猿の尾は蜥蜴のように切れない(12)

「何やってるんだ?」


 今回の現場となる廃屋に向かう途中、取り出したスマホを拝み始めた幸善の姿に、相亀は困惑したように呟いていた。その一言に答えることなく、幸善はひたすらにスマホを拝み続けており、その明らかに自分を無視する様子に相亀は苛立っているようだ。


「おい、無視するなよ」

「うるさいな…何がだよ?」

「何がじゃねぇーよ!何やってるんだよって聞いてるだろうが!」

「そんなの見たら分かるだろうが!」

「見ても分からないから聞いてるんだよ!」


 スマホを拝んでいることは一目見ただけで分かることだが、どうして拝んでいるのか分からない。それくらいは幸善も察することができたが、察することができるのと、答えるのとでは話が違う。特に今の幸善は拝むことに集中したいところだ。相亀に答えることで、その集中を乱したくない。


「考えるな、感じろ」

「面倒になりやがったな、こいつ…」


 憎たらしそうに呟く相亀を置いて、幸善はひたすらにスマホを拝み続ける。それを眺めながら苦笑していた水月が、思い出したように冲方を見た。


「そういえば、今回はどうして相手がトカゲって分かったんですか?トカゲが襲ってきたんですか?」

「ん?あー、どうだったかな?何か書いていた気がするけどな…」


 そう言いながら、スマホを取り出した冲方がスマホを操作しようとして、牛梁に窘められた。歩きながらの操作は危ないと言われ、冲方は苦笑しながら、スマホを仕舞っている。


「そんなの見ないといけませんか?どうせ、トカゲが襲ってきたとかでしょう?」

「いや、でも、トカゲって、そんなサイズのトカゲですか?野生にいますか?」

「ああ、まあ、トカゲ自体は野生にいる種じゃないから、誰かが飼ってて、逃げ出したのか、捨てられたのかしたんだとは思うよ。ただ、サイズはそこまで大きくないはずだね。日本で見られるヤモリと一緒か、少し大きいくらいじゃなかったかな?」

「そのサイズのトカゲが人を襲ってくることってないよね?」


 水月に聞かれて、相亀は困った様子で頷いていた。普通に考えて、それほどまでに小さいトカゲが人を襲うとは考えづらい。あるとしたら、妖術を使っている場合くらいだ。


「あっ、もしかして、サイズが変わるとか?」

「ああ、確かに妖術で大きさが変わったらあり得るよね?そうなんですか?」


 水月の問いを聞いた冲方が何かを思い出したのか、不意に宙を見つめ始めていた。その様子を幸善以外の三人が不思議そうに眺めていると、問題の廃屋らしき建物が見えてきた。


「妖術…そういえば、何か…」

「冲方さん。廃屋ってあれですか?」


 牛梁がそう聞いてみるが、冲方は考え込んでいるようで、幸善と同じように反応が少ない。


 だが、今回は目的地が絡むことなので、考え込ませるわけにもいかないと、牛梁は冲方の肩を強めに叩いて、もう一度、同じことを聞いていた。肩を強く叩かれたことに驚きながら、冲方が前方に見えてきた廃屋を見て、間違いないと頷いている。


「頼堂君。到着したよ」


 水月に優しく声をかけられ、流石の幸善もスマホから顔を上げた。到着した建物は廃屋という言葉から想像していた建物よりも、意外と綺麗に見えた。もう少し古びており、軽く触れただけで倒壊しそうな建物を想像していたのだが、意外にも一部は手入れを施されたように綺麗だ。


「意外と綺麗ですね」


 幸善が率直な感想を呟くと、幸善と交代にスマホを取り出した冲方がスマホを操作しながら、答えてくれる。


「綺麗なところはこの前、人が踏み込んだところだよ。綺麗っていうよりも、綺麗になっちゃった感じだろうね」

「一体、何があったんですか?」

「えーとね…それを今から調べるから、ちょっと先に行ってて」

「いや、何で調べてないんですか?」


 幸善の全うなツッコミに冲方は何も答えることなく、スマホを操って何かを調べ始めた。それを呆れた顔で見ながら、幸善達は廃屋に入っていく。


「ところで、どうしてトカゲが襲ってきたって分かったんだろう?姿を見たのかな?」

「それは冲方さんが調べてるところだよ」

「お前はお前で話を聞いてなかったのかよ」

「うるさいな。こっちは運を送り込むことで精一杯なんだよ!」

「運を送り込むって…お前は本気で何をしてるんだよ?」


 廃屋の中に入った幸善達四人は、恐らくリビングとして使われていたと思われる部屋に踏み込んだ。そこには使われなくなってから、どれくらい経ったのか分からない、壊れかけの家具も複数置かれている。それらが勝手に倒れてこないかと幸善達は警戒しながら見ていた。


 そのためか、足元に何が落ちているのか、幸善達は全く気づかなかった。最初に水月が何かを踏んだらしく立ち止まり、足元を見たかと思うと固まって、幸善達を見てくる。


「ねえ、みんな…」

「どうしたの?」

「何かあったのか?」

「足元…」


 怯えた表情の水月が足元を指差し、幸善達は釣られる形で視線を下げていた。そこで水月が見た物をすぐに見つけて、三人も同じように動きを止める。


…?」

「尻尾だな、トカゲの…」


 そう呟いた幸善達の視線の先には、トカゲの尻尾が転がっていた。それも一本や二本ではなく、数十本にも及ぶ数だ。それほどまでのトカゲの尻尾が床にばら撒かれていた。


「何これ…?」

「本当に一匹だけなのか?」


 不安げに牛梁が呟いたことと、同じことを幸善も考えていた。

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