3-03
男爵家の庭。
イメージする貴族の庭といえばガラスの温室に色とりどりの花咲き乱れ、庭木の全てが薔薇で出来ているかのような優雅な光景を想像するだろう。
おそらく王都近郊に住まう上流貴族の庭はそんな感じかもしれない。
しかし我が家は『上がり盾』で国境沿いの辺境地。優雅さよりも実利を重んじた結果。
非常時に備えて生命力に満ちた食べられる野草や木の実成る樹木を植え、広く取った敷地で野菜や穀物を育てている。
実にビバ農家。
この光景は我が家に限らずストラング家も同じだったから、おそらく他の国境沿いでも見られる地方特有の敷地運用法なのだと思う。
いざ戦時、避難民を抱え込んだ時の一助とする運用法。壁内に立てこもり、本国の援軍が到着するまでを凌ぐ持久戦の構えを敷ける体制。
「……なんて格好つけても見た目はただの田舎風景なんだけどさ」
ほとんど庭が大農場な結果、手入れに必要な人材も専門の庭師より地元の農民が多くを担っている。農閑期で手隙な民草を日雇いで回しているのが現状で、やはり風雅さとは縁のない邸内にも慣れ親しみつつあった。
それに、手を伸ばせば食せる自然の恵みがすぐそこにある環境は決して悪くない。
「現実でみかん狩りやイチゴ狩りが人気だったのも分かる」
取れたては鮮度が異なる、第三者視点であればそういった表現で納得も出来る一事。
しかし実際にやってみると不思議な充実感が味よりも先にやってくるのだ。魚釣りは釣った魚を食べるよりも釣り上げる事象こそを娯楽としているのに近い感触。
貴族が命の危険を顧みず、趣味で山野を駆け巡り、動物狩りに繰り出していたのもこれが理由──というのは大袈裟か。
「決して食い意地が張ってるわけではない、はず」
午後の散策、各種訓練に根を詰めずインターバルを置くための休憩時間。
もっぱらわたしの楽しみは、その場ですぐ食べられる果実の収集である。
凝ったデザートも美味しいが、買い食いに近い感覚でパクリと口に出来る果物の味もまた旨し。季節によっては生のまま食べられない木の実も多いので、中々に隙を見て堪能するのも難しい楽しみなのだ。
「果樹園ゾーンで今日のお勧めは、と……」
秋の気配が豊かな実りを与える頃、木々が果実に栄養を蓄え終わる時期。
やや力を失った差しに反してつやつやと光沢を照らし返すのは美味しさと正比例させる食べ物たち。
今日のわたしが選ぶのは、半ば硬い皮に透き通った赤色の実態を隠した逸品。
「ザクロ!」
果汁たっぷりの宝石たちを守る分厚い皮がひび割れ、一部を露出させた食べごろを探す。容易く手に入らない品こそ得た時の喜びが大きいのは転生前にも体感している。
例えばロミロマ2とか。
(ルートクリア毎の興奮は本物だったよ……別ルート開始でまた頭を冷やされるんだけど)
一瞬下がるテンションを振り払い、獲物を探し続けること暫し。
ついに食するに値する珠玉の一品を目視した。
「見つけた、今日の宝石箱……ッ!」
どこかの料理評論家のお言葉を拝借する。
視線の先にあるのは迸る果汁を蓄えた粒々を割れた皮から覗かせた自然食品。
ザクロには良い思い出がある。
祖父母の住んでいた田舎の山には多種多様な自然の恵みが生えていて、ザクロもそのひとつ。
あまり背の高い木でもないそれに登り、手ずから回収した木の実をムッシャムッシャと味わった小学生の頃。妹を裏切り、ひとり独占を狙って皮ごと食べまくった兄が腹痛を起こし、あとで中毒症状だったと知ったのもいい思い出だ。
「君は実に良い兄だったが、君の食い意地がいけないのだよ」
──当時は笑い話で済んだ、後に食べ過ぎると本気で命に関わっていたと知った紙一重なエピソードだけど、兄はあれ以来ザクロ収奪戦線からは一方的に撤退を表明、アケビにご執心になったのでザクロはわたしの占有物となった。ああ、ああ、実にいい思い出である。
見上げる高さの枝にキラキラと自己主張する果物は眼下の捕食者を挑発する。はたして貴様の手がここまで届くかな? と。
かくいうわたしの装備は多少軽めの衣装とばいえ、一応はドレスに該当する召し物だ。動きにくいというか木登りに適さないのは間違いない。絶対に枝とかが引っ掛かる。
「……果たしてノーミスで登れるかしら?」
「ザクロがお入用ですか?」
「うん、その場でもぎ取って食べるのはデザートで出されるのとは違ってまた格別な思い出調味料が合わさって」
突然の呼びかけに答えてから振り返る。
屋敷の中は別として、半ば農場と化している庭内は多くの人々が出入りしている。なので誰かが果樹園の世話に現れても驚きはしないのだけど。
「……あれ?」
そこに居たのは肩にハシゴをかけ、手には道具箱、無地の作業着を着こなした少年がひとり。
褐色肌に青黒い髪をした、リンドゥーナ人の身体的特徴を持った少年が佇んでいた。
十代前半に見られる、あどけなさと逞しさが同居した顔つきをした──なんだか見覚えのある少年な気がした。
(……いやいや、まさかまさか、現実味のない)
肌色は隣国リンドゥーナの人間には珍しくない特徴。仮想敵国ではあるもののお互いの行き来が盛んな国境沿いにはリンドゥーナの出身者や片親先祖がリンドゥーナ人な住民も沢山居るのだ。
その程度の類似点で、伯爵家で見かけた少年と同一視するなどサブカル脳ゲーム脳にも程がある。ここはひとつ反省せねばなるまい。
「……」
ほら見た事か、少年も訝しげな顔でわたしを見ているではないか。
突然こちらが黙り込んで凝視したから驚いたのだろう、なんでもないと怪訝さを打ち消そうとしたわたしに向かって。
少年は綺麗な一礼をしてみせた。
──半年前、伯爵家の庭先で示した優雅な態度と変わらぬ姿勢で。
「………………」
困惑のわたしに取れるべき対応は限られていた。
まずは落ち着くこと、第一歩は冷静に行動すべきとの指針。
慌てず騒がず、貴族令嬢アルリー・チュートルらしい返礼をすべきとの演算結果を受けての反射行動とは。
サムズアップ。
わたしもまた半年前に則った返礼を、親指立ててのグッジョブを送って寄越すと。
少年はニヤリと不敵な笑みをして返し、すぐに相好を崩して屈託のない笑顔を見せたのであった。
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