8-09

「わたちが第4位とはいえ公爵位の継承権を持つ立場だからでしゅ」


 うん、それは知ってる。みんな知ってる。

 わたしの中で評価最底辺のバカボンですら多分知ってたと思う。

 ブルハルト家は女系一族、歴代の当主は全て女性が受け継いでいる。故に優れた魔術師を輩出し続けることと併せ「魔女の家」と畏敬と畏怖の視線を同時に向けられている。

 特に『大公』ルートのライバルヒロイン、ホーリエ・ブルハルトは10年にひとりの天才と呼ばれ──


「気の抜けた顔でしゅね」

「決してそのような。しかしアリティエ様が四女様と呼ばれている所以は存じ上げておりますが」

「ふふん、貴族にとっては当たり前って顔をしてるでしゅ」


 当たり障りない返事に四女様は笑みを浮かべる。どこか他人の浅薄を眺め、声高に責めはしない上位者の微笑み。

 小鳥舞う愛らしさの少女は愉快げに唇を曲げて、


「お前はブルハルト閥の人間ではないから仕方ないでしゅが、同じ閥の者なら浅学を笑ってやったところでしゅ」

「それは、如何なる……?」

「ホーリエねえさまから数えてわたち達姉妹は次期当主とその妹たちではありまちぇん。ホーリエねえさまも含め姉妹全員が等しく候補。そして」


 無知なる者の蒙を啓く口調で四女様は謳い上げる。

 貴族社会の頂点に近い御家柄の、血筋以外を重要視する特殊環境を。


「そしてブルハルト公爵家は王国随一の魔術大家、それゆえに単なる血筋や順番だけで当主を選ぶわけにはいかないという意味でしゅよ」


 血縁大事な貴族社会で血筋のみの繋がりを否定する発言。誰の子か、どの御家から婿入り嫁入りしたお相手の子息子女か、先祖代々辿って誰の血を引くか以上に重きを置いたものの存在を匂わせている。

 魔術、この不可思議な力でもっとも重要視されるのは、即ち能力、才能。

 そして魔術とは生まれつき才能が確定されているものであり──


「──ああ、なるほどです」

「血の巡り悪い頭でも理解できましゅたか。ブルハルト家の当主は何より魔術の才能なくして就くことは叶わないのでしゅ」


 バカボンをやり込めた後、「基本的に嫡男長子が跡継ぎじゃないと一門が荒れる」御家騒動セットと考えたが、そもそもの前提が違ったらしい。

 普通はこうだから違うことをやると問題になる、だからブルハルト家は跡継ぎを取り決める独自ルールを制定し守り続けていた。

 「余所は他所、うちはこう決めるのが伝統なんですよ」と狭い中の常識を定義したのだ。


「わたちは御家の取り決めに則り、わたちが後継候補者の中で最も優れた魔術師たらんとしている、それだけの話でしゅ」


 本当の意味でブルハルトの次期当主に求められるのは魔術の才能。魔女の忌み名を誇るべしと胸に出来る才能。

 見た目が変わったわけではない、しかし小さな体で小さな胸を傲然と逸らす四女様の姿は大貴族の末裔に見える。少なくとも小太りの子爵家子息よりは。


「継承権を得た者なら、ただの順序に従わず、自分の魔術の才能がどれくらいかを証明しなければなりましぇん。それが果たすべき役目だと思っているからでしゅ」

「いえ、でもホーリエ様は10年来の天才だと評判を──」

「もし、努力の果てに才能開花したわたちが100年来の天才だったらどうしましゅか?」


 成程、そういう考え方も出来なくはない。

 結果の出ていないものは未知数、正確に価値を測ることは出来ないだろう。そこにあるのは可能性、どこにどう転がるかもしれない可能性でしかないが。


「そう、可能性でしかありましぇん。お前の言う通り、ホーリエねえさまの才能は凄いでしゅ。リーリィねえさまやリアニエねえさまも早々に諦めているのが現状でしゅね」


 ゲームでは設定だけあったブルハルト家の姉妹たち、転生先で全員の名前を把握できてしまった。やはり人の生きる世界はゲームよりも奥深い。

 いや、むしろ世界観の懐深さは目の前の幼女が貴族の背負う責任に対して真摯に向き合っている点の方が明らかにしているのかもしれない。


「でも己の魔術的才能を磨くのは継承者の務め、生まれ持った権利にくっついた義務でしゅ。そして候補の誰もが全ての才能を明らかにしなければ候補同士に比較も正しくされましぇん」

