猿の尾は蜥蜴のように切れない(11)
学生にとっての週末は非常に貴重なものだ。この休みをいかに謳歌するかで、その後の平日の気分も変わってくる。週末の二日次第では、たったの五日間が無限の拷問のように感じることもあるくらいだ。
その週末を犠牲にしてでも、幸善はスマホの前で拝み続けていた。チケット抽選に昨日申し込み、後は当落結果の発表を待つだけなのだが、その間にも祈り続けることで、チケットの当選確率を少しでも上げようと思ったのだ。
もちろん、それくらいのことが当落確率に影響するはずがないのだが、幸善はそれで祈ることをやめられるほどに強くなかった。
必死にスマホを拝み続ける幸善の姿に、部屋を覗きに来たノワールが呆れた顔をしている。その視線も気にならないくらいに集中して、幸善はひたすらにお願いし続ける。
「宗教にハマる時って、きっかけはこういうことなのかもしれないな…」
ぽつりと呟いたノワールの言葉にも気づかず、幸善はひたすらに拝み続ける。それだけでどれくらいの時間が経ったのか、無心を意識するという矛盾に満ちたことを続けていた幸善には分からない。
やがて、ノワールが部屋を後にして、再び幸善一人になってから、ようやく幸善の意識を引き戻すように、幸善が拝み続けていたスマホに通知があった。
まさか、こんなにも早く当選結果が届いてくれたのかと幸善は本気で思ったが、そんなはずもなく、通知は冲方からだった。当選結果ではないことを残念に思いながら、幸善は冲方から届いた連絡を確認してみる。
そこには今日から冲方隊に相亀と水月が復帰することが書かれていた。次の仕事から二人が戻ってくるそうだ。相亀はともかく、水月は死んでいてもおかしくなかった怪我だったので、改めて回復したと知り、幸善は安堵していた。
ただ、それは本題に入る前の報告といった感じで、問題はその次に書かれていることだった。
どうやら、その復帰最初の仕事が既に決定しているらしい。それも今すぐに取りかかる仕事のようで、Q支部に来るように書かれていた。仕事の内容はそこには明記されていないので、その仕事がどのようなものなのか分からない。
もしかしたら、人型が絡んでくるかもしれない。そう思い、一瞬ノワールを連れていくか迷った幸善だったが、まだチケットを入手できておらず、頼堂
幸善はノワールを連れていくことを諦めて、一人でQ支部に向かうことにした。
集まるように言われたQ支部の一室には、幸善が到着した段階で相亀と水月が待っていた。二人はいつものように適度な距離を保ちながら、休んでいた間に何をしていたのかを話している。心なしか、水月と会話中の相亀は疲れているように見えたが、相亀が疲れているかどうかはどうでもいいので、特に幸善は気にすることがなかった。
「あ、頼堂君。こんにちは」
「よう。久しぶりだな」
「いや、お前とは昨日逢った」
「……そうだったか?」
本気なのか冗談なのか分からないが、相亀は半分瞑りかけた目をこちらに向けながら、きょとんとした雰囲気で首を傾げていた。普段の幸善なら苛立っていたところだが、今の幸善はチケット入手のために徳を積もうとしている状態だ。怒りを抑えることなど簡単なことだった。
「あっ、もう揃ってるね。連絡してから、すぐに来たの?暇だったの?」
不思議なことに普段なら怒り出しそうな相亀も、その時は幸善と同じように反応が鈍かったのだが、それを気にするほどの関心が幸善にはなかった。
「それで、仕事の内容は何ですか?」
幸善が聞くと、冲方は自分のスマホを操作し、その画面を見せてきた。そこには古びた建物の画像が映し出されている。
「趣味ですか?」
「廃屋撮影の趣味はないよ。これが今回の仕事で向かう場所」
「廃屋?使われていない建物ですか?」
「そういうことだね」
「使われていないのに、何か仕事があるんですか?」
「使われていないから、ここに妖怪が住みついちゃったんだよ」
使われていない建物に妖怪が住みついたと聞き、幸善は咄嗟に頭の中で人型の顔を思い浮かべていた。まさかと思いながら、冲方に人型かと聞こうとした瞬間、冲方が再びスマホを見せてくる。
そこにはトカゲの画像が映し出されていた。
「これね」
「トカゲ?」
「そう。トカゲの妖怪。これが住みついてるらしいんだよ」
「何で分かったんですか?」
「廃屋って放置していたら危険だよね?だから、取り壊そうとしたんだけど、そこでこのトカゲに襲われたんだって」
そこまで説明したら、後は言わなくても分かるだろうと言いたげに、冲方が軽く手を叩いた。
「じゃあ、行こうか」
「え?説明はそれだけですか?」
「うん。そうだよ。後は何となく分からない」
そう聞かれた幸善と相亀、水月の三人が顔を見合わせてから、確認するように冲方を見て呟く。
「トカゲ退治?」
「トカゲの捕獲?」
「トカゲの駆除?」
三人それぞれバラバラの言葉を呟いたが、冲方はそのどれにも頷いてから、「どれも正解でいいよ」と投げやりに答えた。
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