第92話 白将軍の心 ①
部屋の扉が小気味良い音を立てた。
ちょうど戦支度を終えたところだったカイトは、響いたノックの音に生返事を送る。
「カイト、いるか?」
クディカの声だ。ひとときヘイスと顔を見合わせる。彼女がこの部屋を訪れるのは珍しい。
「将軍、どうぞ。お入りください」
「ああ。ヘイスもいたか」
カイトに代わってヘイスが扉を開き、来客を招き入れる。
平服姿のクディカは、一通り部屋を見渡してからカイトに視線を戻した。
「準備の方はどうだ?」
「ちょうど今終わったところです。いつでも出発できますよ」
「それはいい。夜までゆっくりできるな」
長い金髪をさらりとかき上げる仕草に、カイトはどきりとした。
鎧兜を身に着けていないクディカは、一見将軍には見えない。どこぞの貴婦人とでも言われた方がまだ納得できる。だが、今のカイトにはすこしだけわかることがある。彼女が秘める騎士としての貫禄と将軍としての矜持。美貌に隠された鋼の精神と、強靭な意志を。
それはただ容姿によらず、人間を見抜く力が備わってきたことを意味しているのかもしれない。
「こちらへ」
「うむ」
「すぐにお茶をご用意しますね」
ヘイスが椅子を引き、クディカをテーブルにつかせた。軍人として、またカイトの従者として、こういった手際のよさを心がけている彼女に、クディカもまた感心したように頷く。ここしばらくで親しくなった身としてはすこし畏まりすぎている感があるかもしれないが、身分と役職の差を考えれば妥当である。この邸宅の中ならいざ知らず、公の場に出れば立場と建前というものがあるからだ。
カイトはクディカの向かいに腰を下ろす。
「ときにカイト。その、なんだ……調子はどうなのだ?」
「調子、ですか」
咳払いを枕に口を開いたクディカに、カイトは眉を上げた。
「うむ。叙任式の時のお前はそれなりの立ち振る舞いであったが、実のところどうなのかと思ってな。初陣の前は誰しもいつも通りではいられないものだ」
「クディカさん……」
カイトにじっと見つめられ、クディカは気まずそうに目を逸らした。
「リーティアさんに言われて来ましたね?」
「なっ」
その指摘に、クディカは肩を震わせた。驚きを湛えた蒼い目がカイトに向く。
短い付き合いではあるが、カイトはなんとなく彼女達の人間性というものを理解しつつあった。
クディカは率先してカイトの様子を見に来たりはしない。胸の内では心配していても、行動に移すことを躊躇うタイプだ。どこか羞恥を感じる部分があるのだろう。
逆にリーティアはそういった心遣いを惜しげもなく言動に表す気質である。そして自分だけでなく、親しい他者にもそれを促す。幼馴染のクディカなら尚の事。
故にカイトは、クディカのぎこちない行動の所以を察してしまったのだ。
「……よくわかったな」
「こう言うとなんですけど、わかりやすいですからね。クディカさんは」
「なにを。お前までそういうことを言うか」
口をへの字にするクディカに、思わず笑いを漏らしてしまう。
「ありがとうございます。心配してくれて」
和やかな表情のまま、カイトは率直な思いを口にした。クディカがここに来たきっかけはリーティアの助言だったかもしれない。けれどそれとは関係なく、自分を心配してくれる心がありがたい。
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