4-08

「──失礼、ウチの従僕が何かご無礼を?」


 気がつけば、人壁が作るリングに上がっていた。プロレスラーがマイクパフォーマンスを行うのってこういう感覚なのかな、とは後々の感想。

 この時のわたしは自身の座右の銘、第一歩は冷静にを欠いた状態で騒ぎの場に乱入していたのだ。

 まったく、脳がヒートアップした人間は何をするか分かったものではない。

 ──なお正確に関係を説明するならば「執事が付いてこれなくてエミリーだけだと不安しかないから従僕の格好でついてきてもらったバカ友」なのだけど、そこまで正直に話すつもりは無い。


 突然のワンダリングレディに4対の視線が突き刺さる。どれも成分は驚愕要素だったのだけど、何故か一番驚いていたのはランディだった。

 ホワイ?

 とりあえずの闖入者に何も声を投げてこない3人+ランディに、この時限定で短気なわたしは芸もなくメラメラと質問を繰り返す。


「ウチの、従僕が、何か、ご無礼を?」


 こちとら中身は高校生、年齢的に小学5~6年生から睨まれたって怖くもなんともないのだ──親の地位以外は。

 はたして淑女らしからぬ力強い怒りに反応してくれたのは3人組の右側に立つ男。

 名前を知らないのも不便なのでとりあえず心の中ではミギーと呼ぶことにする。名作タイトルからの引用なのだからもっと誇らしげにするべきだと思う。


「お、お前は何者だ!?」

「これは失礼を。チュートル家のアルリーと申します。お見知りおきを」


 慌てず騒がず訓練で培った動作、カーテシーをズバッと決めて答える。大人には通じない社交レベルでも子供には割と特攻だ。完璧儀礼にミギーがフリーズを起こしたように黙り込み、己の不明を恥じたのか赤面した。余程度肝を抜かれたと見える。


「そ、そのチュートル家の令嬢がどうしたってんだ、何をしにきたんだ、君!?」


 今度は左側の男が声を上げた、仮にヒダリーと呼ぶ。なんとなく小説家を閉じ込めるストーカーを連想するけどあれタイトルはストーカーの名前じゃないんだよね、風評被害で可哀相。


「ですから、ウチの従僕と申しました。それ以上の説明がお要りですか?」

「そ、そんな馬鹿な。その男はここの庭師でだな、君」

「彼が身に着けた衣装の家紋は我がチュートル家のものです。それでもお疑いを?」

「いや、しかし、まさかそんなはずは」


 庭師。

 意外な言葉が出てきた。確かに彼は去年まで伯家別邸で庭師の仕事をしていたけれど、今はそれらしき格好はしていない。子供用の執事服、従僕の正装をまとっているのだ。

 彼を見て「リンドゥーナ人だ!」と思う者は居ても「庭師だ!」と指摘する者は居ないだろう、以前の彼を知る者以外は。

 成程、つまり。


「以前からウチの従僕をご存知でしたか」

「ッ!?」


 不快な音がもたらす古い記憶が一本の糸を手繰り寄せる。

 真ん中の少年、頭ひとつ分が低い彼の甲高い声はどこかで聞き覚えがあった気がしていたのだけど、記憶の海からようやく釣り上げることが出来た。

 記憶のファイル名は体育館裏、釣り上げた魚の名前は不愉快。


(ああ、彼らは多分、去年のデビュタントでランディを虐めてた連中だわ)


 結果的にわたしのアホ友達を増やしてくれた出来事、だからといって感謝する気にはなれない一件だ。

 1年経過しても変わらぬ声、声変わりの時期には個人差があるにせよ、あれが今後の人生を通して彼の地声になるのかもしれない点は少々同情する。社交性を磨くには威厳が不足するだろうから。