「……」

「今は、そう今はホーリエねえさまに勝る才能の輝き放つ魔術師は継承権有者にはいましぇん。でもそれはわたち達の才能が開花してないだけかもしれましぇん」


 ひょっとして。

 ひょっとすると、わたしは見誤っていたのかもしれない。

 この少女、小鳥のように可憐で猛禽のように傲慢なブルハルト家四女様の本質を。


「ホーリエねえさまの才能が冠絶していたからと、それを言い訳に努力を怠ってよい理由には成り得ましぇん」

「高貴な立場に生まれた者には権利と同じ重さの義務を背負うのでしゅから」

「だからわたちは、喩えねえさま相手でも、ねえさまに及ばずとも、自分の才能を完全に磨き上げた上で同じマナイタの上に上がりたいのでしゅ」


 同じ舞台と言うべきでは、との訂正はきっと無粋であろう。

 彼女は、アリティエ・ブルハルトは。

 子供ながらに、どこまでも誇り高かった。


(概念は耳にしたことがある、いわゆるノブレス・オブリージュ)


 一言でいえば「偉い人の背負う義務」、人の上に立つ者なればこそ為すべき使命感や責任感を指す言葉だったと思う。子爵家の名で威張ってばかりのバカボンとは対極、威張れる立場の者はそれ以上の苦労を率先して引き受けるとの考え。


『別にお腹は空いてないけどわざわざ侍女がケーキ運んできてくれたんだからひとつは食べて上げて労う、これがノブレス・オブリージュ』

『姫将軍も舞台裏ではダイエットに苦労してるって話よね、やはりカロリーは敵だわ兄上』

『その理解もどうかと思うぞ妹よ』


 ロミロマ2で「高貴な貴族子女」を挙げろと言われると満場一致で姫将軍フェリタドラ・レドヴェニアの名前で染まるだろう。

 ゲーム内で容姿最強の美少女、戦力でも完全マリエットに次ぐ武力と彼女を上回る統率力を発揮した大公家の赤薔薇、『第2王子』ルートのライバルヒロイン。他人に厳しく、しかしそれ以上に自分に厳しい、立派な貴族の見本市のようなキャラ造形をしていたのも記憶に新しくない。

 そう、新しくない。そろそろ転生から5年が経過しているわけで、大筋設定は大丈夫にせよ細かいエピソードなんて忘れそうで困る──


 ──脳内で考察が逸れそうになったが、四女様の語りを聞いて彼女の奇矯なる行動の理由に触れることが出来た。


(あれもこれも、無駄に思える光と闇属性の覚醒に注力してるのも、全部魔術の才能を掘り下げる努力だったんだ)


 四女様自身も認めていたように魔女ホーリエの才能は一族で突出しているのだ。

 血族で才能ある者の証『宝石眼』の持ち主、5属性行使が可能、将来的には体内に秘める魔力量がヒロインマリエットを越えるステータスに成長し、『学園編』3年目に魔法すら体得する。

 そんな化け物相手に彼女はあらゆる手を尽くして並びたち越えようとしている。無駄とも思える努力を重ねている。


「アリティエ様が努力なさる理由、多少なりとも理解は出来ました。それでも今の試み、属性の後付けが叶うかとは──」

「それも先の論と同じでしゅ」


 おずおず切り出したわたしの懸念を彼女は幼い顔で一蹴してみせた。


「魔術属性は生まれ持った才能が全て、これも『今の定説』でしゅ」

「今の」

「何らかの手段で後発的に覚醒する可能性が絶対に無いとは言い切れない、なら様々なアプローチを尽くして可能性を探るのも責務でしゅよ」

「……うは」


 思わず素に戻って息を漏らす。

 わたしがバッドエンドを避けるために自分磨きを続けられたのは「ゲーム的に経験詰めば伸びるチート保証」があったから。彼女はそんなものが無いのに天才の背中を追い、世の定説に逆らっている。

