4-09

 ありのまま起こったことを今話すと。


「それで、ソルガンス氏がそちらの従僕に」

「嫌がらせに難癖をつけてきたのです、ここは強く主張させていただきますね」


 社交界に来たはずなのに、生徒指導室のような場所で聞き取りを受けています。

 向かい合うのは伯爵家執事のひとり。

 彼らがもう少しちゃんとしてくれていればこんな面倒事は起こらなかったのでは、そんな無責任な人達から事情聴取をされるのは何だかおかしいなと思わなくもないのだけど。

 まあしょうがない、相手は伯爵家の筆頭子爵の息子。給仕たちが下手な介入を避けたかった事情も多少は分かろうというもの。

 その辺の弱味を突いてカツ丼を注文すれば出してくれるだろうか。


「彼はこちらの別邸に庭師として勤めていた頃から被害を受けていた可能性があります。調べていただければと思いますが」

「は、胸に留めておきます」


 言及した内容に口を濁されたのが分かったけれど、特に問い詰めるつもりはない。

 彼らは事件の捜査をしてるのではなく、事件の幕引きを図るのが目的。それも可能な限り自身の面子や派閥の関係図に累が及ばない形で。

 誰だってみんな自分が可愛いのだ、勿論わたしだって例外なく。

 今回はたまたま給仕たちによって大事でなく、わたしにとっては大事な友人が巻き込まれた、その差に過ぎない。仮にわたしと無関係な使用人が似た状況に陥っていたとすれば、おそらくわたしも関わりを持たずして解決を伯爵家に投げていただろう。

 だからその分、騒動の落としどころは伯爵家の負うべき責任の分は割り引いて判断して欲しいものである。


「それで激したソルガンス様が暴力に訴え出たため」

「アルリー嬢が素早く鎮圧せしめた、と」

「つい、です。男爵家の嗜みです」


 武力を以って成り上がった『上がり盾』に責任を投げる。それほど間違った見解ではないはずだ。まったく、返り討ちを想定しない不意打ちなんて仕掛けるものじゃないね。馬鹿息子は一方的に弱者を殴ることが日常すぎて緊張感が無かったのだとしか思えない。

 とはいえわたしの立場からすればナイスアクションである。人前で先に令嬢へと手を上げたのだ、どう転んでもわたしの損にはならない構図の出来上がり。


「それでソルガンス氏の右ひじは関節が」

「誤差の範囲です」

「まあ実際、魔術で治療したので大事は無いと聞いていますが」

「誤差の範囲です」


 わたしはスピーカー、同じ言葉を繰り返すスピーカーと化す。

 この場で「少しやりすぎました」的な非を認めても何も良いことは無い。こういうのは外交と同じ、少しでも謝罪すれば付け込まれてさらなる譲歩を求められるのが世の常。どこまで白々しく、図々しく、堂々と胸を張るのが重要なのだ。

 ──それにちょっと力が入ってズラしただけ、折れたりも外れたりもしなかったのだからセーフ、セーフ判定にしていただきたい。


 最後に少々わたしやっちゃいましたか的トラブルがあったものの、わたしからの話をまとめれば「従僕が絡まれていたので助けに入ったら暴力を揮われそうになったので反撃した」以上にはならないのが現状。

 その点は伯爵家も分かっているのだろう、聞き取り調査は意外と早く終わった。


「あくまで略式の差配ですが、子爵家も大事にはしたくないでしょう。大勢の目撃者がおりますし相手方は3人、あなたはひとり。多少の行き違いがあろうと身を守るのは当然かと」

「つまり?」

「少々の諍いあれど、あくまで平和的な口論に過ぎなかったかと判断します」


 戦いは数だと誰かが言った。

 けれど数を揃えた側は「やる気満々じゃないか」との指摘を避けられなくなる。

 まして相手はか弱いレディひとり、故に騒ぎについてわたしに一方的な非がある論を形成するのは無理があるとのお墨付きである。

 ──『魔力』で肉体強化できる世界ではレディが軍隊を倒せるのだけど、それはまあ極少数の例外だ。


「とはいえ、アルリー様に置かれましては大事をお取りいただき、今回の社交界には出席せずご自愛いただけますと」


 その辺が落としどころかな、と反論せずに受け止める。

 喧嘩両成敗とは「どちらにも刑罰を下す」ことを意味する。片方に下せないならもう一方もお咎め無しになるのだ。

 イルツハブ子爵家令息のヤンチャは無かったことにされた、だから騒ぎ自体が無かった。それはそれとしてなんとなく体調を崩されたっぽいチュートル家の人はお帰りください、と。

