猿の尾は蜥蜴のように切れない(8)

 先ほどまでの対応から一転し、率先して刀を抜いた傘井に、佐崎は驚くばかりだった。飛びかかってくるサルを振り払いながら、刀を抜いてもいいのか、どうしてそのように判断したのか、その理由を聞こうとするが、その前に杉咲は平然と刀を抜いている。


「ちょっと待って、未散!」


 佐崎がそう呼び止めて、先に傘井に理由を聞こうとしたのだが、その言葉は間に合うことなく、杉咲は飛びかかってきたサルの一匹を真っ二つにした。


 それが本物のサルだったら、大問題になると佐崎が考え、顔を青くした直後、杉咲に斬られたサルの身体が地面に落ちて、そこで忽然と消えた。


「え?」


 急な光景に佐崎が驚き、目を丸くしていると、杉咲がサルの消えた場所に近づいて、そこで何かを拾っている。それから、杉咲は手に持った何かを佐崎に見せてきた。

 それはサルの毛のように見えた。


「啓吾」

「どうした?」

「これ。妖気」

「妖気?」


 杉咲の呟きの意味を佐崎はしばらく理解することができなかった。杉咲が何を伝えようとしているのか考えてみるが、杉咲の手に持ったサルの毛に妖気が宿っていたということしか分からない。


 この山にサルの姿をした妖怪がいることは分かっていることだ。そこに妖気の宿ったサルの毛が落ちていても不思議ではない。

 それよりも、今はサルが消えた理由や、斬っても問題ないと傘井が判断した理由の方が重要だと思った直後のことだった。不意に佐崎は思った。


 妖気の宿ったサルの毛が落ちていることは不思議ではない。そもそも、サルがいることは分かっていたからだ。どこにだって、その毛が落ちている可能性はある。


 しかし、さっきまでその毛は全く見つけられていなかった。それが急にそこに落ちていることがあるのだろうか。


 佐崎は周囲を見回し、自分達を取り囲むサルの群れを確認する。その数は今も増えている一方で、先ほどまでその中の一匹の姿も気配も確認できなかった。


「妖術…?」


 佐崎が呟いた直後、近くのサルの一匹が飛びかかってきた。佐崎は咄嗟に刀を抜き、そのサルの身体を切り裂く。手応えは確かにあり、サルの身体は目に見えて切れているのだが、そこから血が吹き出すことはなかった。代わりに杉咲が切った時のように、忽然と姿を消している。


 その後、その場所に一本の毛が落ちる様子を目撃した。


「あの毛が本体?」

「恐らくね。毛をサルに変える妖術だと思うわ。状況的に本体は一体だけだと思う」


 傘井がそう叫びながら、飛びかかってくるサルの群れをばっさばっさと切り捌いていた。斬られたサルは地面に転がり、そこで姿を消して、一本の毛にどんどんと変わっていっている。


「なら、その本体を見つけたらいいんですね!」


 佐崎が近くのサルを切り裂いた。姿を消すサルを見ながら、佐崎は先ほどまでの追いつめられた表情を消し、笑みを浮かべる。


「それなら、分かりやすいし、この人数でも何とかなりそうですね」

「良かったわ。失敗を報告しないで」

「菜水さんはそればっかりですね」


 サルの群れは攻撃の手を弱めなかったが、どれだけ数がいたとしても、その攻撃は全て直線的であり、対応は容易だった。佐崎と杉咲、傘井の刀に斬られ、サルはどんどん数を減らしていく。


 その間に佐崎達は場所を移動し、足場の不安定な斜面からも脱することができていた。そうなってくると、本格的に安泰であり、サルの群れにやられることはなくなる。


「さて、そろそろ本体が分かりそうだけど…」


 先ほどまでは数え切れないほどにいたサルだが、今は大幅に数を減らし、数えられるほどの量になったところで、傘井がサルを見回しながら呟いた。妖術製のサルを全滅させる必要はなく、その中の本体であるサルの妖怪を見つけることができれば、この事態は解決する。それは分かり切っていることなのだが、サルの群れの中から、本体のサルを特定することは非常に難しい。


「どれが本体か分かりませんね」

「周りのサルと本体のサルに違いがあれば分かるのに」


 佐崎と傘井が困ったように呟いていると、杉咲がさっきまでサルの形をしていたサルの毛を手に取り、佐崎達に見せてきた。


「ハゲ」


 端的に呟かれたそれは人によって激怒しそうな一言だったが、佐崎と傘井の二人は意味を察することがすぐにできた。


「確かに。それがあった」


 そう言いながら、佐崎と傘井は周囲のサルを見回し始める。やがて、佐崎はサルの群れの奥に、木の上から佐崎達を見下ろしているサルがいることに気づいた。そのサルの腕や背中には特徴的なまだら模様が見て取れる。


「あれ!」


 佐崎がそのサルを指差し、傘井達もそのサルの存在に気づいたようだった。その様子を見たサルが慌てて木を登り始めている。


「見つけた!」


 佐崎達はそのサルが登っていく木の下に駆け寄る。そこからサルを見上げた瞬間、サルが自分の背中に手を回し、数本の毛を毟り取っていた。その毛を掌に乗せて、こちらに見せるように差し出したと思ったら、器用に口を尖らせて、その毛を吹いてくる。掌の毛が息に乗って、こちらに落ちてくる。


 そう思った直後、それらの毛がサルに変わり、佐崎達に飛びかかってきた。

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