第88話 デルニエール攻防戦 王国軍サイド② 上

「一斉射! やれ!」


 数十の術士が、乾坤一擲の集中砲火を放つ。無数の火炎は紅蓮の軌跡を描き、動きを止めたソーニャに吸い込まれるように着弾。攻撃は更に重ねられ、幾度となく爆風を巻き起こし、その威勢を増していった。

 撃ち込まれた炎は都合二百発。一撃一撃が、大地を砕き海を削る極大の威力。


「隊長!」


 共に飛ぶ術士の呼びかけに、メイホーンは力強い首肯で応じた。


「やったな。いくら四神将とはいえ、所詮我々と同じ生き物だ。世の理を超えることはできん。もはや跡形も残っていないだろう」


「大戦果ですな!」


「当然の結果だよ。先人の知恵と、古くより培った戦術の賜物だ」


 炎の残滓が空を埋めている。

 メイホーンはそこから目を離し、他の空域を見据えた。


「残敵を掃討するぞ。将さえ討ちとってしまえば、あとは多少頑丈なだけの有象無象に過ぎん」


「りょうか――」


 駆け抜ける魔力の波動。

 半ば反射的に回避行動をとったメイホーンの目に映ったのは、首から下を失った部下の姿。絶命しゆく彼と目が合う。勝利を疑わない勇敢な面持ちのまま、首だけになった青年術士。断面から鮮血をまき散らし、熟れた果実のごとく地へと墜ちていく。

 メイホーンの額に脂汗が噴きあがった。心臓を棒で叩かれているような鼓動。一瞬の眩暈が訪れる。


「賢いつもりで、これが案外おバカさんなのよねぇ。人間って」


 消えゆく炎の隙間から、紅い瞳が覗く。

 外見こそ十代半ばの女なれども、その身が纏う魔力の圧は人知を遥かに超越していた。


「信じられん……あれだけの火炎を浴びて……凌いだというのか」


 ソーニャがひらりと手を振ると、空を覆っていた炎は強風に煽られた蝋燭の火にも等しく、瞬時にして消滅した。

 衣装にあしらわれたフリルが揺れる。その一片にさえ、術士達の炎は届いていなかった。


「おあいにくさま。同じような手口はもー経験済みなの。一回それで痛い目見ちゃったしねー」


 ソーニャの障壁は、デルニエールが誇る術士隊の全力をいとも容易く無効化した。それが何を意味するのか。知恵者であるが故、メイホーンは理解してしまった。

 術士隊は近く全滅する。それこそソーニャ・コワールがその気になれば、三百の精鋭を殲滅するのに半刻もかからぬだろう。

 彼は決して四神将を侮っていたわけではない。個人単位で見るならば、メイホーンでさえソーニャには敵わないと予測していた。だからこそ連携を密に取り、一気に火力を集中させたのだ。その戦術は間違っていなかったはずだ。

 過ちがあったとするならば、ソーンを含めたデルニエールの首脳たちが、四神将の力を過小評価してしまったことだろう。幾許か強く見積もって尚、ソーニャの力はその遥か上をいっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る