3-04
「うーん、甘酸っぱい」
ひとまずの交信──イジメ撃退の初回と伯爵邸庭先の2度目を経てのサードコンタクトを終え、わたしは手に入れたザクロを一粒一粒味わいながら少年との会話を試むことにした。
天からの恵み、自然から得た獲物とは誰かと分かつもの。愚かな兄のようになってはいけない精神で遠慮する少年にザクロの半分を押し付け、暫し令嬢のお話相手になりなさいヲホホホとの買収工作を経て木々の手入れ作業中の彼との雑談を楽しんでいた。
伯爵家別邸は馬車で数時間の距離と遠くもないが、わざわざ国境沿いのチュートル男爵領に足を伸ばすほど近くもない。
土地の発展ぶりに大きな差こそないものの、隣国との小競り合いは有り得る土地柄。伯爵家に抱えられた庭師の身ならば用事がなければ好んで訪ねる理由は無いはずなのだ。
「それで、どうして君はここに?」
「簡単に言えば仕事が無くなったので親方ともどもこちらを紹介されました」
「うん?」
「伯爵様の処は別邸でしたから、普段はそんなに手入れの人数が要らないらしいんです」
「なるほどォ」
伯爵といえど属性は下級貴族。
普段使わない場所に振り分けられる予算にも限りはあろう、そういうものかもしれないと納得の一言である。
特に前回の社交界には謎の姫将軍襲来イベントがあったのだ、伯爵としても気合を入れて見栄を張ったのは想像がついた。
「こっちはまあ庭の手入れ必須だからねェ、飾り立てる意味じゃなくて」
「それでまさか勧められた先であの時のお嬢様に出会うとは思いませんでした」
「そりゃあこっちの台詞だわよ」
かんらかんらと良い顔で笑う少年。
背景事情にはリンドゥーナ人なんだから国境沿いに行け、なんなら国に帰れとの偏見も潜んでそうだけど、本人にそれを気にした暗さは無い。
ついでに貴族を相手にした平民に見られる固さも無い。話し易いからいいんだけど何故か釈然としないものも感じる乙女心。
「ちなみに、ご家族さんは?」
「母がひとり。こちらには僕が単身稼ぎに出てる形ですね」
「そっかー、お母さん大好きかァ」
「僕そんなこと言いましたかね!?」
表情を観察すれば分かるのだ。社交スキルを甘く見てはいけない。
ちょっとした仕草や目の動き、表層筋の緊張具合で心の動きを探る、これもまた社交に必要な技術といえる。偉い人への追従やおべっかにも使えるぞ!
真っ先に社交性を鍛えたわたしの実力は海千山千の大人やセバスティングには通用しないが、同世代の少年少女になら充分使えるステータス値に達しているのだ。
そこから読み取れた、家族の事を語った際のお母さん大好きオーラ、そしてどこか何かを諦めてるオーラ。
明るさの中にある僅かな陰り──語られない片親に関することかもしれない部分──しかしそこには気付かないフリをしておく。
「ウチは母親が亡くなってるから、優しいママンに憧れる部分はあるなァ」
「ああ、それは……」
「物心つく前の話だから気にしないで」
嘘はついていない。
この世界、このゲーム上でも母とは死別した設定ではあるけど、今の話は高校生・神村優子の話。
幼い頃に両親を喪ったわたしは兄と共に祖父母に育てられた。愛情を一杯に受けてはいたけれど、それでも両親というものに会って見たい気持ちはあった。
漠然としたものだけど、心のどこかに。
「ちなみに実家はどこに?」
「モノレフトです」
「ああ、セトライト伯爵領のこっち寄りよね。割と近くない?」
「そうですね、だからこちらを紹介してくださったのかと」
頭の中に地図を開いて確認する。
隣国との国境沿いに下級貴族でも下の下を集めた防衛ゾーン第1層があるとすれば、モノレフトの町は第1層と第2層の中にある中継点。
国境最前線ほどでないにせよ近く、そして隣国との人や物の往来もそれなりの地点となる。深くは突っ込む気はないけれど、彼の生まれもそういった環境によるものだろうと納得できた。
「とはいえ、伯爵領に比べるとお給金少ないでしょ」
「いただけないよりはずっとマシですから」
「正直ィ」
わざとらしく顔をしかめたわたしに満面の笑顔を返す少年。
どこの領地もそうだけど、無駄に贅沢したり不作で収穫が破綻したりしない限りは領地内に充分な租税は確保できる。それでもまず国庫に収める分がゴッソリ取られ、軍備の維持にまたお金がかかる。
この辺は『戦争編』で自陣の運営に関わる要素として体験済みだった。
さらに余計な出費、例えば戦争準備や出陣を行うと途端に苦しくなるのだけど、隣国に接する辺境ほど軍備の重要性に予算を割り振っているので国境沿いの貴族領主はあんまり裕福ではない。
いざ戦争状態になってから軍備を整えるなど不可能なのだ。それで何度『公爵ルート』をやり直したことか。
平時から有事に備えておく、これが如何に大事かをわたしはロミロマ2で学んだのだ。
──以上のことを簡単にまとめると「軍事費以外の予算はあんまりないから他のことに沢山お金使えないよォ!」となる。
さぞかし庭師一同を雇う雇わないにも激しい賃金設定の争いがあっただろうことは想像に難くない。専門職を雇うには地元農民よりお金がかかるのは当然だろうから。
それでも、まあ、値切ったんだろうなって。実に申し訳ない。
「結局、他領の仕事を口利きしていただく形でまとまったって聞きました」
「じゃあこっちは期限切っての仕事ってことになるのかな?」
「親方の話だと1年前後って聞いてます」
「なるほどォ」
会話の隙間を突いて鐘が鳴る。
屋敷の方から聞こえるそれは、わたしの休憩時間が終わったことを示す鐘。
自ら望み、将来に備えて鍛えることを決めたわたしの生活リズムを教える鐘の音だ。
「おっと、そろそろ勉強の時間だわ」
「お嬢様も進んで勉強なんてするんですね」
「フフフ、わたしには大望があるからね」
「……体毛?」
「お前を殺す」
言い回しを気取った報いか、世が世なら無礼討ちになりかねない聞き返しに殺意を向けつつ足先は屋敷に向ける。最後のを除けばのんびり雑談に興じる事が出来て気分はいい。リラックスは後の作業効率を良くするのだ。
たとえこの後に執事地獄が待っていようとも。
「それじゃあ──」と言いかけて舌が固まる。
ここまで中身のない雑談を続けながら、まだ彼の名前を知らない事に今更気付いたのだ。かといって今更気取った名乗りをするのもどうか。
数瞬悩んだ後、
「それじゃあ1年ほどよしなに。わッたくしはアルリー・チュートル。この家でお貴族令嬢をやっておりますわ」
「ご丁寧にどうも。僕はランドーラ、見ての通り庭師見習いです。今後ともよろしくお願いしますね、お嬢様」
お互いに白々しく畏まって挨拶し、同時に爆笑した。
散々バカ話をした後で自己紹介というのも実に馬鹿馬鹿しい。それでも手紙上でのやり取りとはいえ、実に形式格式ばった貴族付き合いに少々疲れていたところに彼のような話し相手は実に貴重な存在だった。
僅か1年とはいえ、中身のレベルにあった雑談が出来る知己を得たのは幸運というべきだろう。
クルハ、デクナに続いて3人目の肩が凝らない相手とめぐりあい庭。
わたしをこの世界に転生させた誰か、この配慮には感謝感謝。
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