吊るされた男は重さに揺れる(1)

 浦見うらみ十鶴とつるは存外、間抜けな顔をしていた。拉致されたくらいなのだから、もう少し怯えていたり、解放されたことに安堵していたりするのかと鬼山きやま泰羅たいらは思ったが、そういう表情ではない。

 まさか、ここまで来て、まだ状況が理解できていないのだろうかと思ったら、鬼山はどう声をかけたらいいのか分からなくなった。


 それは重戸えと茉莉まりも同じだったようで、浦見の前に立つと、何を言うべきなのか言葉を迷っている顔をしていた。しばらく何かを言いづらそうに、口を開いては軽く閉じてを繰り返し、その姿を見た浦見が苦笑している。


「何か、ありがとうね」

「ありがとうじゃないですよ…先輩は何してるんですか…?」


 迷った結果に重戸はようやくそう言っていたが、その顔には浦見よりも安堵の色が見えた。本当に心配していたのか、表情には僅かに疲れと思われる暗さも見える。


「お二人共、よろしいですか?」


 二人の間に少しの沈黙が流れた時を狙って、鬼山が声をかけた。二人が揃って、鬼山に目を向けてくるので、これからの二人の対応を説明する。


 まず、二人には最低でも今晩、Q支部に泊まってもらうことにした。


 これは安全の確保のためだ。人型ヒトガタが倒されたとはいえ、他に人型がいないとも限らない。人型と接触した浦見と重戸を帰して、再び何かが起きては問題だ。

 二人もこのことはすぐに理解してくれたようで、多くを説明しなくとも了承してくれた。


「それともう一つ。お二人の記憶は消しません」

「え?いいんですか?」

「いい、というよりも、記憶を消しても、また奇隠の情報をどこかで知る可能性があります。何より、人型と接触して、その記憶がなくなる状況は危ない。奇隠に助けを求められる状況を作らないといけないので、再び接触する可能性がゼロではない以上、その記憶は消せません」

「た、確かに…」


 浦見はようやく自分が触れてしまったものに気づいたのか、心底怯えた表情をしていた。

 まさか、調べた先に死地が待っているとは思っていなかったのだろう。表面上は平和な国だから、その考えが湧かないのも仕方はない。


「ただし、この情報を世間に公表するのはやめてもらいます。集めたデータも、他人に知られて問題がありそうな場合、破棄してもらいます。その理由は深く説明しなくても分かっていただけますよね?」


 鬼山の問いに浦見も重戸もすぐに頷いてくれた。


 自分達が身を以て体感したばかりなのだから、その情報の危険性は分かるはずだ。その情報が世間に露呈した時に何が起きるかも想像できるはずだ。

 それを自分が起こしかけていた事実にも気づいてしまったはずだ。

 もちろん、大多数の人間は信じないだろうが、問題は少し信じる人がいる点だ。そのことに浦見は気づいたに違いない。浦見の表情を見ていたら、それが分かった。


 浦見と重戸をQ支部内の空いている部屋に案内させ、鬼山は報告を聞くことにした。いつもの中央室に集まった今回の一件に関わっている人物は三人だ。


 冲方うぶかたれん秋奈あきな莉絵りえ、ラウド・ディールだ。頼堂らいどう幸善ゆきよし相亀あいがめ弦次げんじは戦いで負った怪我の影響の他、時間帯的問題もあって、既に帰していた。牛梁うしばりあかねもその時に合わせて家に帰したので、残っているのはこの三人だけだった。


 報告は人型の情報から始まった。秋奈が倒した人型の情報だが、妖術や姿等の秋奈でも分かる情報の他、名前を始めとする幸善しか知らない情報も秋奈が幸善から聞いて補完したことで、一通りの情報が鬼山に行き渡っていた。


 ディールの報告は簡潔で、自分が巨大な妖怪を倒したことだけだった。妖怪の見た目の情報は相亀にやらせるつもりらしい。面倒なのか、覚えていないのか、ディールの場合は分からない。


 そして、一番問題だったのが、冲方の報告だった。


「まず、目撃されていた女性ですが、恐らく、でした」

「どういうことだ?」

「私が接触した人物は間違いなく写真の女性なのですが、この女性と全く同じ姿をした女性がもう一人いました。そして、そのどちらも致命傷を負うと骨に変化しました」


 荒唐無稽としか言いようのない報告だったが、冲方は嘘をついているわけではない。そのことは鬼山も分かっていることなので、その情報から考えられる可能性を思い浮かべようとする。


 その直後、ディールがぽつりと呟いた。


「妖術」


 その一言を飛鳥あすか静夏しずかが通訳し、冲方が微かに頷く。


「私もその可能性を考えています。彼女は妖術によって生み出された人間であり、、と」


 その一言で今度は秋奈が思い出した顔をした。


「そういえば、No.13、死神デスが息絶える直前に『No.12が…』と口に出してましたね」

「No.12…吊るされた男ザ・ハングドマン…その男が妖術で生み出した可能性があるのか…」


 ディールが飛鳥の通訳した言葉を聞きながら、ぽつりと思い出すように呟く。


「候補は二つだなぁ」

「二つ?」


 鬼山が怪訝げにディールを見ると、ディールは手で眼鏡を作った。


「空港」

「そうか…まだ土田つちだという男が発見できていない…」

「あとはそれ以外の可能性」

「その…一ついいですか?」


 冲方が鬼山とディールの間に割って入るように軽く手を上げる。その表情は何かを思い出すようであり、何かを心配しているものだ。


「実は一つだけ気になっていることが」

「何だ?」

「牛梁君から聞いたのですが、浦見十鶴さんを発見した場所が廊下だったそうです。私はてっきり捕まっていたと思ったのですが、自由に行動できていましたし、その際に拘束された様子もありませんでした」

「まさか、その可能性を考えているのか?」

「可能性だけならありませんか?浦見十鶴さんが


 冲方の提案を聞き、鬼山達が顔を見合わせた。可能性の全てを否定することは難しい。現時点で浦見が人間である可能性と人型である可能性は同時に存在している。

 それが否定できない以上、その可能性を無視することはできない。その危険性はこの場にいる全員が把握している。


「浦見十鶴の周辺を調べよう。可能性があるなら、そうした方がいい」


 鬼山の一言に秋奈と冲方は頷き、ディールは退屈そうに欠伸をした。Q支部にはまだ解決しないことが多かった。

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