フクロウカフェだって」


 そう言われて、幸善は一匹のフクロウのことを思い出した。そのフクロウは奇妙にも、福郎ふくろうと名づけられたフクロウの妖怪だった。

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