第66話 決闘
「ゆくぞっ!」
ハーフェイが床を蹴った。鎧の重さを感じさせぬ軽快な足さばき。十歩の距離は瞬く間に消滅し、疾風の斬撃がカイトに迫る。
速い。恐ろしく速いはずの剣。
けれど、遅い。
カイトはやっと動き出す。ハーフェイが剣を握る右手側に、回り込むように一歩。剣は空振りし、風切り音だけが虚しく響く。
カイトにはハーフェイの背中が見えている。次に彼が選ぶ行動は、振り向きざまの横薙ぎか、あるいは距離を空けるのか。
どちらでもなかった。ハーフェイは手首を翻し、逆手に返した長剣による刺突を放つ。
「うおっ」
意表を衝かれたカイトは、しかし余裕をもってこれをいなした。はたいた剣の腹に嫌に冷たい。
結局、後方跳びで距離を取ったのはカイトの方だ。
周囲から感嘆の声が上がる。一瞬の攻防は、あたかも演武の一場面のようだった。
「ふん。それなりにいい動きをするじゃないか」
改めて剣を構え直すハーフェイ。
「手加減は無用か。油断を排して臨むとしよう」
「へっ。いいのか? 負けた時の言い訳がなくなっても」
「ほざけ!」
ハーフェイが肉薄する。
怒涛の斬撃がカイトを襲った。問題なく、その悉くをのらりくらりと躱していく。一方、回避に徹する故、ハーフェイの動きを制することはできない。
自由自在な動きでカイトを崩そうと試みるハーフェイだが、思い通りにいかず精神的余裕をすり減らしていった。
「そんな無駄な動きで!」
カイトに武術の心得はない。体捌きの拙さは誰が見ても明白だ。それでも達人であるハーフェイの連撃をいなせるのは、一重にカイトの不自然な身体能力のおかげだった。
攻撃がかすりもしないことに苛立ちを募らせ、ハーフェイの動きは次第に大味になっていく。カイトが反撃しないこともそれに拍車をかけているのだろう。
戦いが始まってしまえば、カイトは恐怖を失った。何故ならば、彼我の力の差を理解してしまったから。奇妙な高揚感が全身を支配していた。
周囲から見ればハーフェイの優勢。カイトは防戦一方。だが、一部の熟練した戦士だけがこの戦いの異常さを感じ取っていた。
ハーフェイは渾身の一撃を放つべく、大上段に振りかぶる。
「遅ぇ!」
今のカイトにとって、相手はどの瞬間を切り取っても隙だらけだった。
満を持してカイトが反撃に移る。素人丸出しのテレフォンパンチ。達人相手に当たるわけがない。
ただ、その動きがあまりにも速すぎた。
ハーフェイが剣を振り下ろすより先に、カイトの拳が突き刺さる。金属の胸当てに直撃した拳撃は、ハーフェイを遥か後方に吹き飛ばした。玉座の間を転々としたハーフェイは入口の扉に背中から激突。至近にいたヘイスが声をあげる。
直後に、彼は喀血した。胸当てには拳大のへこみが生まれ、胸部に深刻なダメージを負っていることがわかる。
カイトはふと我に返った。拳を放った体勢のまま、動かなくなったハーフェイから目が離せなかい。
「お、おい。死んで、ないよな?」
手ごたえはあった。感じたことのない衝撃。人を殴るのは初めてではないが、これほど脆く感じたことはない。金属製の胸当てが、まるで発泡スチロールかのように思えた。
場はしんと静まり返る。目の前で起きたことが信じられない。それがこの場の多くに共通する感想だった。
能器将軍ハーフェイ・ウィンドリン。過去の戦いで数々の武功を立てた若きホープが、名も無き丸腰の男に一撃で下された。それを残念に思う者もいれば、喜ぶ者もいた。
「誰ぞ、手当てを」
驚愕の中で固まっていた臣下らを王が一喝した。すぐさま近くの文官が集まり、ハーフェイの治療を始める。
「見事だ」
安堵も束の間。王より投げかけられた声に、カイトは肩を震わせて居住まいを正した。
「カイト・イセ。貴殿の力を認め、乙女への拝謁を許可する」
その宣言の意味するところは、メック・アデケー王国が新たなめざめの騎士の誕生を容認したことに他ならない。
アーシィ・イーサムの死。
そして魔王の出現。
王国は士気旺盛でありながら、その実、希望は深く沈みつつあった。
ありえないと知りながら、誰もが心のどこかで切望していたのだ。
この国を救う、英雄の誕生を。
強大な個であり群である魔王に対抗できる、もう一つの強き力を。
異界の勇者。
めざめの騎士。
肩書はなんでもいい。
「その力、存分に振るうがよい。灰の乙女の御為に」
今この時より、カイトは英雄への道を歩み始めることになる。
半ば、強制的に。
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