憧れから恋人に世界が変わる(5)
幸善達が目撃したように、忽然と消えてしまったとしか思えない結果に、白瀬が頭を悩ませ、次に調べる方法を考えようとした瞬間、軽石が荷物をまとめ始めた。
「ちょっと待て。帰る気か?」
「え?あ、はい」
「あ、はい…じゃない。まだ何も分かってないだろう?」
「でも、定時ですよ?」
軽石に当たり前のように言われて、白瀬は時計を確認した。あまりに考え込んでいたことから、時間を確認していなかったが、いつのまにか帰宅する時間になっていたようだ。
「ああ、本当だ」
「気づいてなかったんですか?」
「ああ、いろいろと考えていた」
「白瀬さんが考えて見つかるなら、今頃人型は全員捕まってますよ。根を詰めても、疲れるだけで何もなりませんよ?」
「確かに…」
ぐうの音も出ない正論に白瀬は押し黙った。帰り支度を整えていた軽石は、そこで仕事モードから完全にプライベートモードに移り変わったようで、白瀬が何度も見た覚えのあるニンマリとした笑みを浮かべている。
「今日はこれから大事な用があるんです」
「彼氏と逢うのか?」
「え?何で分かったんですか?」
「これくらいの難易度で人型が見つかればいいのに、と思ってしまうくらいに簡単だったが?」
仕事上の役割が同じなこともあって、白瀬は既に嫌になるほど、軽石から惚気話を聞かされていた。どれだけ一緒にいても飽きないとか、一緒にいると時間が一瞬で過ぎたように感じるとか、そういう話を嫌というほどに聞かされ、本当に嫌になっていた。
「プライベートまでとやかく言うつもりはないが、たまに仕事も疎かになっているから、そこはちゃんとしろよ?」
白瀬からの苦言に対して、軽石も悪いと思っていたのか、申し訳なさそうに苦笑してきた。基本的に仕事に対して真面目な軽石だが、恋人ができてからは度々、問題行動というべきなのか、仕事に集中できていないと分かる瞬間が多くなっていた。
一日で終わるはずの仕事が二日かかったり、映像に映っているのに見逃したり、単純なミスで大きな問題に今のところは繋がっていないが、これから人型を調べていく機会が増えていくと、いつか大きなミスをしそうで白瀬は怖い。
「すみません。つい、ぼうっとしてしまって…」
「ぼうっとって…」
呆れたように溜め息を吐いてから、白瀬は自分もぼうっとすることがあると思い出した。それも原因は軽石だ。
「そうだ。それから、この機会にもう一つ。香水をつけてくるのはいいが、量には気をつけてくれないか?たまに匂いが強過ぎて、こっちまでぼうっとするんだよ」
「それは本当にすみません」
しょんぼりとする軽石の姿に、白瀬は頭を掻いた。白瀬としては軽石を非難したかったわけではなく、ちょっと注意しておきたかっただけだ。せっかく、これから楽しい時間が待っていたはずなのに、それを暗くさせてしまったと考えると、白瀬も悪く思えてくる。
「いや、まあ…仕事中はそうして欲しいが、今日はもう終わりだからな…彼氏とのデートを楽しんできてくれ」
「あ、いや、今日はデートとはちょっと違うんです」
少し空気を変えようと思って呟いた白瀬に、軽石はかぶりを振った。上げた顔はさっきまで謝っていたとは思えないほどに明るく、どこかうっとりとしている。
「今日はついに紹介する日なんです」
「紹介?結婚するのか?」
「そこまで話を飛躍しないでくださいよ。まだ結婚のことは考えてません」
真っ赤な顔で否定する軽石を見て、誰に紹介するのかと白瀬が疑問に思っていると、二人に近づいてくる人がいた。飛鳥だ。
「お待たせしました」
「あ、飛鳥さん。全然問題ありませんよ!」
嬉しそうに笑う軽石に、白瀬は答えを聞くまでもなく、紹介する相手を理解した。そこに紹介がいるのかと白瀬は思ったが、軽石からすると大事なことなのだろう。特に口出しすることなく、二人がQ支部を去っていく姿を見送ることにする。
(俺も帰るか…)
そう思った白瀬が自分も荷物をまとめ始めた。
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