悪魔が来りて梟を欺く(9)
内装は外装と同じく一般的な喫茶店と同じだった。五席ほどのテーブル席と十数席のカウンター席がある。そのカウンターの向こうに二人の店員が立っている。一人は老齢の男性でこの店の店主に見える。もう一人は若い女性で鈴木を先頭に幸善達が入っていくと、すぐに「いらっしゃいませ」と声をかけてくる。
「あっ、鈴木さん」
女性店員が快活な声で鈴木の名前を呼ぶ。一挙手一投足が大袈裟で、頭の後ろの二つの尾っぽが動く度に大きく跳ねている。
「
鈴木が接客のために近づいてきた女性店員の頭をぽんぽんと叩く。それは犬を褒めるみたいな行動だが、女性店員は喜んでいるのか、少し俯いた表情を綻ばせている。
幸善達がその様子を困惑した顔で見つめていると、カウンターの向こうにいる老齢の店主らしき人物が幸善達の存在に気づいたようだった。こちらに目を向け、小さくお辞儀をしてくる。
「いらっしゃい」
そう声をかけてきたことで、頭を撫でられていた女性店員も幸善達に気づいたらしい。少し頬を赤らめながら、はにかんでいる。
「い、いらっしゃいませ」
「ど、どうも」
気まずい空気が流れる中、鈴木が間を取り持つように説明してくれる。
「この子達は穂村さんの知り合いだって」
その一言を聞いた途端、今の今までの気まずさがなかったように、女性店員の顔が明るくなる。
「陽菜ちゃんのお友達!!そうなんですね!!」
女性店員が嬉しそうに幸善の手を取ってくる。ぎゅっと握って、ちょっと肩の弱い人なら、肩が外れてしまうくらいの勢いで、上下に振ってくる。
「亜麻
「ど、どうも…」
幸善の手を握ったまま挨拶をしてくる女性店員の迫力に、幸善は苦笑いを浮かべるしかできなかった。相亀だったら卒倒していたかもしれないな、と思いながら、幸善はされるままに手を振り回される。
「その子、例の割引券を持っていたよ」
鈴木が亜麻理々にそう伝えると、カウンターの向こうから店主らしき人物が嬉しそうな声を出してきた。
「ああ、良かった。あれをちゃんと使ってくれたんだ」
「ほら、やっぱり、私の案が正しかったんですよ」
ほっとしたように呟く店主らしき人物に亜麻がそう言いながら、ようやく幸善の手を放してくれる。そこから、ようやく幸善達の案内が始まった。
――とはいえ、店内に他の客がいないタイミングだったため、亜麻は店内の席を手で示し、「お好きな席にお座りください」とだけ伝えてくる。
幸善達が入口側のテーブル席に座ろうとすると、カウンター席に座ろうとした鈴木を見て、東雲が声をかける。
「鈴木さんもこちらに座りませんか?案内してもらったし、お礼にコーヒーを奢りますよ、幸善君が」
「え?何その第三者的奢り?」
「ははっ。そう言ってもらえるなら、ご一緒させてもらおうかな」
鈴木がそう言って、幸善達の座っているテーブル席に座ろうとした瞬間、我妻の変化に気づいたようだ。中腰になったまま、驚いた顔で我妻を見ている。
「どうしたの?極度の寒がり?」
「全力で汗を掻いているんで、寧ろ暑がってますね」
「彼は動物アレルギーなんですよ」
そう言いながら、東雲がカウンター席に目を向けた。さっきの店主らしき人物の隣に、小さな止まり木のような台があり、その上にフクロウが止まっている。夜行性のためか、眠たそうに半分目を瞑っている。
「あれがフクロウ…」
東雲がじっとフクロウを見つめながら呟いたところで、亜麻が幸善達の席に近づいてきた。
「ご注文は決まりましたか?」
「えーと…じゃあ、鈴木さんと同じもので」
「え?その決め方でいいの?」
「まあ、あんまり分からないんで、最初はこんな感じでいいかなって思って…東雲は?」
「私もそれで」
フクロウから一切目を離すことなく、東雲が答える。
「我妻はどうする?」
「何か口を使わずに食べられるものとか、飲めるものとかありますか?」
「頓智ですか?」
結局、我妻は注文辞退ということで、割引券を一枚無駄にすることが確定した。せっかくだから、それを鈴木に使ってもらおうかと思ったが、鈴木は鈴木で期限の近い割引券を数枚持っているらしい。