 子爵家との関係は今後次第と目を逸らすとして、伯爵家から睨まなければまあ良しと考えておくことにしようと思う。ただパパンには事情を聞かれるのだろうな。


「分かりました。招待された身ではありましたが失礼させていただきます。伯爵様にはよろしくお伝えくださいませ」

「……ありがたく」


 突き詰めると一方的に揉め事を起こした子爵家に非があることになるが、筆頭子爵の体面を考えるとそれを避けたい。しかし騒ぎの目的者は多数、無かったことにも出来ない。

 ならこれ以上火種は、火元はこの場に置かない方がいいということである。おそらくは似た要請が子爵側にも出ていることだろう。出席の場合、好奇の目は等分、いや、わたしの方が集めるだろうか。少なくともやり込めた側として、話を聞き易い相手として。

 その可能性を無くした上で参加者にやんわりと「見なかったことにしてね?」との圧力がかかるのかもしれない。後でサリーマ様に聞いてみよう。


「というわけで帰るわよエミリー、ランディ」

「ピポ?」

「そ、それってどういう──」

「わたしは体調を崩したのでお家で療養します。そういう感じで」


 どう繕おうとも口実に過ぎないのは自明なので軽く表向きの理由を告げた。わたしは病人よー病人なのよォ。


「これは決定事項だから。エミリー、旅装に着替える準備」

「ピポポ」


 ロボットミリーは抜群な安定性で以ってわたしの要望お答えモードに切り替わり、荷物を手早くまとめ始めた。

 対照的に、この短い時間でやつれた感のあるランディは青い顔をして。


「お嬢、僕の」

「本当に申し訳ありません、ランドーラさん」


 普段の言動、普段の付き合いからして彼の生真面目さは理解していた。

 例え彼自身に何の非がなくとも、彼が遠因でわたしやパパンに迷惑をかけた。そんな風に思いつめるのは予想できたことである。

 だから深く沈みこむ前に先手必勝、機先を制して面倒な自戒の芽は摘んでおくに限る。


「……お嬢?」

「此度は我が家の人手不足が原因で、本来は使用人でないあなたの温情に甘え、ウチの窮状に巻き込んでしまいました。この不手際は如何ともしがたく」

「いや、お嬢、何言ってるんですか、悪いのは僕で」

「ひとまずは地に額をこすりつけての謝罪を、後は具体的なお詫びの方法を話し合いたく存じます」


 人目通らぬ控えスペースといえど、突然跪いたわたしにランディは慌てふためく。正座姿勢から深々と前屈、腰を曲げれば土下座フォームの完成だ。

 それはさせじと組み付いてくるランディ。地に伏せようとするわたしの肩を掴んで羽交い絞め、どうにか顔を上げさせようとしてきた。


「待って待って待って待って、お嬢待って!?」

「しかしこのままではチュートル家の令嬢たるわたしが示すお詫びを受け取って貰えず」

「分かりました! 分かりましたから、受け取りましたから!」

「言質取ったわよ」

「へ?」


 欲しかった言葉を引き出し、満足げに立ち上がって膝の汚れを払う。目の前には何がどうしたって顔で呆気に取られるランディがひとり。


「わたしが謝りたい本気をランディは受け取った、それでいいわよね?」

「え? あ、ええ、そうですね」

「そしてさっき、ランディは『僕が悪いんです』とか言いかけた」

「そ、そりゃ僕が──」

「つまりお互いが非を認めて謝罪の相殺、相討ちってことね。以上で内々の処理はおしまい、一件落着と」


 わたしの唱えた流れるような理論にランディは固まった。或いは突然の事後処理終了発言に脳が理解する範囲を超えたのかもしれない。

 ……まあ多少強引な点は認める。

 この手の詭弁、論法は第三者を入れての全員が平等に損をしたよね、との「三方一両損」がいいのだけど、間に噛ませる奉行役が居なかったのだから仕方ない。

 まさか子爵家令息を混ぜるわけにもいかないし、彼を加えると平等性を欠くだろう。公衆の面前で暴力を振るおうとして返り討たれた彼が一番損をしているから。

 損させたのはわたしだけど、今はそんなことはどうでもいい。

 この一件の後始末でわたしが納得させるべきはひとりだけである。


「迷惑かけたりかけられたり、それが友達ってもんよ。何か異論は?」

「……」


 普段はツッコミ役で、時にデクナ以上の大人びた態度を取りがちなランディが珍しく百面相をしている。青ざめた顔が赤みを帯び、何かを言いそうになり、堪え、俯き、はたまた空を仰ぎ見て。

 無茶苦茶大きなため息をついた。

 わたしの視線を憚らず、溜め込んだあれこれをも吐き出すように。


「お嬢」

「なに?」

「お嬢様っぽい言葉を使えたんですね。少し驚きました」

「今そこにツッコミ入れるの!?」

「相手のだらしなさを是正するのも友人の役目ですから」

「あんなにいい話をしたのに!?!?」

「騙されませんから」

「何を騙したの!?!?!?」

「まるで貴族のお嬢様みたいでしたし」

「多分本物よォォォォ!!!!!!」

「そこは自信持ちましょうよ」


 何かを吹っ切った笑顔で口を開いたランディに、暗い気配は残っていなかったと思う。

 色々釈然としないものの、まあそれならそれでいいかと納得することにした。

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