死神は獣を伴って死に向かう(5)

 校舎の外をゆっくりと回っていた相亀がグラウンドに足を踏み入れたのは、体育館で幸善が人型の存在に気づく、少し前だった。


 なかなかに合流しない幸善のことは怪しんでいたが、そもそも、具体的な場所を指定したわけではない。


 単純に見つけられていないだけなのかもしれないと思いながら、相亀は見渡すだけで探しやすいグラウンドに来ていた。

 ここなら、確認がすぐに終わるだけでなく、幸善が探した時にも相亀を見つけやすいはずだ。そう思いながら、相亀は暗いグラウンドの中を歩き出す。


 ここに来るまで、校舎の外をいろいろと見て回ったが、その段階では誰かのいる気配はなかった。


 一応、木陰も調べてみたが、そこに死体が捨てられていることも、埋められていそうな痕跡も見つからなかった。

 中には、いつ頃から使われていないのか分からない古い倉庫もあったが、それも扉の部分が錆びたのか、壊れたのか、うまく動かなくなっており、そもそも開かなかった。あの状態で中に誰かが監禁されているとは考えられない。物音も聞こえなかった。


 ここに来たのは、あくまで可能性だ。可能性がないのなら調べる必要があると、冲方隊はやってきた。


 それなら、そもそも、ここに誰もいないことだってあり得る。

 寧ろ、そっちの可能性の方が高い。


 外れを引いたかと相亀は少しずつ思い始めていた。


 その時、グラウンドに月明かりが射し、相亀から離れた端を一瞬、照らした。そこに何か、が浮かび上がったように見え、相亀は思わず足を止める。


 離れた位置にあったため、正確には分からないが、影は電柱ほどの高さがあったように見えた。

 それが実際の大きさなのか、実際よりも大きくなっているのか、小さくなっているのか、相亀には分からなかったが、少なくとも、相亀より大きいことは確かだ。


 それに形状が少しだったように思えた。


 具体的な説明が難しいのだが、生物に見えなくもないが、知っている生物に当てはまるものはいない独特な形をしていた。


 何かいるのか。相亀は少しずつ膨らむ緊張感に汗を流しながら、ゆっくりと影の見えた方向に意識を集中させた。そこに妖気があるのか確認したかった。


 しかし、それを掻き消すように、強い妖気が背後から膨らんできた。背中を氷で撫でられたような寒気に、相亀は思わず身を竦める。


 振り返ると、強い妖気は体育館の方向から膨らんできていた。


 そこに幸善がいることを思い出し、相亀はその方向に戻ろうとする。


 その瞬間、相亀はまるで風が吹き抜けるような音を聞き、その直後に背中を撫でる嫌な予感に気づいた。


 それは正しく、だった。


 嫌な感覚から逃れるように、地面を強く蹴って、前方に回転しながら跳躍した直後、相亀の立っていた場所に太い丸太のようなものが降ってくる。

 それは容易く地面を砕き、距離を離した相亀の足下にまで罅が届いていた。


 距離を離した相亀が顔を上げると、そこにはが影を作っていた。


 顔を上げた直後に合った目は獣の目だった。肉食獣の鋭い眼であり、毛に覆われた雰囲気から察するに、それはオオカミの頭だ。


 ただ、その下に繋がっている上半身はオオカミではなく、筋骨隆々な男の身体であり、他の動物で仮に例えるとしたらゴリラが近い。実際、手の部分まで毛があることを考えると、ゴリラか何かの類人猿の腕であることは間違いないのだろう。

 問題は手を除く腕や上半身の全部を鱗が覆っていることだった。鎧のようにまとわれた鱗がその動物の特定を難しくしている。


 そして、最も相亀が気になったのは、下半身だった。


 上半身の時点で相亀の二倍はありそうなほどに大きかったのだが、その下に繋がる下半身はそれ以上に大きく、全体的に膨らんでいた。


 形状は何かしらの昆虫の足であり、上半身から繋がる形で昆虫の胴体と六本の足が伸びている。

 さながら、不気味なケンタウロスだ。


 その姿に相亀の目は自然と奪われた。生物としての意味の分からなさが、相亀の思考を簡単に奪っていた。


 妖気を感じる。間違いなく、妖怪だ。

 ただ、これは本当に妖怪なのか。


 その堂々巡りとも言える思考が相亀の頭を支配したことで、相亀は考えるべきことを考えられていなかった。


 どうして、


 さっきの影がその妖怪なら、さっきまで距離があったはずだ。その全貌どころか、存在を認識することもできないほどの距離が開いていたはずだ。


 その距離がなくなっている。


 そのことに相亀が気づかないまま、妖怪は相亀の目の前で、丸太のようにも思えた腕を上げていた。


 相亀がその攻撃を一度、見極めようと思い、目の前の妖怪から距離を開けるように背後に跳ぶ。


 その瞬間、妖怪が


 歩いたのか、走ったのか、飛んだのか分からない。


 気づいた時には、


 それは時間が飛んだのかと錯覚するほどに一瞬のことで、相亀が驚きを表情に浮かべた時には、妖怪の拳が振るわれようとしていた。

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