蜘蛛の糸に秘密は吊られる(5)
住人の記憶から消えた謎の人々、どこかに連れていかれたサラリーマン、フクロウと会話する少年。写真の見出しは決まったが、その内容について、浦見と重戸は一切詰めることができていなかった。
聞き込みに行ったミミズクだが、最初に行った日は休業中で、その翌日が再開日だった。仕方なく、別の角度から調べることにして、連れていかれたサラリーマンが警察に保護されたり、病院に運び込まれたりしていないか調べることにしたのだが、浦見と重戸が使えるあらゆる手段を使っても、サラリーマンの行き先は見つからなかった。
それは単純に二人の力では調べ切れていないのか、調べられる場所には行っていないのか、そもそも普通に会社に出勤しているのか、重戸には分からなかったが、同じく分からないはずの浦見は勝手に「拉致だ」と言って、テンションを上げていた。
その調べもあって、ミミズクを訪れた時には夕方頃になっていたのだが、そこでは期待していた少年に関する情報が一切なかった。写真に写っていたフクロウは表情こそ違えど、ミミズクにいたフクロウで間違いはなく、何か関係しているとは思ったのだが、店主は何も知らない様子だった。一応、店にいた女子高生にも話は聞いたが、特に何も知らない様子で、浦見の思惑は空振りに終わった。
そう思っていたのだが、その数日後、重戸はテンションの高い浦見に捕まることになった。何かあったのかと重戸が聞く前に、重戸は浦見に連れられ、出版社を後にすることになる。
そして、気がついたら、重戸は浦見と一緒に近くの高校の前にいた。茂みに隠れて、その高校を眺めているのだが、その様子は明らかに不審者だ。特に浦見は相当問題と言える。
何故なら、そこは女子校だからだ。
「何で、ここで女子校を見ているんですか?変態ですか?」
重戸が率直に思ったことを口に出す。その途端に浦見は慌て始めるが、その慌て方は図星を突かれた人の慌て方だ。
「ち、違うよ!?違うから!?」
「本当ですか?身体は口以上に語ってますけど?」
「語ってないから!?」
「先輩が変態じゃないなら、どうしてこんなところに来たんですか?」
重戸が聞いた瞬間、それまで図星を突かれて慌てていた浦見が、取り繕うように咳をした。それから、例の少年の写真を見せてくる。
「この少年のことを調べに来たんだよ」
「ここ、女子校ですよ?」
ついに浦見の頭は壊れたのか、と重戸が悲しげに浦見を見ていると、浦見は再び慌てた様子でかぶりを振り始めた。
「それくらいは分かってるから!!ここに来たのは、この前、ミミズクにいた女子高生から話を聞くため!!」
「え?あの子ですか?」
「そう。あの子、俺達からの質問に答える時の声があの店のマスターと話していた声より、少しだけ低かったんだよね。あれは多分、何か隠そうとしているんじゃないかなって思って」
「それで、あの子がこの学校に通っているって調べたんですか?どうやって?」
「制服。知り合いの制服マニアに頼んで、高校を割り出してもらったよ」
「変態仲間の手助けですか…」
「俺は変態じゃないからね!?」
浦見が変態かどうかは限りなく黒に近いグレーだが、そのことよりも浦見の執念の方に重戸は感心していた。興味を持ったら、それを追求せずにはいられない、そのジャーナリスト精神というか、野次馬根性は褒めるかどうかは別として、称賛の域にあるのかもしれない。
そう思いそうになったが、現状を思い出した途端、重戸は冷静になった。ミミズクに客としていた女子高生から話を聞くと言うが、その女子高生と接触する手段として考えたのが、女子校の前の茂みに隠れて、その女子高生が来るまで待つというものらしい。明らかに非合理的であり、確実性に乏しい手段で、これで女子高生が見つかると考えているところは詰めが甘いというか、根本的に馬鹿としか思えないところだ。
これで行けるはずがない。重戸がそう思いながらも、浦見に代替案を提示できずにいると、不意に重戸の肩が誰かに叩かれた。浦見が肩に手を回してきたのかと思ったが、どうやら浦見も同じだったようで、重戸の方を急に見てくる。
「何?」
「いや、こっちの台詞ですけど。肩叩きましたよね?」
「いやいや、俺は叩かれた側だよ」
そう言った浦見と顔を見合わせながら、揃って首を傾げた直後、二人の後ろに誰かが立っていることに気がつく。いつのまに背後にいたのかと驚く浦見と重戸が揃って振り返る。
がっつり制服に身を包んだ警察官がそこに立っていた。
「君達、何してるの?」
「あっ…はい?」
浦見がとぼけるように返しているが、警察官の目つきは鋭い。
「こんなところで隠れて何してるの?そのカメラは?」
浦見が持っていたカメラを見つけ、警察官の表情が更に怖くなる。浦見の顔色は空よりも青くなっていくが、あれだけ騒いでいたら、怪しい人物として通報もされるだろうと、重戸は納得しかない。
「まあ、取り敢えず、移動しようか。話はゆっくり聞くから」
「え?あ、いや、その…」
浦見の視線は留まることを忘れたように泳ぎまくっていた。これは嫌な予感がすると重戸が思った直後、浦見の手が重戸の手をがっしりと掴んでくる。
「先輩?」
重戸が聞き返した瞬間、浦見は茂みから飛び出すように走り出していた。警察官が慌てた様子で声をかけてくるが、浦見は止まる気配がない。
「ちょっと!?先輩!?」
流石に不味いのではないかと重戸は思って声をかけるが、浦見は一切聞こえていないのか、ただひたすらに走り続けていた。後ろからは警察官が追いかけてくる。その声が聞こえる度に、燃料でも投下されたように浦見の足が速くなる。
(このまま逃げるの――!?)
重戸の懐いた疑問は口以上に語る浦見の身体がちゃんと答えてくれていた。
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