吊るされた男は重さに揺れる(13)
だんだんと関係があるのかと疑問に思うことも聞かれ始めたが、それでも浦見は疑うことなく、質問に答えていた。奇隠には命を助けてもらった恩義がある。協力できることなら、何でも協力しようと浦見は思ったからだ。
質問の内容がいくら自分のプライベートに繋がりそうなことでも、質問者が入れ代わり立ち代わり部屋の中に入ってきても、流石に昼頃かと思う時間になって要求するまで昼飯が出てこなくても、浦見は疑問の一つも懐かなかった。
ただし、その時間があまりに長くなると、これは本当に協力できているのかと疑問に思い始める部分はあった。それは奇隠に対する疑いではなく、自分の答えが価値のある物になっていないのではないかという自分に対する疑いだ。他に提供するべき情報があるのに、その情報を提供できていないから、いつまでも聞いてくるのではないかと考え、浦見は自然と昨晩のことを思い出していた。
急に意識を失った浦見が次に目を覚ました時、そこは見知らぬ部屋の中だった。後にそこが廃校だと知り、それが何かしらの準備室であると気づいたのだが、目覚めた直後は混乱していたこともあり、その場所がどこなのか全くピンと来なかった。強いて言うなら、懐かしさを覚えたくらいだが、その懐かしさも部屋に対するものなのか、シチュエーションに対するものなのか分からなかった。今から思うと、知らない部屋で目覚めた経験はないので、その懐かしさは部屋に対するものだったのだが、その時の浦見はそのことに一切気づかなかった。
しばらくして、浦見は部屋を確認しようと思って立ち上がった。幸いにも、浦見は手足を一切拘束されていなかった。この理由は明確に分からないが、浦見はもしかしたら、すぐに始末する予定だったのかもしれないと思った。最初はすぐに始末しようとしたが、他に急ぎの用ができたため、一時的に部屋の中に放り込んで、その場を立ち去ったのではないかと思った。
浦見はすぐに部屋から出ようと、ドアに近づいて開けようとしたが、ドアは開いてくれなかった。ドアは二つあったのだが、片方は完全に鍵がかかっており、もう片方は何かが突っかかっており、押すことはできるのだが、完全に開いてくれなかった。窓も開くことはできたのだが、鉄格子のように白い棒が塞いでおり、そこから通ることもできない。その白い棒が何かは分からなかったが、骨みたいで不気味だったことを浦見は覚えている。
自分を連れ去った人物の正体も分からなければ、今がどういう状況かも分からない。浦見は何とか逃げ出す方法を考えようとしたが、それも物の数分で諦めた。考えても答えが見つかりそうになかったので、他に意義のあることを考えようと思ったのだ。
廊下に面した窓を開くと、そこから出ることはできなくても景色は見えた。その向こうの光景がハッキリと見えたわけではないが、明るさから既に夜になっていることは分かった。その時になって、浦見の暢気さを表したように腹の虫が鳴く。
そこで浦見はここから出た時に何を食べようかと考え始めた。晩御飯の献立だ。今は何が食べたいかと考え、浦見は答えに悩み始める。腹が減っているので掻き込める物がいいが、家の近くの牛丼屋は現在改装工事中で開いていない。ラーメンも悪くはないが、近くの中華屋はラーメンよりも餃子の方がうまく、餃子は値段の割に量が少ない。他に思いつく店と言えば、洋食屋もあるのだが、その洋食屋は店主の性格が悪く、浦見は一度怒られてから、しばらく行っていない。と思ってから、その洋食屋が少し前に潰れて、今は駐車場になったことを思い出した。
腹が減った。そう思いながら寝転び、更に食べ物を思い浮かべてみるが、何を思い浮かべても今のままでは食べられない。結局、これも意義のないことか浦見が溜め息を吐いた時だった。
唐突に地震のような震動が建物全体を襲い、猛烈な破壊音が耳に届いた。何かあったのかと思って、窓や壁に近づいてみるが、何があったのか全く伝わってこない。その間にも震動は続き、少しずつ怖くなってきたところで、物音がドアの近くから聞こえてきた。それは鍵のかかっていないドアで、浦見はそのドアに近づき、何の音かと探してみるが、音の正体は見つからない。
外かと思った浦見が試しにドアを開け、隙間から外を窺おうとしたところで、そのドアが開くようになっていることに気づいた。どうやら、突っかかっていたものが取れたようだ。浦見はドアが開くことに静かな喜びを覚えながら、ゆっくりと部屋を出た。
それから、遠くから聞こえてくる物音に怯えながら、浦見は廊下を歩き始めた。学校という発想そのものが頭になかったので、その時になっても何かの会社なのかと思っていた浦見だったが、とにかく誰にも逢わない内に逃げるべきだということだけは理解していた。ゆっくりと警戒しながら、廊下を歩き、その先に階段があると思ったところで、その階段から人が現れた。
それが牛梁だったのだが、あの時は悪いことをしたと浦見は思いながら、結局何の情報が必要なのかと疑問に思った。今の情景の中に求められている情報があるとは思えない。まさかとは思うが、中華屋の餃子が量の割に高い理由を調べているのだろうか。それならば、その理由を浦見の方が聞きたいと思う。
いっそのこと、次の取材はそれをモチーフにしてみようかと考えた瞬間、部屋の中に新たに人が入ってきた。それはこの奇隠の偉い人と紹介された鬼山だ。
「浦見さん、長い間、お話を伺ってすみません。もうある程度分かりましたので、今日はお帰りになってください。気になるようでしたら、こちらから護衛もつけますので」
「え?あ、そうなんですか?」
「勤務先にも私達の方から連絡しておりますから、明日から普通に出勤してもらって構いません」
「そうなんですね。あ、ありがとうございます」
あまりに突然の解放宣言だったので、内心浦見は不思議に思いながらも、その日は鬼山に言われた通りに家に帰り、何事もなく翌日を迎えていた。結局、あの時間は何だったのだろうかと長い聞き込み時間を思い出すが、その答えは浦見にも分からないことだった。
しかし、奇隠との約束がある以上、その取材結果を記事にすることはできない。それは約束がなくても、その実態を知ってしまった今、仕方ないと分かることだ。他に何か記事にできそうなことを探さないとクビになると思いながら、浦見は重戸の出勤を待っていた。
それがいつになっても、重戸は会社に現れなかった。普段の重戸ならあり得ないことに、珍しく寝坊でもしたのならいいが、何か事故に巻き込まれていたら大変だ、と浦見はだんだん不安になる。
ちょっと連絡しようかと思ってみるが、重戸の連絡先を知らなかったので、仕方なく浦見は編集長に重戸が来ていないことを伝え、連絡してもらおうと思った。そこで浦見は思ってもみなかったことを言われた。
「ああ、重戸なら辞めたよ」
「え!?辞めた!?会社を!?本当ですか!?」
「何で嘘をつくんだよ。家の事情とか何とか。上の方が辞表を受け取ったらしくて、俺も今朝聞いたんだよな」
「そ、そうなんですね…」
急に重戸が辞めたことに浦見は驚き、しばらく呆然としたまま、自分の席に戻った。どうして辞めたのだろうか。浦見はしばらくそのことだけを考えてしまい、取材のことは一切頭に浮かばなくなっていた。
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