死に行く正義に影が射す(8)
「まさか、No.2が直々に出迎えてくれるなんて、嬉しいな」
「どうして、Q支部に目的は?」
「これも日頃の行いがいいおかげかな」
「そもそも、日本にどうして来たの?いつの間に来たの?」
「というか、この狭いところで、その刀を振れるのか?戦えるか?」
「観光とかじゃないよね?観光?もしかして、観光だったりする?観光ついでに来た?」
向かい合った秋奈とキッドは、お互いの言葉をしっかりと聞きながら、交互に言葉を発していた。その往復を何度か繰り返し、二人は同時に黙ったかと思うと、しばらく後になって、同時に口を開く。
「日本語は何を言っているか分からないな」
「英語だと分からないわね」
二人の言葉が重なった直後、これ以上の会話は無駄と判断した秋奈とキッドが、再び息を合わせたように、同時に動き出した。秋奈が握っていた刀を振り下ろし、キッドはそれを躱しながら、手の中に溜めた気を放つ。その気を秋奈が躱し、お返しとばかりに刀から固めた仙気を斬撃の形状にしてキッドに放ち、キッドはそれを薄い仙気の膜で逸らした。
時間にして数十秒の攻防が過ぎ、秋奈はキッドの実力に違和感を覚えていた。キッドの実力は二年前に、序列持ちに上がれない11番目の男と呼ばれていた頃と、何一つ変わっていない。そもそも、そこが簡単に変わるのなら、キッドは序列持ちに選ばれていたはずなのだから、そこに変化がなくて当たり前だとは思うのだが、そうだとしたら、秋奈と逢ってからの余裕そうな態度が気になる。
明確な相性差が生まれる人型との戦いとは違い、仙人同士の戦いは仙技の特徴から相性差よりも実力差の方がハッキリと勝敗に出る。今回はキッドよりも秋奈の方が実力は高いと既に証明されているので、単純な勝率は秋奈の方が圧倒的に高いはずだ。
流石のキッドもそのことを十分に理解しているはずだが、余裕そうな態度がずっと崩れていないことに秋奈は違和感と疑問を覚えていた。もしかしたら、何かあるのかと思うが、そう考えている間にも、秋奈はキッドを追いつめ始めていた。
Q支部内の廊下は狭く、秋奈の刀を十分に生かせる環境とは言えない。特に斬撃を飛ばすことはできても、その効果を最も発揮する距離を作ることができず、秋奈の本来の実力に見合った戦いはこの場所では難しい。
とはいえ、秋奈の武器はそれだけではない。刀に仙気をまとわせる技術も高いからこそ、斬撃を飛ばすことができ、その技術の高さは接近戦で多大に生きる。それは今も証明されており、秋奈は仙気をまとった刀による攻撃で、キッドの動きを少しずつ封じていた。キッドはキッドで仙気を飛ばしたり、仙気で薄い膜を作り出し、自らを保護したりして、何とか刀に対抗しようとしていたが、それも限界が来る。
ゆっくりとキッドの顔から余裕さが消え、焦りが見えるようになってから、キッドは戦闘開始以来に口を開いた。
「何だよ。思っていたよりも強いな。もうちょっとやれるかなって思ったのに」
「何を言っているのか分からないけど、無駄口を叩いている暇があるの?」
秋奈が逃げ惑うキッドとの距離を詰め、刀をキッドに斬りつける。キッドはそれを何とか躱すが、既に防戦一方で、そこから攻撃に転じることはできていない。このまま押し切れると秋奈は確信し、更に踏み込もうとした。
「もうちょっと温存するつもりだったのにな」
その動きを見ながら、キッドが呟いた瞬間だった。踏み込もうとした秋奈は、腹部に猛烈な痛みを覚え、そのまま足を止めた。視線を下に向けると、背中から腹にかけて貫通した穴から、自分の血液が流れ落ちる様子が見えた。
「え…?」
ゆっくりと振り返った秋奈が、そこに広がる景色を見た瞬間、今の場所から少しずれた位置に、似た穴が開けられる。その痛みに襲われたまま、秋奈はゆっくりと倒れ込んだ。
「早く行かないと」
その様子を少し見てから、秋奈の生死を確認することなく、キッドは慌てたようにQ支部内を歩き出す。未だに鳴り響いている警報がキッドを急かしたらしい。
キッドが完全に立ち去ったことを確認してから、秋奈は何とか身体を動かし、懐からスマホを取り出した。傷は深かったが、急所は逸れている。すぐに死ぬことはないと分かっている以上、今は自分が受けた攻撃について、伝えることが先決だ。
秋奈が鬼山に連絡すると、鬼山は状況を確認していたのか、すぐに通話に出た。
「秋奈さん!?大丈夫ですか!?」
「ごめんなさい……11番目の男を…逃がしてしまいました……」
「大丈夫です!こちらでも把握しています!それよりも、何があったのですか!?こちらからは秋奈さんがどうして倒れたのか把握できませんでした!」
「完全に…油断してました……11番目の男が…変わっていないと思い込んでしまったんです……」
「どういうことですか?」
「11番目の男は…仙術を使います……影に気をつけて……」
秋奈の言葉に鬼山が息を呑んだことが伝わってきた。そこから、ゆっくりと秋奈の意識は薄れていく。鬼山は何か言っていたが、それをちゃんと聞くことはできなかった。気づいた時には秋奈の手からスマホが滑り落ち、秋奈は廊下に寝転んでいた。その腹部に開いた二つの穴が、赤い水溜まりを作り出そうとしていた。
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