 ──正直脱帽した。


「とても真似できないわァ」

「何か言ったでしゅか」

「いえ、なんでもありません」

「……まあいいでしゅ。とにかくわたちが魔術のために努力するのは責務、そこに成果が無くとも義務はあるのでしゅ。分かりまちたか凡俗」


 凡俗て。

 いや中身は貴族精神とかけ離れた俗人なので否定は出来ないけど、せっかくただの傲慢貴族子女じゃないと見直したばかりなのにリセットしてこないで欲しい。

 外見が小鳥のように可愛らしい四女様の第一印象を木っ端みじんに破壊したのが群雀発言、強い上から目線の言葉だったのも2か月ほど前の話だとしみじみ。

 まったく、これが無ければ年に見合わぬ聡明な貴族子女として扱われるに違いないのに──


(……うん?)


 矛盾を感じた。

 これ程聡明にしてノブレスオブリージュの精神を魂の器に湛えている彼女が、他人から自分がどう見られているか察することが出来ないなんてあるだろうか?

 そして、強い言葉を投げつけられて、相手が大小の反発心を持つことを想定しないなんてあるのだろうか?

 現にリンドゥーナお貴族邸宅訪問では大過なく役目をこなし、暴言禍を起こしたことも、起こしたと聞いたこともなく。


 これはどういうことなのだろう?

 ──油断である。


「アリティエ様、下々にわざと強い言葉をぶつけておられませんか?」


 不意に思いついた疑問だったので、つい聞いてしまった。

 後々考えると無礼討ちに繋がりかねない発言だったかもしれないと青ざめたのは笑い話。

 しかしこの時の四女様は面白くもなさそうに鼻を鳴らし、


「大人は表面を取り繕うのが上手いでしゅからね」

「はい?」

「外交に携わる大人は優秀で、お前たちと違って可愛らしい子供だと思ってもそんな感情を露骨に出さないでしゅ。お前たちは未熟でしゅから言葉で引っぱたいて目を覚まさせてやってるでしゅよ」

「……………………参りました」


 再び帽子を脱ぐ。

 指摘されて四女様が暴言を放とうとした状況の共通点に気付く。

 お供の貴族子息子女、或いは騎士といった下級貴族関係者の集う場所、或いは学園の生徒たち居並ぶ舞台の上。

 どちらも相手は年若い集まり、まだまだ修行の足りない少年少女の群れだ。

 精神的に貴族足り得てない若人の表情に年齢1桁の幼女に対する侮りが浮かんでしまうのは仕方ないことで、四女様は弛んだ頬を引っぱたいていたと。

 それもまた高貴なる者の義務、多少発揮の仕方が間違ってるようにも思うのだけど如何かしら。


(あー、でも姫将軍もこんな不器用さを発揮してたかも)


 パーフェクト美少女ライバル令嬢フェリタドラも似たようなタイプだった。他人に厳しいが故に疎まれ、しかしそれ以上に自分に厳しかった彼女は決して折れず己が役割を貫いた。それが自身の死に繋がる道であったとしても。

 高潔さとは必ずしも本人を幸せにしないのかもしれない。かなしみ。


「非才未熟の群雀、お前はまだマシな方でしゅけどね」

「光栄の至りにございます」


 子供なれど生まれながらの上級貴族。9歳に精神を接ぎ木した急ごしらえのわたしとは質の異なる天然もの。

 短いながら彼女の側仕えを出来たのは幸運だったのかもしれない。何しろ『学園編』で待ち受けるのは四女様と同じ生来の上級貴族子息子女揃い踏みなのだ。

 彼ら彼女らの有り様に触れることが出来た、根っこの思考回路や価値観から作りの違う別物の類例を間近に出来たことは後々の教訓に活かせそうで。


(この御恩は残りの期間も魔術鍛錬の助手を文句言わず付き合うことでお返しするとしましょうか)


 最初から拒否権ないけどね、との真理は心の裡に埋葬しておくのであった。

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