8-07

 留学生活も折り返しを過ぎ、すっかりメッキが剥がれて四女様の留学はリンドゥーナ貴族のお宅訪問が中心となって暫く。


「わたし達が授業見学してるっていうのはおかしいような気が」

「お供しないお友達役の見事な活用ですわね」


 離れた場所から見守れば華やかしい令嬢の連れ立つ姿、その中に魂が雑草なる者を見出せるか否か、少々興味深い。

 言うまでもなくわたしが雑草だ。擬態するのも社交スキルの発揮どき、見事にカバーできていると自信に繋がるし来年からの予行演習だとも言える。

 何しろ攻略キャラとライバルヒロインは全員が上級貴族以上の立場だからして「学園内は身分差を気にしない」との建前があろうと彼らと行動を共にできるか、許されるかは重要時。


(彼女達格上からクレームはついてないから順調な仕上がりだと思いたい)


「わたくしなどは好きに授業の様子を閲覧できてありがたい面もございますが」

「あら、イスメリラ様はどのような趣旨の授業を?」

「政経ですわ。国の運営方針で着目点の違いを興味深く学ばせていただいてます」

「わたくしは美術史ですわね。こちらの美術造形は肉体の美しさに特化した点があるので、人間美は風景画とはまた違った良さを感じるのです」

「魔術魔法史も面白いものでした。リンドゥーナはカルアーナ神話の解釈が独特で、神話以前の神々が起こした大戦争の影響がもたらした魔術の痕跡について──」


 日々の清掃が行き届いた学園の廊下を格上3人令嬢と共に歩く下級貴族令嬢、お家の格で言えば不審な目を向けられてもおかしくない構図。しかし当人たちからも周囲からも奇異の視線を感じないのだから上手くいっている、のだろう。


(しかしここで満足してはいけない。全ステータス12達成で今出来る頂点だとしても、所詮はゲームスタート時の最高値でしかないもの)


 初期値オール7にボーナスポイント5を一点に全部突っ込めば、ゲーム開始時でもひとつのステータスが到達できる値。

 そして攻略キャラやライバルヒロインとの初の対決イベントではそれぞれの授業分野で完敗する「まだまだだね」な値。


 後の完全無欠ヒロイン、マリエットに優れた貴族の能力を見せつけつつ奮起を促す系のトリガー。この時はヒロインが相手から一切顧みらず、本格的接触の初期イベント「あの子は誰だ?」の時の対応も初接触を覚えている・覚えてないで各キャラに差があるのも面白かった。

 それに後々「あの時の雑魚がここまで成長したんですよ」的に感動ポイントだったのも成り上がりツエーなツボをアータタタホワタァと刺激されたものだ。


 最終的にオール18で誰とも互角以上になれるヒロインの成長を数字でもイベントでも実感させてくれる、出発点を意識させてくれる名采配だった記憶。

 ──ただしわたしはカーラン学園に入学すればレベルキャップが開放されるのか、ステータスが18まで伸びるのか、伸ばせるのかも定かではない。


(いざって時にイベント介入してもヒーローやライバルヒロインに瞬殺されるんじゃ役に立てないんですけどォ)


 最初から地位の差が開いているのに、戦力的にも学力的にも礼節的にも超えるハードルは多く高い。それぞれ主要キャラは全能力が高いレベルでまとまった上で突出した何かを有している。それこそ各種得意分野では完全マリエットと競り合える程度には強敵揃いだ。

 わたしはそこに至れるのか、懸念はあるが今は進むしかない、挑むしかない。

 諦めるのは「ああこれ詰んだ」と手も足も出なくなった時まで取っておくことにしようと思うのだ。


 ギブアップにはまだまだ早い、早すぎる。

 王国を揺るがせるヒロイン、マリエット・ラノワールの織りなす物語はまだ始まってすらいないのだから。


「今日はどこを見学いたしましょう」

「さっきから黙ってらっしゃるアルリー様は希望の学科などございます?」

「あ、はいえっと、そうですね──」

「失礼致します」


 向けられた水に思考を切り替えた途端、闖入者が割って入ってきた。

 我ら一同の視線を集めたのは隙の無い立ち姿を晒すひとりのメイドさん、否、侍女さん。


 メイドと侍女。

 厳密にはこの両者に差は無いのだろうけど、前世世界の影響でメイドさんイコール若い萌え存在との偏見が脳に入っているのはよくない文化侵蝕だ。

 対して眼前の女性は壮年で重みを漂わせた見目からはいぶし銀の風格を発し、見る側の背筋を伸ばさせすタイプ。

 だから侍女、故に侍女、上級貴族に仕えて多くの下働きを統括するだろう長。ウチには万能執事とメイドひとりしか居ないのでそういう立場の人は実に新鮮だ。


 ──でも彼女、侍女長ヘイゼラさんには既に新感覚がない。

 この留学で何度も顔を合わせ、こうして用向きには足を運んでくる顔見知りといっても良い間柄。


「アルリー・チュートル様に申し上げます」


 この一言で、格上3人衆からは「ああ、やっぱり」との気配が漏れて来た。

 あの日、四女様の魔術適性判定に呼ばれた日以降、こうしてヘイゼラさんを通じて呼び出しされる回数が増えたのだ。

 わたしのみ。

 嗚呼、わたしだけが、まるで生徒指導室に呼ばれるように、心楽しからぬ。


「アルリー様、アリティエ様がお呼びでございます」

「……はい、すぐに伺いますとお伝えください」


 毎度身支度の時間は与えられる、先に侍女長を送り出してからわたしも自室に踵を返す。特にだらしない恰好はしていないが一応の体面というものがあるお貴族文化がそうさせる。


