3-02
中庭とは花を愛でる場に非ず、概ね修練場。
他の貴族家庭がどうかは知らないけれど、ウチとストラング家においてはそんな扱いである。
昨日はダンス、今日は剣術の訓練、明日は食用植物の手入れと3ステップが美しい。
「はぬらァ!」
「お甘い」
中庭で繰り広げられるのは竹刀VS竹尺の戦い、戦闘訓練である。
ロミロマ2では『武力』ステータスも重要な位置を占めている。『戦争編』は当然のこと、『学園編』でも武術訓練や武道大会、特殊イベントなど『魔力』同様多岐に渡って使用される。
それにクルハという修羅道に染まった友人が出来て以降、顔を合わす度に手合わせする羽目になるのでステータスアップは二重に有益として地道に鍛えていた。
相手がこの世界での初めての友人だからとて、負けるのは悔しいのだ。
「ふるるる、はァ!」
「まだまだ」
フェイントかけたわたしの一撃は有能執事に軽くいなされる。左右にステップを散らした連続攻撃だったはずなのに、竹刀の軌道が全て見切られたかのように。
力いっぱいぶつけたはずの竹刀が片手の竹尺捌きで振り払われる。子供と大人の差があるにせよ楽々に処理されるのは納得いかない。
「お嬢様のステップはこのセバスティングが全てお教えしたもの。先読みできるなど当然でございましょう?」
「ぬううッ、確かに」
「技術に優れた者を相手取るならば、小手先の技術に頼るよりも正面から打ちかかることをお勧めします。相手が己に勝る技量であれば尚の事」
古人曰く「柔よく剛を制す、剛よく柔を断つ」。
前半部分のみが有名な一文だけど、要するに「相手の得意分野で戦うな」という意味だ。剛柔どちらが優れているかを評した言葉ではない。
ただ今は対戦相手に力も技も負けているんだけど、そんな場合はどうすれば。
「勿論手を増やす、切り札を数多く持つのも重要でございますが、まずは基本を伸ばすべきかと存じます。お嬢様の武威はまだまだそこに到達しておりませぬ」
「うん……」
素直に頷く。
思い起こせば『ロミロマ2』のヒロインもそんな感じだった。基本の『武力』ステータスを上げることであらゆる物理攻撃力がパワーアップしていた。
剣でも槍でも弓でも、投石器でも。
「いや投石器おかしくない?」と思ったけど威力は上がっていた。
さらには特殊イベントで得ることの出来るマジックアイテム、魔剣や魔鎧などの『加護武装』や第2部で登場した攻城兵器でも攻撃力が上がっていたから分かり易い処理だなァと逆に感心した思い出。
名無し武将でなくネームド、名前ありキャラ同士の戦いになると他のステータス、『巧力』『速力』『体力』も関わって来るのだけどまずは『武力』が根っこにあるのは変わらない。
「でも基本って言われると逆にどう上げるのが効率いいのか分かり辛いんだけど」
「ひたすら素振りですな」
「そうなるかァ」
槍ならば突き、弓ならば射かけ。
武器にとって一番単純な使い方こそ基本である。無心になって扱える、呼吸するようにごく自然な動作として扱えるようになるのが目標だとは言うけれど。
悟りを開くが如き目安は漠然としすぎていると思う。ボタン連打でもレベルの上がるゲーム世界としても、ボタンぽちぽち状態は退屈で気が滅入る。
「とはいえただ素振りだけでは味気ないでしょう。故にこのセバスティングめが少々手本をば」
言うと同時に凄腕執事の構えが変わる。普段はフェンシングっぽい構えでひたすら守りの隙を突くスタイルから、今はわたしが竹刀で素振りをやっている普通の構え、剣先を相手の目に向ける「正眼の構え」とかいう自然体の構えを保つ。
「ではお嬢様、この構えからお嬢様のあらゆる攻撃を跳ね返してみせましょう」
「ほう、抜かしたな剣豪執事。出来るものならやってみせて頂戴!」
セバスティングの宣言は事実となった。
******
太陽が空の真ん中に差し掛かる頃、全身汗まみれになった令嬢を気遣うように。
「今日の訓練はここまでに致しましょう。詰め込んで上達するものでもありませんからな」
「りょ、りょうかーい……」
どこまでも涼やかな執事の言葉に反論できる気力は無い。
普通に、ただ普通に構えたセバスティングに対して仕掛けたあらゆる斬り結び。上下左右斜め突き、本当にあらゆる斬撃が正眼構えの竹尺に通用しなかった。
何をどう工夫してもわたしの竹刀がセバスティングに届くよりも前に、執事の竹尺がわたしを打ち据えているのだからどうしようもなかった。防戦に回らせることすら出来なかった、どんなタイミングで仕掛けても全て先んじられての一太刀で迎え撃たれて勝負有り状態にされたのだ。
これは凹むとなと言われても無理というものである。
「敵よりも早く踏み込み、正確に空いた部分を見切り、迅く切り込む。後の先の心得ひとつで相手の行動を無効化するのは可能ということでございます」
「簡単に言ってるけど絶対難しい奴ゥ……」
「今のお嬢様にこれをやれとは申しません。ただ単純な構えでもこれくらい出来ると思えばひとつの目安になるのでは、と」
転生から既に1年以上、各種ステータスもそこそこ伸びているのに、この敏腕老紳士には何ひとつ勝てない状態が続いている。
戦闘に限らない、あらゆる事が、である。
(確かに、フィクションの執事ってだいたい万能選手だけどさァ)
あくまで体感だけど、物語上の執事は主人よりも有能である事が多いように思う。
指を鳴らせばどこからともなく現われ、指示を受ければテレポートの如き俊敏さで姿を消す。無理難題のリクエストに否はなく、主人の命令を短時間んでパーフェクトにこなす。
うん、絶対主人よりも優秀だろうと。
ロミロマ2では攻略対象キャラやライバルヒロインにも例外なく世話役や執事が付き従っていた。彼らは主人のリクエストに不満顔ひとつする事なく完璧に応じていたからこの世界標準で執事キャラは例外なく有能なのだろう。
──世界中の執事が手を組めば世界征服できそう、割と簡単に。
「お嬢様、既に湯浴みの準備は整えてございます」
「……ありがと」
わたしが息を整えていた間、既にひと仕事を終えているという。
もはやぐうの音を出して悔しがるのも無駄に思ったのでちゃっちゃと身を綺麗にすることにしたのだった。
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