3-11

 冬の寒い中、望まぬ旅を経てたどり着いた子爵家主催の社交場。

 ようやくといって良いのか、それなりの実入りを得ることが出来た。


「あらまあ、そうですの? ティーガン製のティーカップは白磁にしては軽さが──」

「ええ、それは製法に秘訣があるのですわ! 確か特殊な粉を……」

「まあ、エディール様は博識ですのね」

「そんな、先ほどラムデン様が口にされた神話と宝石にまつわる話に比べたら」

「いやっはっは、たまたま領地の鉱石場と関係があったので知り得ただけさ」


 見知らぬ顔に混ざって談笑、コミュニケーション能力が問われる環境。

 どこの誰とも知れぬ貴族の令息令嬢に混ざり、会話を為せる社交性スキルの威力を思う存分発揮する。言葉の端々に登場する名前をチェック、凡その貴族リストを脳内で作成していく作業は思ったより簡単ではなく。

 それでも実りある作業なのだ。


「まあ、あなたがチュートル男爵領のご令嬢でしたの?」

「わたしの名前をご存知でいてくださったのですか、メイベロ様」

「ええ勿論! 友人のキャスパがあなたの事を色々話してくださいましたの!」

「キャスパ様、フォリード騎士侯の方でしたわね?」

「ええ、ええ! 彼女はあなたの手紙をいつも楽しみにしてるって!」


 人の口に戸は立てられないの如く。

 友人の友人は皆友人の法則通りにわたしの知らない誰かがわたしを知ってくれる状態が進んでいるようで、上品な笑顔を売りながら心の中ではほくそ笑む。

 社交界という場において、知名度がある事実は有利に働く──それが悪名でなければ、だけど。


 通信技術が抑制された世界、こと真新しい話題となると身近な知人よりもたらされる情報がほとんどとなる。

 公的な情報媒体、例えばテレビやラジオは存在せず、新聞はあるにはあるが、現代ほど多種多様な出版には至らず娯楽を欠いた公報のような形で世に出回っている。

 そうなれば社交場こそが大きな井戸端会議、住まう町村よりも遠方の身近ならざる話題を有した他人と交歓に励むのは当然の流れだろう。


 そして今、眼前で興奮しているメイベロ様のように。

 あちこちと手紙のやり取りをしている筆まめの情報通が居ると知ればご覧の通りである。


「ではアルリー様、私からもお手紙差し上げても?」

「勿論ですわメイベロ様、文通ともどもよろしくお願い致します」


 遠路はるばるを代償に幾つかの実り、幾人かの知己を手に入れた。

 チュートル領からは離れたペインテル子爵に接する関係者で直接の付き合いは難しい子ばかりなのが難点だけど、こればかりは高望み。

 学年を共にする『学園編』への布石だと割り切って納得しておくことにした。


「また手紙書く量が増えちゃうのがあれだけど手間は惜しむまい」

「お嬢様、そろそろ子爵のご挨拶が始まる模様にございます」

「うん、分かった」


 飲み物片手に一息入れていたところに敏腕執事の小声に了解を入れる。

 パーティ定番の流れなら主催者スピーチの後、会場に降りての関係者挨拶回り。この時は概ね子供同伴の行動となるのでサリーマ様に自由時間は無い。

 そう考えれば、挨拶回りが終わった後に。


(わたしを呼び出した用件が告げられると考えた方がいいわよね)


 壇上に上がる少し太り気味なダンディに目を向けつつ、心の中ではこの先訪れる謎イベントへの警戒感が先立っていた。


『本日は我がペインテル家主催の社交場に足をお運びいただき──』


 足を運ばされたのだけど、と微妙な感情を抱きつつ、果たしてわたしを待ち受けるのは幸運を招く出来事か不幸をいざなう災厄か。

 ──全く見当がつかないというのも恐ろしいものである。


******


「それでは皆さん、楽しんでいってください」


 思ったよりも短い時間で締められた子爵のスピーチは終わり、会場内には軽快な演奏が鳴り響き始める。上級貴族なら本物の演者を呼んでの生演奏となるかもしれないシチュエーションだけど、流石にこれは魔導蓄音機による再生音だろう。