「それで、我が家の従僕を何故どうして見知りおきを?」

「ま、まさかそんなことは」

「以前から、伯爵家の庭師で居た頃からこのような行いをしていたからでしょうか」


 絡み、嫌味や罵声をぶつけ、時には暴力を振るう。

 そのような振る舞いを恒常化させていたのか、下手な誤魔化しに移られる前に推論を畳み掛けぶつけてみた。

 話しているうちに考えがまとまる、そういった事例は珍しくない。立て板に水が如く、口にした論旨が頭の中で別の流れと繋がり新たな推論を形にした。

 これも磨いた『知力』の影響だろうか、理屈はどうでもいいのだけど。


「あなた方、伯爵家の別邸に足を運ぶ度に、彼を虐待していたのですね? それで今回も」

「い、言い掛かりだ! なんて無礼な!!」


 言い訳もさることながら、癇に障る質の高い声が耳に反響して不愉快さを増す。

 急に興奮しだした真ん中の少年はとりあえずキタローと名付けておこうか。いや、これは呼びかけられる側であって甲高い声を出す方ではなかったっけ。


「お、お前、この無礼者! この僕君ぼくくんを誰だと思ってるんだ!?」

「さあ、どこのどちら様でしょう?」


 こっちは早々に名乗ったんだから早く名乗ってくれるといいのに。脳内でおかしな愛称が本名を上書きしかねないし、はたして彼の本名は如何なるものか。


「僕君はイルツハブ子爵の嫡子、ソルガンス様だぞ!」


 へえ、そうでガンスか──と相槌打たなかった自制心は褒められてもいいと思う。

 しかしイルツハブ子爵か、周囲が腫れ物のように扱う理由が分かった。


 ピラミッド構造の貴族社会。

 大公家のような強権を持つお家を例外にすれば、公爵以下の貴族はひとつ下の爵位を有する家を幾つか率いた当主格となっている。

 子爵家は男爵家を複数従え、伯爵家は子爵家を複数従えている、というように。

 セトライト伯爵家も複数の子爵家を麾下きかに治めている状態だ。デクナのリブラリン子爵家、サリーマ様のペインテル子爵家。

 そして子爵家の中で筆頭扱いなのが第1等級のイルツハブ子爵家。

 つまりもっとも伯爵家に近いお家。給仕たちが遠巻きにして何も咎めないわけである。


 ──まあそれはいいや。

 今のわたしにはたいして重要なことではない。

 わたしがここで解くべきことはひとつ。


「ランディ、あなたが無礼を働いたの?」

「……はい、お嬢様、僕が」

「ランディ」


 激した子爵令息を無視し、視線を泳がせる友の虚言を遮り、彼の前に立つ。

 怪訝そうな彼の顔を両手で挟み、前を向かせる。目を合わさせる。


「ランディ、わたしの目を見て答えなさい。その上の発言ならあなたのどんな言葉でも信じましょう」


 相手の目を見て話す、当たり前の礼儀である。

 礼を欠き、時には令嬢に向かって皮肉すら口に出来る彼らしからぬ挙動にわたしは信を置けない。そのまま受け取ってあげるほど、わたしは人が良くない。騙すつもりなら真剣に騙してもらいたいものだし。

 それが出来ないのなら嘘などつかない方がいいのだ。


「もう一度だけ聞きます。あなたは彼らに粗相を働き、召し物を汚す不手際を行ったのですか?」


 繰り返しの質問に、ランディは諦めたような、呆れたような、そして笑いを堪えたような顔をして。


「……いえ、お嬢。彼らが意図的にぶつかってきたのです」

「うん、それでこそランディだわ。わたしはあなたの言葉を信じましょう──ということです。言い掛かりはやめていただきたいのですが?」


 振り返った先にはトマトが成っていた。

 もとい、トマトのように赤く実った少年が立っていた。

 どうしてそこまで赤く熟しているのだろう、収穫時期を誤ったのかしら。


 ──正直なところ、ランディから「自分は悪くない」との言葉を引き出せたことで気が抜けていたのだと思う。

 濡れ衣を着せた側からすれば、自分達の振る舞いに疑義を向けられること事態が不満の塊であろうに。それも下に見た相手、格下の女に正面から否定されるなど屈辱以外の何者でもなかったんだと、後から想像はついた。


 そう、後から。

 気の抜けたわたしはリアルタイムで警戒しなかったからこそ、後の悲劇に繋がるのである。


「なッ……生意気なんだよお前はぁ!!」


 どこまでも逆らい、彼の言葉を信じず、権威の前に平伏しないわたしの態度へ癇癪を起こしたのか、ソルガンスは手を振り上げた。


 平手打ち。

 貴族社会でもっとも分かり易い、相手を侮辱する行為。

 他人の顔を叩く、一般社会でも実際の痛み以上に相手を傷つけ怒らせる行為であるが、貴族社会のそれは比較にならない。

 公衆の面前で相手の顔を叩く──顔を潰すとの慣用句があるが、名誉と体面を重んじる貴族にはこれ以上が無い侮蔑。


 或いは他人を日常的に叩いていた疑いのあるソルガンス少年がそこまで意識していたかは定かでない。

 反射的に手が伸びた、手を出した。その可能性も否定できない。

 でも、どうして、何故。

 よりによって、不意打ちなんて仕掛けて来たのか。


「ッ!」


 だって、わたしはクルハという友人がいるのに。

 出会い頭に鍔迫り合いをするだけでなく、お互いの家に泊りがけなどすれば夜襲朝駆けを平然と仕掛けてくるバトルマニアがいるのだから。

 不意打ちなんてされたら。


 日常的に、反撃してしまうのに。


 気が抜けて自然体でいたため、頬へと伸びてきた平手を当たり前に掴んでいた。

 意識が追いつく前に掴んだ腕を引っ張り、ソルガンス少年の体勢を前に崩させ無防備を晒させて。

 あれ? と冷静さを取り戻すよりも早く彼の腕を脇に挟み、自分の腕を絡めつけて。


 ──


 ロミロマ2では『武力』ステータスが上がれば剣も槍も弓も、無手技だって技術が身に付き、『巧力』ステータスで技に磨きがかかるのだ。

 きっとゲームならではの処理の簡略化だね。


「アアアアァァァァン!!」

「なんで?」


 アームロックで勝手に苦しんでいるソルガンス少年に投げた問いに悪気は無い。

 むしろ本気だった、彼はどうして抗いもせず捕まって腕を極められてるのか。いや、どうしてわたしの関節技を食らうことになってるのか。

 赤子の癇癪にも似た鳴き声轟く中でわたしはただ困惑する。


「あの、なんでこんなことに──」

「お、お嬢!」


 流れ作業に茫然と、呆気にとられた群集から一番早く反応してくれたのは、ある意味日常的な光景を目の当たりにしたランディだった。

 手を上げた子爵令息を返り討ちにした令嬢に対し、彼は従僕らしい立場から目の前の惨劇にストップをかける。


「お嬢、それ以上いけない!」

「ブフッ!?」


 何かどこかで聞いたようなフレーズに噴き出した。

 これもライターか、ゲームのシナリオライターが仕込んだテキストなのか。有名フレーズを入れれば良いってものでは


 コキリ。

「アンギェェェェェェェェェェ!!!」

「あ」


 笑いによって身じろいだわたしの腕の中、何かが軋んだ音がして。

 友人を庇っての舌戦は、何故か朝のニワトリよりもうるさい悲鳴が鼓膜を叩いて終わりを告げた。

 いや、折れてはないはずよ、うん。外れたかもしれないけど。

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