憧れから恋人に世界が変わる(5)

 白瀬しらせ按司あんじは軽石と共にショッピングモールに潜伏していた三体の人型の行方を捜索していた。ショッピングモール周辺の映像から範囲を広げ、三体の内の一体でもいいから、姿を見つけようと努力したのだが、映像に人型の姿は確認できなかった。


 幸善達が目撃したように、忽然と消えてしまったとしか思えない結果に、白瀬が頭を悩ませ、次に調べる方法を考えようとした瞬間、軽石が荷物をまとめ始めた。


「ちょっと待て。帰る気か?」

「え?あ、はい」

「あ、はい…じゃない。まだ何も分かってないだろう?」

「でも、定時ですよ?」


 軽石に当たり前のように言われて、白瀬は時計を確認した。あまりに考え込んでいたことから、時間を確認していなかったが、いつのまにか帰宅する時間になっていたようだ。


「ああ、本当だ」

「気づいてなかったんですか?」

「ああ、いろいろと考えていた」

「白瀬さんが考えて見つかるなら、今頃人型は全員捕まってますよ。根を詰めても、疲れるだけで何もなりませんよ?」

「確かに…」


 ぐうの音も出ない正論に白瀬は押し黙った。帰り支度を整えていた軽石は、そこで仕事モードから完全にプライベートモードに移り変わったようで、白瀬が何度も見た覚えのあるニンマリとした笑みを浮かべている。


「今日はこれから大事な用があるんです」

「彼氏と逢うのか?」

「え?何で分かったんですか?」

「これくらいの難易度で人型が見つかればいいのに、と思ってしまうくらいに簡単だったが?」


 仕事上の役割が同じなこともあって、白瀬は既に嫌になるほど、軽石から惚気話を聞かされていた。どれだけ一緒にいても飽きないとか、一緒にいると時間が一瞬で過ぎたように感じるとか、そういう話を嫌というほどに聞かされ、本当に嫌になっていた。


「プライベートまでとやかく言うつもりはないが、たまに仕事も疎かになっているから、そこはちゃんとしろよ?」


 白瀬からの苦言に対して、軽石も悪いと思っていたのか、申し訳なさそうに苦笑してきた。基本的に仕事に対して真面目な軽石だが、恋人ができてからは度々、問題行動というべきなのか、仕事に集中できていないと分かる瞬間が多くなっていた。

 一日で終わるはずの仕事が二日かかったり、映像に映っているのに見逃したり、単純なミスで大きな問題に今のところは繋がっていないが、これから人型を調べていく機会が増えていくと、いつか大きなミスをしそうで白瀬は怖い。


「すみません。つい、ぼうっとしてしまって…」

「ぼうっとって…」


 呆れたように溜め息を吐いてから、白瀬は自分もぼうっとすることがあると思い出した。それも原因は軽石だ。


「そうだ。それから、この機会にもう一つ。香水をつけてくるのはいいが、量には気をつけてくれないか?たまに匂いが強過ぎて、こっちまでぼうっとするんだよ」

「それは本当にすみません」


 しょんぼりとする軽石の姿に、白瀬は頭を掻いた。白瀬としては軽石を非難したかったわけではなく、ちょっと注意しておきたかっただけだ。せっかく、これから楽しい時間が待っていたはずなのに、それを暗くさせてしまったと考えると、白瀬も悪く思えてくる。


「いや、まあ…仕事中はそうして欲しいが、今日はもう終わりだからな…彼氏とのデートを楽しんできてくれ」

「あ、いや、今日はデートとはちょっと違うんです」


 少し空気を変えようと思って呟いた白瀬に、軽石はかぶりを振った。上げた顔はさっきまで謝っていたとは思えないほどに明るく、どこかうっとりとしている。


「今日はついに紹介する日なんです」

「紹介?結婚するのか?」

「そこまで話を飛躍しないでくださいよ。まだ結婚のことは考えてません」


 真っ赤な顔で否定する軽石を見て、誰に紹介するのかと白瀬が疑問に思っていると、二人に近づいてくる人がいた。飛鳥だ。


「お待たせしました」

「あ、飛鳥さん。全然問題ありませんよ!」


 嬉しそうに笑う軽石に、白瀬は答えを聞くまでもなく、紹介する相手を理解した。そこに紹介がいるのかと白瀬は思ったが、軽石からすると大事なことなのだろう。特に口出しすることなく、二人がQ支部を去っていく姿を見送ることにする。


(俺も帰るか…)


 そう思った白瀬が自分も荷物をまとめ始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る