 華やかな音楽に心浮き立つ人々の中を主催者一同が歩き回る。

 先頭を歩くのが先ほどのスピーチ主、ペインテル子爵ゼットナー。名前のいかめしさに合わない小太りダンディである。

 一歩後ろの奥方とご子息、そして娘のサリーマ様が続く。


 少し進んでは立ち止まり、少し進んではにこやかに会話を交わし。

 こうして遠めに見る分にはサリーマ様のご両親に居丈高さは見られない。招待客に対する態度も穏やかで、我らが主催者だ控えるだべェ~と横柄な振る舞いをする様子もなかった。

 偉ぶる人は長話をしがちになるスピーチも要点をまとめた短いものだったし、子爵の人品は極めて良識に溢れているようである、少なくとも表面上は。


(中身を見極められる程、わたしに人を見る目が備わってると思えないし)


 そう、例えば元気溌剌で表裏の無い良い子だと思った少女が、まずは一本目と剣闘を挑んでくる心に修羅を秘めた戦士だと見抜けなかったように。

 無理を言うな、人間には限界があるんです。


「おや、こちらはお嬢さんおひとりかな?」

「お初にお目にかかります、子爵様。チュートル男爵ダンケルの娘、アルリーと申します」


 丁寧に挨拶行脚していた子爵の目は、わたしのような子供ひとりにも向けられたようだ。落ち着いて返礼のカーテシーを決める。

 顔を上げた視線の先には微笑ましげに頷く子爵と、その後ろで顔を輝かせたサリーマ様が映り込む。様子を見る限り、わたしに投げかける悪意は無いようだけど、さて。


「なるほど、君が例の男爵令嬢なんだね」

「例の、と申されますと?」

「娘に是非招待をとせがまれたんだ、我が侭を言わないサリーマにしては珍しい事でね」

「お父様?」

「ほっほっほ、寒い所だろうけど歓迎するよ。楽しんでいってくれたまえ」

「はい、子爵様」


 前哨戦は大過なく終わったと言っても良いだろう。

 子爵様が親も連れていない子供の参加者にお声がけしてくるとは思わなかったけれど、不意打ちを上手く捌いた報酬、事前情報の収穫はあった。

 此度の招待はサリーマ様主導で、子爵は娘の珍しい頼みを聞き入れて一筆したためたに過ぎないらしいことの裏づけが取れたのだ。


(となると、やはり注意すべきはサリーマ様の真意)


 良く捉えれば緊急の用向き、悪く捉えれば一刻も早くケリをつけようとの強い意志を感じる遠方からの公式文書を伴った招聘。

 あの子爵一行が示した笑顔の中に毒が混じっているとは思えなかったのだけど、世の中で物事を急ぐのは良い時よりも悪い事象の始末をつけるべき時の方が圧倒的に多いのだ。


「お嬢、あちらに令嬢たちの集まりが出来てます」

「ありがと、ランディ」


 判断に迷うわたしが物思いに耽る間も急造従僕は役割を果たしてくれていたらしい。ひとまずサリーマ様のことは忘れて再び歓談の場に溶け込もうとして時。

 トテテテと可愛らしい擬音がつきそうな足取りでサリーマ様がわたしの元に駆けて来た。

 すわ何事か、顔は笑顔で、胸中穏やかざる心境で向かい合う謎に対面する。

 わたしの心中を余所に、子爵令嬢は小声で


「アルリー様、あとで人をやりますので今暫く」

「分かりました、お待ちしております」


 この後の予定を空けるよう念押しされた。

 首を洗って沙汰を待つ、いやこれだと獄門必至になってしまうね。


(サリーマ様、彼女の目的は何か。そしてわたしはそれを乗り切れるのか)


 心の中で深呼吸。慌てない慌てない、第一歩は冷静に踏み出すものなのだ。

 しかし、まあ。

 罪人が落ち着いて罪を認めずしらばっくれても、遠山の金さんは肌蹴た刺青姿でお前の意見なんか知らんと断罪してくるんだけどさ。

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