「アルリー様、頑張ってくださいませ」

「……ありがとうございます、パナシルテ様」


 3人の中で唯一、四女様の魔術適性判定を共に見届けたパナシルテ様が半ば同情を乗せてエールを送ってくれた。わたしが去った後、3人でこの件についてあれこれ花を咲かせるのだろう。

 ──どんな会話が為されるか、セバスハンゾウに確認してもらおうかとも考えたけどやめておいた。少なくともわたしの悪口にはなっていないだろうし。


(それに本音では語らないでしょう。内容からしてどう転んでも四女様の奇行批判になるわけで)


 自室には鏡台前のハンガーに吊るされた衣装がひとつ。

 急の要件で戻ったのに優秀な執事は既に着替えを用意し、さらに姿を消しているのだ。これがニンジャ、ありがたいけど恐るべき手際すぎて本当に怖い。どこで聞き耳立ててどうやって先回りし、また立ち去ったのか察知も出来ないのだ。


「…………深くは考えまい」


 どうせ実家の状況も筒抜けに掴まれてるのだから今更である。入浴する程の時間を待たせる選択はなく、ちゃっちゃと着替えて髪の埃を落とす仕草を何度か、普段からしてない化粧は要らぬ。


「完成、代わり映えない男爵令嬢ォ」


 テッテケテッテーテーテーテー、某猫型ロボットの道具取り出しシーンを彷彿とさせるファンファーレを口ずさみ、乗り気にならない気持ちをどうにか高揚させようと努めるも効果は薄い。

 ゲームのメインシナリオに関与しなさそうな事柄だけに取り組む熱が低いせいもあろうが、


「むしろ関係ないから投げやりでもいけるのでは?」


 そもそもがゲームに存在しなかったリンドゥーナ紀行、ここで何があってもゲーム本編『学園編』以降には影響しないのでは。それともライバルヒロインの魔女ホーリエに何か作用するのだろうか。


 ひとまず準備が出来てしまったのだから仕方ない、力無い足取りで四女様のお部屋にトボトボ向かう。心の背筋が曲がった様子は他者が見ればドナドナと称するかもしれないが別に売られる恐怖はない。

 待ち受けるのは叱責でも嫌言でも弾劾でも追及でもなく。


「……はあ」


 幸せ逃げる溜息は誰のためのものか。自室より左程離れてもない四女様の豪華仕様部屋に到着するまでに三度ほど。

 最後に四度目を深呼吸と入れ替えで、部屋前の護衛官に挨拶する。


「アルリー・チュートル、アリティエ様のお呼びにより参上致しました」

「ご苦労様であります、どうぞ」


 既にこちらも顔見知りになった相手の会釈を受けて入室が許される。警護の壁を越えた向こうは常と変わらぬ、あまり令嬢らしくない機材と積まれた魔術書の類。

 以前の計測器もそうだが、これをわざわざ本国より持ち込んできたのか──どちらかといえば教会のドクター・レインの実験室に近いノリに当初は戸惑うも足しげく通えば慣れてくる。


「お待たせして申し訳ございません、アルリー・チュートル参りました」

「まったくでしゅ」


 突然呼び立ててくれたご当人はニコリともせず、さりとて激怒した様子もなく素直に「やっと来たか」との表情で待ち受けていた。

 ブルハルト家四女、アリティエ様は本を片手に立ち上がる。文芸書でもなければ小説でもない、魔術書なのが魔女の家系らしい読本。


「それで、今日はどんな御用で──」

「そんなの決まってるでしゅ」


 念のため、そう念のため。

 既に何度もこうして予定の空いた隙、貴族お宅訪問のない日に召喚されているので察しは付くが「そろそろ諦めたかも?」との期待もかけての問いは、残念ながら早々に遮られた。


「魔術の鍛錬に付き合う、それ以外に取り立ててお前に用向きはないでしゅ」

「まだ諦めないんスか!」


 と言いたいのをぐッと堪える男爵令嬢ありけり。

 つい先程決意した「状況が詰むまではギブアップすまい」との誓いが早くも揺らぐのを感じる。抜けていく、抜けていくよ気力熱量。


 人間、実らない努力や成果の出ない尽力ほど虚しさを覚えることはない。

 繰り返し作業ほど飽きが来て緩慢にやる気が失われるのも真理。

 ──ならば無駄な行為を繰り返し請われるのはダブルで熱が入らないのもやむを得い、しょうがない。

 何故なら、四女様の取り組みというのが、


「さあ、以前通り光属性と闇属性の魔術を行使し、属性魔力だけを放出する技術を身に付けろでしゅ」

「……はい、頑張ります」

「そしてその属性魔力をわたちに降り注ぐでしゅ。さすれば光と闇の属性が目覚めるかもしれましぇん」


 四女様、もうその試みはギブアップしてください!

 なんならわたしがギブアップしてもいいですから!!

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