4-11

 ゲームのヒロイン、マリエット・ラノワールのデビュタントを観察に出向いた社交界。

 ちょっとしたトラブルが原因でお見舞い品という名の慰謝料、もしくは口止め料を貰ったわたしはどうにかランディと山分けしようと彼の欲しがる物を尋ねに走った。

 庭に出て、見つからず。

 果樹園ゾーンを回り、見当たらず。

 これは親方に聞く方が早いかなと思い、庭師達の棟梁シヴァトリア親方を訪ねることにしたのだ。


「親方さん、ランディは? 今日は姿を見かけてないんだけど」


 この時、親方さんの見せた表情は複雑だった。

 社交スキルが感じ取れたのは驚き、呆れ、理解、そして最後に納得。

 このニュアンスを強引に組み合わせて読み取れば「共感」との一言にまとめられるかもしれない。ただそれでも親方が何を思ったのかを理解できたわけではない。


「親方さん?」

「あいつ……お嬢さんに何も言わずに行っちまったのか」


 わたしの繰言に彼が大きく息を吐いたのはおそらくため息だ。わたしに向けたものでなく、ランディに向けたそれ。


「行った……って、どこに?」

「ああ、お嬢さん。あいつは家に戻ったんだよ」

「家?」


 シヴァトリア親方が率いたリンドゥーナ所縁の庭師たちは男爵家が所有する宿舎に寝泊りしていた。宿を紹介するのも手間で、宿泊費を支払うのも馬鹿にならない事情を加味すればその分を値引き、宿舎は定期的に掃除する条件で貸し与えた方がお互いにお得だったと聞いていた。

 食事の用意は面倒だけど職場から近いのはありがたいですね──とは住んでいたランディの弁。元は戦時に備えた兵舎なので住み心地には気を遣ったとはパパンの証言である。


「宿舎って意味では……無いわよね?」

「ああ。あいつの自宅、モノレフトの町にあるんでそっちの事でさあ」


 彼の家や家族構成は一度聞いた事があった。

 モノレフト、セトライト伯爵領の南に位置する町で割と近郊にある。ウチから伯爵家の別邸に向かう途中に道を逸れる中継町である。


「モノレフトでお母さんと暮らしている、とは聞いていたけれど」

「ああ、知ってんなら話が早ぇや。あいつの母親が病気で倒れてな」

「えッ!?」

「元からそんな丈夫な人じゃないんだが……それで知らせを受けたランディがすっ飛んでったって話さ」


 流石に驚きを隠せない。

 彼が母子家庭なのは聞いていた、ちょうど母を欠いた父子家庭なウチとは正反対だね的な会話を交わしたこともある。ただお互いの家庭のことだ、プライベートに踏み込みすぎるのもどうかとそれ以上聞いたことはない。

 どんな人なのか、優しいのか厳しいのか、幾つくらいなのか、互いに離れての暮らしは寂しくないのか、たまには会いたいんじゃないのか──丈夫な人なのか。


「そ、それで大丈夫なの!?」

「かかりつけの医者がいるからな、大丈夫だとは思うんだが」


 反応に困る。

 かかりつけの医者がいる、親方の口ぶりではランディの母さんが倒れたのは初めてではないのかもしれない。以前に同じ出来事があったからこそ、前に処置を施した医者が手当てしてくれるだろうとの表現になる。

 ただ何度も繰り返す、常態化した病を抱えているのは、とてもよろしくない。


「それで、な。ランディの奴は暫くあっちに付きっ切りになる」

「あ、はい。それは分かりましたけど」

「で、だ、その、な」


 何故か親方が口ごもる。

 家族の病変、仕事より優先して当たり前のことに文句をつける程パパンもわたしも狭量ではないつもりである。むしろ山分けするつもりだったお見舞い金の使い道にちょうどいいのではないだろうか──


「でな、お嬢さん。ワシ達は、そろそろ男爵家との契約が切れる」

「……へ?」

「そのせいで、まあ、その……ランディはこっちに戻ってくる理由が無くなるんだ」


 実に言いにくそうに、親方は結論を口にした。

 親方の庭師一団は次の契約先に移動すし、この地を離れる。よってランディが仕事に復帰しても、それは契約の切れたウチの庭ではなく彼らの元なのが当然であり──。


******


 本格的な秋を前に、青々と茂った草や木の葉の色合いも徐々に赤みを帯びつつある。

 夏に蓄えた命の力を豊穣に、実りの時期に形作る前準備の様子。人は収穫に湧き、作物の出来に一喜一憂し、また次なる季節に思いを馳せるのだろう。


 親方との話を終えたわたしは果樹園を一回りし、手入れに勤しむ庭師達に軽く声をかけ、秋の豊作に確信を得てから邸宅の方にゆっくりと歩いて戻った。

 この時の足取りが果物の出来とつまみ食いの未来を楽しみにして軽かったのか、それ以外の要因で重くしていたのか。わたし自身に記憶はない。


 ただ覚えているのは、何故わたしが庭園をぐるりとして邸内に戻るのを遅らせたか。その点を口の悪いエミリーがわざわざ指摘してきたことだ。


「お嬢様、どこかで壁に顔面でもぶつけましたか? 鼻が赤いですけど」

「……ロボエミリーはそんなこと言わないのにねェ」

「お嬢様はロボのあたしを過大評価してらっしゃる! おバカですね!」

「頭に『お』をつければ上品になれる錯覚は捨てなさいよ」


 残念ながら素のエミリーはまだまだ修行が足りないようだ。こんな時、主の娘にかける言葉も上手く操れないのだから。

 ガキ大将じゃあるまいし、貴族令嬢が子供じみた粗相を働くわけもない。そんな気の利かない素エミリーから見ても、わたしの様子は普段通りではないようだ。


(そこら辺、セバスティングは流石だわ)


 故意か偶然か、いずれにせよわたしの前に姿も現さない。目前に居れば気を払わずにはいられない、しかし気を遣うこと自体が相手の負担になる場合もある。

 つまりわたしと顔を合わす機会をも作らない配慮において、エミリーは足元にも及んでいないといえる。

 そう、今はわたしが普通でないことを指摘されるのが嬉しくない。


 なんてことはない、なんてことはないのだけど。

 ただ、ほんの少し。

 少しだけ、鼻の奥がツンとする、ただそれだけの話だとしても。

 今この時だけは、誰かからそれを指摘されるのは避けたかったのだ。


******


 夜の空、いつかは魔導照明で豪華な庭を照らし上げた光景に目を凝らした頃を回想する。


 思い返せば彼とはおかしな出会いをし、その後もおかしな再会を果たした。

 ならばあの日のように、彼がどこかで庭師を続けるなら、またいつか会えることもあるだろう。

 1年前にバカ息子達から助け、その日の夕刻に庭での再会を果たし。その秋にウチの庭でまたもやの再会を経た奇縁あればこそ。

 出会いは別れの初めだけど、別れは再会の期待を積む言葉でもあるのだから。


 二度あることは三度ある。

 王国が無事であれば、彼との奇縁が再度微笑むならば、いずれそんな機会も訪れると。

 わたしはそう信じて歩き続けようと思う。

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