「これから、しばらく来れなくなるから、ここで使わないと」
「ええ?来れないんですか?」
亜麻が非常に残念そうな顔をすると、鈴木は途端に申し訳なさそうに笑っている。
「そういえば、大きな仕事があるって言ってましたね」
「そう。今は準備中なんだけどね」
「準備?」
「そう。取引を円滑に進めるためにちょっとした準備をね」
「どんな準備をするんですか?」
「別に大したことじゃないよ。ちょっとしたお土産を用意するんだ」
「それって、まさか…」
取引にお土産と重なり、幸善の頭の中では悪い想像しか浮かばなかった。それこそ、その単語を最近思い浮かべたばかりだ。
「賄賂?」
「いやいや、そういうものじゃないよ。ちょっと機嫌取りをしないと、話し合いが始まらないこともあるんだよ。失敗することもあるけど、印象さえ良かったら、次があるかもしれないからね」
「そういうものなんですか…」
幸善が鈴木と話している少しの間に、気づいたら東雲は席を立っていた。さっきから目を奪われていたフクロウの前まで移動している。
「この子、名前は何て言うんですか?」
フクロウを近くからまじまじと見つめながら、店主らしき人物にそう聞いていた。
「
「え?フクロウ?」
「幸福の福に太郎とかの郎で福郎だよ」
「ああ、福郎ですか」
東雲は納得した様子だが、その会話を聞いていた幸善は――いやいや、フクロウにフクロウって読む名前をつけないだろう――と心の中で叫んでいた。
この店の名前といい、この店の店主は明らかにセンスが変わっている――と思っていたら、その秘密が明かされる。
「その子の名前も店の名前も私の妻がつけたんだ」
「へぇー、奥さんが」
その奥さんのセンスが独特なのか―――幸善は納得していた。
「その奥さんは?」
「数年前に病気で亡くなってね。それまでは二人で店をしていたんだけど、一人だとだんだんと回らなくなってきて」
「そこで雇われたのが看板娘の私です」
亜麻がやはり店主だった人物と東雲の会話に割って入る。自分のことを看板娘と堂々と言っていることに普通は驚くところだが、ここまでの対応を見ていると、それも不思議ではないかと納得してしまうところがある。
「看板娘と看板フクロウの二枚体制なんですね」
看板フクロウって何――二枚体制って何――と東雲の言った言葉に幸善は思ったが、和やかな雰囲気に言葉を投げかけることはできなかった。
そこで不意に東雲の目がテーブル席に向き、幸善と我妻に声をかけてくる。
「二人も近くで見てみたら?」
「ああ、そうしようかな…我妻は?」
「俺は怖いからいい…」
「フクロウ苦手だった?」
「いや、アレルギー的な意味で怖い…」
「今度からお前を誘う時は気をつけるよ…」
我妻に悪いと思いながら、幸善は福郎に近づき、その姿を近くで眺める。おっとりとした目に、どこか抜けた顔は何とも言えない間抜けさを感じさせる。その姿に、ぼうっとしているフクロウだな、と幸善は思った。
その直後――
(あれ?何だろ、この感覚…)
――幸善は妙な既視感に襲われた。初めて逢ったのだが、仕草や言動、表情の作り方の一部が知り合いに似ていることで、初めて逢った気がしないあの感覚を福郎に懐いていた。
しかし、フクロウの知り合いなどいるはずもなく、フクロウに似ている知り合いもいない。タカは知っている妖怪にいたが、あのタカも今は墓の中だ。
この既視感は一体――そう思っても、その答えは分かりそうにない。非常に気になるが、分からないことを考えても仕方がないので、幸善は気にすることをやめようとする。
その直前、最後に視界に入った福郎が――目を完全に開いた気がした。その表情に幸善の視線が思わず止まる。
しかし――福郎の表情はさっきまでのものと変わっていない。
(あれ――?)
幸善は首を傾げて福郎を見る。見間違いか――と思ったが、目を完全に開き、幸善をじっと見つめてきた福郎の表情が頭から離れず、幸善は既視感と合わせて、妙にもやもやとした気持ちを抱えることになった。
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